早稲田大学の教育・研究・文化を発信 WASEDA ONLINE

RSS

YOMIURI ONLINE

ホーム > オピニオン > サイエンス

オピニオン

▼サイエンス

長谷部 信行(はせべ・のぶゆき)早稲田大学理工学術院教授 略歴はこちらから

月の歴史を紐解く

長谷部 信行/早稲田大学理工学術院教授

 月は最も身近な地球外天体であり、人類が訪れ地質調査を行なった唯一の天体である。月は地球に比べてサイズが小さいために、火成活動は比較的に若い時期に終息してしまったことから形成初期の情報を多く保存している。地球には大気や水があることで表面に露出している物質は、風、雨などの自然現象によって岩石が浸食されるなどして古い物質は表面には残っていない。一方、大気も水もなく火山活動も終焉していることから、現在も古い物質が残されている。従って、月の生い立ちを知ることで、地球のことをもっとよくを知ることができる。これまでの月科学は、1)アポロ計画による月帰還物質、南極大陸、サハラ砂漠などで発見された月隕石の分析、2)ルナプロスペクター衛星、そして「かぐや」を初めとした最近の月周回衛星群による遠隔観測、によって着実に発展してきた。ここでは、最近の月科学の進展として、月の起源と月の非対称性についての話題を取り上げる。

 
月の起源

 月の起源に関する最も有力な説は巨大衝突説である。図1に示すような原始地球に火星サイズ程度の原始惑星が衝突することによって、大量の物質が原始地球の周辺にばらまかれ、原始地球の周辺に円盤を形成し、それらが再び集積することで月ができたとするものである。円盤から月が形成されるまでの期間は、わずか1か月~1年であるといわれている。こうした巨大衝突のシミュレ―ションが、先端技術を駆使した超高速計算機によって月誕生の様子が描き出されている[1]。衝突の際、原始惑星の重い鉄コアの大部分は地球に沈み込み、一方で高温のマントル部分で気化したり飛び散ったりした物質が、原始地球の周囲を取り巻く。それが冷えて微粒子からなる円盤ができて、この微粒子どうしが衝突合体を繰り返して月へと成長する。この円盤物質の7割程度は衝突天体から、3割ほどが原始地球から供給されたようである。こうした巨大衝突から月のような衛星が形成されることは、非現実的な事ではないことを計算機実験は示した[2]

図1.巨大衝突説のイメージ図:原始地球に火星サイズの原始惑星が衝突して月が生まれる。(NASA/JPL-Caltech 提供)

 次に、月の化学組成について考えてみる。衝突によって解放されるエネルギーは非常に大きく、円盤物質は溶融して蒸発するほど高温になる。この円盤形成から短時間で月が集積する際に解放される重力エネルギーは月を全溶融させる。そのために月物質中の揮発性元素は枯渇し、難揮発性元素が濃集するという観測事実と整合する。次に、酸素同位体比はどうであろうか。月試料は地球と同じ酸素同位体比を示している[3]。巨大衝突説では、捕獲説と同様に衝突天体は原始地球から離れた場所で形成されたと考えるほうが自然であるから、衝突天体と原始地球の同位体比は異なると考える方が妥当である[4]。しかし、巨大衝突で形成された円盤が冷却する際に円盤内では激しい対流が起こり、原始地球のマントル物質と円盤物質とが混合して同位体平衡に達する[5]。しかし、円盤を介して短時間で同位体平衡に達することは難しいという問題点も指摘されている。また、衝突天体の酸素同位体が地球と本当に一致する必要があるのかどうかは、今のところ自明ではない。

月の非対称性

 約45~46億年前に月が誕生して間もなく月の表面はマグマオーシャン(LMO)で覆われたと考えられている。高温状態になった原始惑星の表面は、ドロドロに溶融したマグマで覆われてLMOが形成された。LMOの深さは少なくとも100 kmを超えていたと考えられている。このLMOが冷却していく過程でかんらん石や輝石が析出・沈降してマントルを形成し、また軽い斜長石は浮上して地殻を形成した。月地殻の厚さは数十kmで、高地は高純度のCa斜長石を主成分とする斜長岩で構成された[6]。高地を代表する地殻と海の岩石から推定されるマントルは、相補的なユーロピウムEu異常という化学的特徴[7]を示し、さらに高地と海の形成年代[8]などから、LMO説は強く支持されている。

