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小林 洋(こばやし・よう)早稲田大学理工学術院 研究院准教授(主任研究員) 略歴はこちらから

乳癌の治療を助けるロボット
―「切らない手術」を正確・安全に―

小林 洋/早稲田大学理工学術院 研究院准教授(主任研究員)

最初に

 筆者は、ロボット技術を使って、新しい医療機器を開発している研究者/エンジニアである。医師ではなく、治療方法の良し悪しやその根拠に関して、何かの情報をお伝えする意図で書いている記事ではない。それは最初に理解頂きたい。

 我々は、ロボットの正確かつ緻密な動作を活かすことで、よりよい治療を実現することを目指している。この際に、物理(力学)の知識を使い医療行為を数値として表現することが非常に重要となると考えている。本記事では、我々が取り組んでいるアプローチに関して、特に乳がん治療に焦点をあてて紹介する。

乳癌治療に対するラジオ波焼灼療法

図1 ラジオ波焼灼療法のイメージ

 我々は、ラジオ波焼灼療法という乳癌治療に注目して、新しい治療機器の開発を実施している。ラジオ波焼灼療法とは、直径1.5ミリメートル程度の専用の針を刺し、針先端からラジオ波を発生させることで、癌細胞を加熱/凝固させ死滅させる治療法である(ラジオ波は電子レンジにも使われている。電子レンジで物体を加熱できるのと原理的には同じである)。肝癌治療ではポピュラーな治療方法であり(肝機能がゆるせば手術療法が第一選択肢の治療法、保険適応手術として認定済み)、乳癌治療においても、医学的な検討が進められている段階である。針を刺すのみで癌が治療でき、治療後、注射痕のみしか患者の体に残らないため、『切らない乳癌治療』と紹介されている例も多い。乳癌治療に限らず、現在の治療の方針の一般論として、手術後の身体的なダメージが少ない、入院期間や社会復帰までにかかる時間が短い、ということが求められる。加えて、乳癌治療においては、癌細胞をきちんと除去することを第一としながらも、「治療後、乳房がもとの形状に戻るのか」、「如何に早く、傷がついていない元の状態に戻れるのか」、といった美容面(整容性)の考慮も重要となっている。従来の切除術(メス等で切る手術、切開痕が残る可能性が高い)に比べて、整容性が優れていることに将来性を感じ、焼灼療法を支援する機器開発に着手したという経緯がある。

治療を物理的に考える

図2 乳癌への針の刺入を助けるロボットシステム

 開発にあたり、焼灼療法が現在抱えている課題を工学的/物理に考察した。治療におけるプロセスを大きく分けると、「①針を癌細胞に正確に刺す(癌と針先端の位置関係)」、「②癌細胞の領域を正確に焼き切る(癌細胞周囲の熱の広がり)」のおおまかに2つに分けられる。治療の「良し悪し」を決める上での第一歩として、上記の指標を「数値」として把握し、それらの値を正確にコントロールすることが重要であると考えられる。現状の医療機器の技術水準では、①と②を数値として正確に把握すること、それらをコントロールできる技術は存在していない。そのため、医師が蓄積してきたコツや経験を活かし、治療を実施してきているのが現状である。

 我々は上記のような課題を鑑みて、「治療行為を物理的に解釈して数値として把握」し、「把握した数値に基づいてロボットが正確に治療動作を実施」する次世代治療システムの開発に取り組んでいる。つまり、先程挙げた「①癌と針先端の位置関係」、「②癌細胞周囲の熱の広がり」の課題で具体的に記載すると、

図3 臓器の熱の広がりをシミュレーションで可視化

①癌細胞の位置を把握し、ロボットが針を精確に刺入する
②熱の広がりを把握し、発生させる熱量をロボットが正確に制御する
 ということを治療機器が実施する。これらを実現するために、定量的で正確な動作をいつでも再現できるロボットを、医療機器に応用している。また、癌細胞の位置変化や癌周辺の熱の広がりのメカニズムを物理的に理解する試みを進めている。

 これらのシステムが開発されることにより、「医師の経験やコツに依存している治療」から「治療行為を数値として把握し、正確にコントロールできる手術機器を用いた治療」へと転換できると考えている。これらが実現されることにより、「医療ミスの低減、治療の再現性の向上」などが期待される。

医師や患者に優しい医療機器

 ロボットを応用した治療機器を開発することは、治療や医療の自動化を意味しているわけではない。ロボットの医療現場への導入が進んだとしても、医師が持つ知識/経験/技術が医療の基本であることは変わらないと考えられる。我々が目指しているのは、治療行為を出来る限り、数値としてとらえ、医師の判断や動作を助けることである。それにより、治療のばらつきを減らす、効果の再現性を高める、ことを目的としている。つまり、ロボットを応用した治療機器を普及させることにより、治療の安全性を向上させていきたい。安全性の向上により、将来病気になることに関する心配を少しでも減らし、元気で明るく活動的な生活を安心して過ごせる社会を作れればと考えている。

小林 洋(こばやし・よう)/早稲田大学理工学術院 研究院准教授(主任研究員)

【略歴】
2005年10月~2007年3月 早稲田大学大学院理工学研究科 客員研究助手
2007年4月~2008年3月 日本学術振興会 特別研究員
2008年3月 早稲田大学 理工学研究科 生命理工学専攻 博士(工学)取得
2008年4月~2009年3月 早稲田大学生命医療工学インスティテュート 助手
2009年4月:2010年3月 早稲田大学理工学術院 助手
2010年10月~2011年1月(兼任)LIRMM (Montpellier, France), Visiting researcher
2010年4月~2012年3月 早稲田大学理工学術院 研究院講師(次席研究員)
2012年4月~現在 早稲田大学 理工学術院 研究院准教授(主任研究員)