早稲田大学の教育・研究・文化を発信 WASEDA ONLINE

RSS

YOMIURI ONLINE

ホーム > オピニオン > サイエンス

オピニオン

▼サイエンス

田村 傑(たむら・すぐる)早稲田大学理工学術院准教授 略歴はこちらから

科学技術イノベーションと日本の「守・破・離」の心
-新たな科学技術基本計画に寄せて-

田村 傑/早稲田大学理工学術院准教授

 「守・破・離」の心をご存知でしょうか。由縁については15世紀、室町時代にさかのぼる世阿弥の「風姿花伝」ほか諸説がありますが、茶道などの世界で知られています。

 「守」とは先達の芸風、しきたりを学び守ってゆく姿勢、「破」とは、学んだことを、守りつつ、自らの様式に転化する段階、「離」とは、新たな様式を確立し先達の様式を乗り越えていく段階を意味します。例えば、「守」の段階は小学校、中学校における理科、算数の勉強にあたります。「習うより慣れろ」といった言葉が当てはまるかもしれません。九九の掛け算の暗記など、基礎学力といわれる部分がこれに該当します。

 「守」の段階で、基礎力にあたる足腰を鍛えた次には、「破」の段階となります、身につけた基礎力をつかって、既存の考えを批判的に見てゆく段階です。やがて、指導を受ける立場を離れて自分の新たな流儀を確立して、既存の概念、価値観を変えてゆく段階が「離」の段階となります。17世紀のイタリアの天文学者ガリレオの場合には、当時の最新の研究手法である「天体望遠鏡」による独自の天体宇宙観測結果が、広く信じられていた天動説への疑問につながりました。

 この「守・破・離」の考えは、イノベーションの重要性を説いた20世紀の代表的な、オーストリアの経済学者のシュンペーターが唱えた、「創造的破壊」の考え方に近いと思えます。概略を申し上げますと、シュンぺーターは、経済成長の原動力の源泉として、構造的変革を通じた新たなパラダイムの創造を重視しました。つまり、既存の枠組みの中での努力だけでは、いずれ限界が生じるので、経済が成長し社会が発展するためには、構造変革が必要であるとシュンペーターは提唱しました。また、シュンペーターは、「イノベーション」“Innovation”の概念を導入して、研究開発の成果などが、新たな製品、サービスとして商品化されることを重視しました。このシュンぺーターの考えと「守・破・離」の考えを比較して考えてみますと、既存の枠組みの中での努力を行うことが「守」、構造変化を生み出す部分が「破」、「離」に相当しているように思えます。このように対比させて考えますと、我が国の古典文芸の世界などにおいては、洋の東西の違いを超えてシュンペーターと同様の考えが、古くから肯定的に教えられてきたと言えるのでないでしょうか。

科学技術振興・イノベーション推進の潮流

 今日では、人類の進歩の大部分が、科学技術の進歩と技術の革新によってもたらされていることについて、誰も疑うことはないと思います。ただ、科学技術の振興とその結果もたらされるべきイノベーションの推進のあり方については、それぞれの国の持つ歴史、文化風土に基づく多様な視点や考え方が許容されてよいのでないかと思えるのです。

 平成23年には、科学技術、イノベーション促進を目的として、今後5年に亘る新たな科学技術基本計画が我が国で開始されます。科学技術振興のための国家計画は、米国、中国、EUなど世界中の多くの国々で策定されているものです。日本の新基本計画ではグリーンイノベーション及びライフイノベーション、国際技術標準の確保強化、米国政府が90年代からすでに着手している、SciSIP(科学・イノベーション政策の科学)などへの取り組みが期待されています。

日本独自の成果に向けて

出典:科学技術白書(平成18年)

 「はやぶさ」の使命は、小惑星から試料を採取し、太陽系の謎を探ることである。(中略)平成15年に打ち上げられた小惑星探査機「はやぶさ」は平成17年11月に地球から約3億キロメートル離れた小惑星「イトカワ」に着陸した。この小惑星から試料を持ち帰る技術が確立されれば「惑星をつくるもとになった材料がどんなものか」「惑星が誕生するころの太陽系星雲内の様子はどうか」についての手がかりが得られると期待されている。
(平成18年 科学技術白書~未来社会に向けた挑戦~より一部抜粋)

 平成22年には、宇宙開発の分野では探査衛星「はやぶさ」の大きな成功がありました。しかし、この「はやぶさ」のケースでも長期に亘るプロジェクトの一時期には、困難に直面した時期がありました。このように、いかに大きな成果を得たプロジェクトであっても、途中においては最終結果が予測できないことが通常なのです。

 自然科学の研究においては国際的な競争が行われていますので、短期的な成果を重視する必要がある点は申し上げるまでもないことです。ただ、独創的な成果を目指す研究において、短期的な成果と長期的な成果の追及のバランスのとり方が、時として非常に難しい問題となります。

 このように考えますと、我が国は「守・破・離」といった、独自文化より生まれた考えを培ってきていることを、少し念頭において、研究開発プロジェクトに取り組むことは意味があるのでないでしょうか。きっと、「はやぶさ」の成功のような、他の国では成しえない独創的な科学技術イノベーションの成果が、新基本計画のもとで更に期待できると思います。

田村 傑(たむら・すぐる)/早稲田大学理工学術院准教授(大学院国際情報通信研究科)

【略歴】
2009年9月 早稲田大学理工学学術院GITS准教授(任期付)
2004年 内閣府総合科学技術会議事務局・総括グループ
1993年4月 通商産業省(現経済産業省)機械情報産業局総務課
所属学会:日本知財学会、研究・技術計画学会
経済産業研究所(RIETI)コンサルティングフェロー
研究分野:イノベーション政策、R&Dマネージメント他

【論文等】
1.Correlation between Standardization and Innovation from the Viewpoint of Intellectual Property Activities: Electric Machine Industry and All Organizations in Japan
Tamura, Suguru PICMET10, 2010年7月
2.経済産業省における国際標準化の取組[招待講演]
田村 傑 日本弁理士会 技術標準委員会 2007年3月
3.Structure and Nonlinear Optical Properties of Lanthanide Borate Glasses
Kentaro Terashima, Suguru Tamura, Sea-Hoon Kim & Toshinobu Yoko
Journal of American Ceramic Society 80(11) 2903-2909 1997年11月