 LMOが結晶化していく過程で最後まで晶出せずに残る残液は、斜長岩地殻とマントルの間に取り残される。この最終残液はカリウムK、希土類元素REE、リンPなどの液層濃集元素に富み、KREEP物質と呼ばれている。月はこのようなLMOを経て、月全体が地殻・KREEP・マントルという3層の球殻構造を成すと考えられていた[9]。ところが、ルナ・プロスペクターや「かぐや」に搭載されたガンマ線分光計GRSが明らかにしたトリウム元素(Th:液層濃集元素の一つ)の分布は、アポロ探査で得た月の一様な球殻構造モデルを否定する結果である[10]。GRS観測で得られたKREEP物質の分布は、嵐の大洋や雨の海周辺域だけに局在し、単純な球殻構造では近似できないことが分かってきた。Thは固化過程において鉱物に取り込まれにくい性質をもつために、初期に形成された地殻物質ほどTh濃度が少い。「かぐや」GRS観測によれば、月の裏側高地のTh濃度(<1ppm)は低く、最も低い地域は月裏側の赤道域である(図2参照)[11]。この地域は月の地殻が最も厚く、地形的にも最も高い場所でLMOの結晶化で最も古い地域であると考えられる。更に、この地域は「かぐや」搭載の赤外分光器SPIによって、Mg#が最も高いことが示されLMO結晶化の初期に作られたことを物語っている(図3参照)[12]。ここで。Mg# [=MgO/(MgO+FeO)] はマグマの結晶化において、物質分化の度合いを表わす良い指標となる値である。

図2.月周回衛星「かぐや」 のガンマ線分光計が観測した液層濃集元素である天然放射性元素トリウムTh濃度図[11]。中央部分(180°)が月の真裏で両端の部分(0°)が表側の中央部を示し、裏側の赤道域(Zone-A及びZone-B)のTh濃度が最も低く、高度も一番高く。地殻の厚さも一番厚い地域である。

図3.月周回衛星「かぐや」 に搭載したスペクトルプロファイラにより取得した可視・近赤外分光データに基づく高地地殻に含まれる苦鉄質鉱物のMg#の月全球の分布図[12]。裏側の赤道域では高いMg#の高地物質が認められる。これは液層濃集元素であり熱源元素でもあるTh濃度の低い地域と一致している。

 「かぐや」GRSは、Th、U、Kなどの天然放射性元素だけでなく、Fe、Ti、Ca、Si、Al等の主要元素を高精度で同定し、それらの濃度分布の全球図を作製した。「かぐや」の総合観測で得られた結果から、月の地形、地質とその年代、岩石、元素の分布は、月の表と裏、表側の東と西の地域、地殻の厚さ、KREEP層の有無なの点で大きな違いがあり、月は非対称・不均質な天体であるとことが明らかになった。

 これまで進められてきた軌道船からの遠隔調査で得られた月の高精度かつ基礎的なデータは、近い将来の月面着陸に必要な基礎資料として役立ち、今後月に降りて直接観測をすれば新しい発見がきっとあるだろう。そして、その先にある将来の月面基地の建設や火星の有人探査へと繋がっていくだろう[13]

参考文献
  • [1] A.G.W. Cameron, 2000, in Origin of the Moon, 133.
  • [2] E. Kokubo and S. Ida, 1998, Icarus 131, 171.
  • [3] U. Weichert et al., 2001, Science 294, 345.
  • [4] 玄田英典,2010,遊星人, 19, 76.
  • [5] K. Pahlevan and D.J. Stevenson, 2007, EPSL 262,438.
  • [6] M. Ohtake et al., 2009, Nature 461, 236
  • [7] R.S. Taylor, 2001, Solar System Evolution: A New Perspective (2nd ed) Cambridge Univ. Press.
  • [8] Shearer, C. K. & Papike, J. J. 1999, Geochim. Cosmochim. Acta 53, 3331.
  • [9]C.K. Shearer and J.J. Papike, 1999, American Mineralogist 84, 1469-1494.
  • [10]B.L. Jolliff et al., J. Geophys. Res. 105 E2 (2000) 4197-4216.
  • [11] S. Kobayashi et al., Earth and Planetary Science Letters. 337-338, 10-16, 2012.
  • [12]M. Ohtake et al., Nature Geoscience Letter. 5, 384-388, 2012.
  • [13] 長谷部信行、桜井邦朋編、2013, 人類の夢を育む「月」、恒星社厚生閣、8章、9章参照

長谷部 信行(はせべ・のぶゆき)/早稲田大学理工学術院教授

【略歴】
早稲田大学理工学術院教授、先進理工学部物理学科、同研究科。1972年早稲田大学理工学部卒業、1977年早稲田大学大学院理工学研究科博士課程修了(理学博士)。1978年東京大学宇宙線研究所研究員、1979年愛媛大学教養部講師 、同助教授、1995年愛媛大学工学部助教授、同教授を経て1998年より現職。 専門:核惑星学、放射線物理学、宇宙空間物理学、宇宙線物理学