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福岡 秀興(ふくおか・ひでおき)早稲田大学研究院教授 略歴はこちらから

「小さく産んで、大きく育てる」への警告
-成人病胎児期発症説を知ろう-

福岡 秀興/早稲田大学研究院教授

 今、日本では出生体重が減少しており、それに歯止めがかからない状況にあります。これは次世代の健康が障害される現象と考えなくてはなりません。それについて最近の知見を説明いたします。

1)成人病(生活習慣病)胎児期発症説

 成人病の発症原因は、遺伝因子とマイナスのライフスタイルの負荷によるものと思われていますが、それでは十分説明できない事が明らかとなり、第3の発症機構として新しい説が注目されています。「胎児が低栄養の子宮内で育つと成人病(生活習慣病)の素因が形成され、その素因を持って生まれた場合、出生後に過量栄養に暴露されたり、過剰なストレスに暴露されたり、運動不足というマイナスの生活習慣に暴露される事で、成人病(生活習慣病)が発症する。成人病はこの2段階を経て発症する」という「成人病(生活習慣病)胎児期発症説」です。今後20年で、世界では糖尿病患者は約1.7ー1.8倍にまで急増すると予想されています。その増加は主として発展途上国で生じ、著しい増加により国家の経済発展が大きく阻害されるとまで考えられています。言い換えますと、妊娠中は栄養を十分取らず母親の体重増加を抑制して子どもを「小さく産んで、大きく育てる」と、多くの疾病を発症させる可能性が高くなる。それは国家の将来をも左右する事態を引き起こす事にもなるということです。その機序は、胎生期に生じたエピジェネティクス(遺伝子DNAの配列は変化せず、環境により生ずる遺伝子発現の制御システム)の変化によるものである事が明らかとなってきました。豊かと思われている日本では、予想と大きくかけ離れて、出生体重の低下が進行しており、それは妊婦栄養の劣悪化が大きな要因となっています。この現状から、成人病が多発する可能性が高い国が日本であると危惧されているのです。それだけに、日本の多くの人々がこの考えを知り、次世代の健康を確保する努力が求められています。

図1

 以下具体的に説明致します。平均出生体重の推移(図1)をみますと、昭和20年代後半は男女平均は約3100gであったものが、経済発展と共に1960年頃から増加に転じ、1970年代半ばに3200gにまでなりましたが、それ以降は減少し続けています。1970年代に男児は、約3250gでしたが今年は既に3000g以下となりました。この40年間に平均体重が250g減少しているのです。昭和20年代と比べても150g減少しています。出生体重は、子宮内の栄養環境を正確に示すものではなく、あくまでも間接的な指標です。しかし動物実験で生まれる仔の体重を減少させるためには、大変厳しい極端な低栄養を負荷しなくては生じないのです。それを考えますと、平均で出生体重が250gも減少する事は、多くの妊婦で相当な栄養不足の状態があると想像されます。出生体重は昭和20年代に比べても、更に低下していますので、貧しかった当時よりも低栄養状態にあると言うべきです。

 2500g未満の出生児を低出生体重児といいますが、その頻度は昭和20年代後半に男女平均で7%台であったものが、経済発展と共に減少して5%台にまで低下しました。ところがその後は増加に転じ、今も歯止めがかからずに上昇しています(2007年 9.7%)。全国的には10%以下ですが、細かく見ると13%を超えた地域が、随分と出てきております。すべての県で増加しています。

 2003年のOECD加盟国で低出生体重児の頻度を比較しますと、平均6.5%に対し、わが国は、9.1%と最も頻度が高い国になっています。今は更に増加しています。この結果は、日本が疾病の発症リスクの高い子どもが増える国である可能性を示唆するものです。小児生活習慣病・発達障害・将来の健康障害等の更なる増加が、先進国の中で最も危惧される状態にあるといえます。

2)出生体重の低下と疾病の発症リスク

 英国バーカー先生のグループが、出生体重と虚血性心疾患による死亡率の相関をみた結果が、図2です。1901年から1945年まで出生時の記録が残っていた地域のデータを元に、出生体重毎に心筋梗塞による死亡率を検討したものです、出生体重が小さくなるに従い死亡率の上昇が認められます。しかし体重が大きすぎても死亡率は上昇しています。出生体重と疾病リスクに男女ともに強い相関性(J字型)のある事が見られます。出生体重がその予後を決めるといえる結果です。

 胎内の低栄養が成人病のリスクを高める事を証明した有名な事件があります。「オランダの冬の飢餓事件」で、第二次世界大戦の時にオランダ西部でナチスドイツにより、食糧遮断されて、その後厳しい寒波により食糧輸送が出来ず、餓死者が随分出ました。その時妊娠していて生まれた子どもからは、メタボリック症候群、糖尿病、心筋梗塞などが多く発症しています。まさに胎生期の低栄養が疾病発症リスクを挙げる事を証明した悲しい事件です。

 その後、多くの疫学調査がされてきました。出生体重の低下または増加と関連して、発症リスクが上昇する事が明らかとなった疾病を表1に挙げておきます。虚血性心疾患、2型糖尿病、(本態性)高血圧、メタボリック症候群、脳梗塞、脂質異常症、神経発達異常の7つの疾患は、出生体重が小さい程、発症リスクが高くなります。現在それを否定するデータは出てきていません。その他の疾病についても疫学調査が進行中です。

図2

表1

3)出生体重の低下がもたらす生体組織への影響(例)

 出生体重が小さい子供では、高血圧や腎臓の病気が多いと言われています。そこで亡くなった小児を剖検して、腎臓をスライスして腎臓糸球体(血液より老廃物を排泄し尿をつくる小さな糸くず状の組織)の数を計測する研究がされてきました。その結果、出生体重の小さい場合には腎臓糸球体の数が少なく、腎臓糸球体への負荷が大きくなりますので、肥大して体積が大きくなるという結果が出ています。図3はその報告の一つです。小さく生まれた時に既に腎臓糸球体の数が少ないと、一生大きなハンディを背負って生きねばなりません。本態性高血圧は腎臓糸球体の数が少ない事で生ずるとまで考える説もあります。これは一つの例ですが、多くの臓器で組織学的、機能的にこの様な変化が生じている可能性があります。

 以上、胎生期の低栄養は疾病の発症リスクを高くします。それだけに今の流れを何とか食い止めなくては、これからの日本の行く末が危惧されます。私達は、以上の視点から、妊婦の網羅的な栄養、代謝、胎盤・臍帯・臍帯血でのエピジェネティクス解析と、出生児の発育観察及び疾病解析を中心とした、今まで日本では為し得なかった大掛かりな母子バースコホート研究を早稲田大学でスタートしました。困難な研究ですが皆様方のサポートをお願い申し上げます。

図3

福岡 秀興(ふくおか・ひでおき)/早稲田大学研究院教授

【略歴】
昭和48年 東京大学医学部医学科卒。東大助手(医学部産婦人科学教室)、香川医科大学助手、講師(母子科学教室)、米国ワシントン大学医学部薬理学教室(セントルイス)Research Associate、Rockefeller 財団生殖生理学特別研究生、東大大学院助教授(医学系研究科発達医科学)を経て、平成19年 4月より早稲田大学胎生期エピジェネティク制御研究所客員教授. 平成23年6月より総合研究機構研究院教授 現在に至る

米国内分泌学会会員,日本内分泌学代議員、日本母性衛生学会監事、
評議員(日本骨代謝学会、日本骨粗鬆症財団、日本妊娠糖尿病学会、日本性差医学研究会、日本臨床栄養学会、日本産婦人科学会東京地方部会 他)
認定臨床栄養学術師(日本臨床栄養学会)
産婦人科専門医
第6次第7次「栄養所要量」、「妊婦のための食生活指針」策定委員等

主な著作(共著も含む)
2011年
「災害時の栄養・食糧問題」 建帛社(東京) pp.59-87
「ビタミン・ミネラルの科学」 朝倉書店(東京)

2010年
「医科栄養学」 建帛社(東京) pp.798-823
「子供の心身の危機をどう救うか」 ナップ社(東京)

2009年
「臨床スポーツ医学 2009 Vol.26スポーツ 栄養・食事ガイド」 文光堂(東京)
「臨床栄養医学」 南山堂(東京) pp.180-5
「SGA性低身長症のマネジメント」 メディカルレビュー社(東京)
「テーラーメイド個人対応栄養学」 建帛社(東京)
「NHKスペシャル 病の起源2」 取材班編著 NHK出版(東京)
「もっとのばそう健康寿命」 日本食肉消費センター(東京)