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高橋 透(たかはし・とおる)早稲田大学文化構想学部教授 略歴はこちらから

サイボーグ学への誘い

高橋 透/早稲田大学文化構想学部教授

人間と機械の融合としてのサイボーグ

 サイボーグは次第に私たちの生活に入り込みつつある。サイボーグは、SF映画にあるように人間と機械の融合という表象が一般的である。SF作品『攻殻機動隊』に描かれているような、脳とインターネットのあいだ直接的インターフェイスは、ブレイン・マシン=インターフェイス(BMI)という形でラボ内で実験が試みられ成功している。ここまでハードな形での人間と機械の融合を引き合いに出さずとも、ケータイやスマホなしには生活に支障をきたし、場合によっては、それらに依存する生活を送っている人々が存在することを考えてみれば、人間と機械とのあいだの融合は、賛否を通り越す勢いで進行していることが見て取れるであろう。

 とはいえ、人間と機械の融合は工学的な機械との融合にとどまるものでない。機械をもっと広い意味でのテクノロジーと捉えてみよう。現代テクノロジーの大きな分野の一つにバイオテクノロジーがある。人間は医療という形を通じてバイオテクノロジーによって支援され、さらにはバイオテクノロジーによって構成されるといった事態にまで突き進むかもしれない。そうだとすれば、このようにテクノロジーと融合した人間とは何か、という問いが立てられる必要があろう。筆者のバックグランドは、西洋哲学であるが、西洋哲学は古来、とりわけ「人間とは何か」という問いを問い続けてきた。しかし、従来の哲学は人間と機械(そして動物)の峻別に依拠して成立していたのであり、こうした峻別がテクノロジーによって揺さぶられはじめている現代においては、人間と機械との融合としてのサイボーグこそが哲学的考察の根本事象に据えられねばならない。「人間とは何か」という問いは「サイボーグとは何か」という問いに取って代わられる必要があるのだ。

テクノロジーによって構成される人間

 抽象論から具体的考察に移ろう。上で触れたBMIについては他所[1]で論じたので、ここではバイオテクノロジーについて、とくには再生医療についてiPS細胞を中心に考えてみたい。ここ数年、ニュースで取り上げられない日はないといってよいほど、iPS細胞関連の技術は急速な発展を遂げている。iPS細胞技術は、体細胞の初期化を通じていわゆる万能細胞状態を作り出し、そこからあらゆる臓器を作成することを計画している再生医療の分野である。報道を見るに、3次元の臓器を実際に作成するにはまだ多くのブレイクスルーが必要であるようだが、すでに試みはなされている[2]。こうして将来的に3次元臓器の作成が可能となっていくならば、人間は、移植された臓器で構成されていく機会がより増加するであろう。人間はこうしてバイオテクノロジーというテクノロジーによって構成されることをますます受け入れることになるであろう。

1:高橋透『サイボーグ・フィロソフィー』(NTT出版、2008年)を参照されたい。
2:東京大学生産技術研究所 マイクロメカトロニクス国際研究センター 竹内昌治研究室「3次元細胞組織構築」http://www.hybrid.iis.u-tokyo.ac.jp/research/3dtissue

命の増強・延長の提供としての「エンハンスメント」

 さらに、現在すでにiPS細胞に対して遺伝子組換をほどこし、「病気」の遺伝子配列を正常な遺伝子配列に修復することが試みられ、成功した例が報告されている[3]。こうした遺伝子組換は、将来的に「エンハンスメント」という問題を惹起せざるをえない。エンハンスメントとは、能力増強という意味であり、簡単な例としてはアスリートのドーピングを考えていただきたい。もちろん問題の多い問いピックだ。上述の遺伝子修復で言えば、病気を引き起こす遺伝子配列を正常な遺伝子配列に修復するにとどまらず、それを超えて、より健康な、ひいては能力を増強された遺伝子配列を作成することを意味する。

 エンハンスメントの極北は、命の限界という自然状態に対して能力増強を施すこと、すなわち寿命の延長と言えるだろう。一般にテクノロジーは、自然状態の延長・増幅にその特性があると言えるだろう。たとえば、自動車というテクノロジーを使用することで、わたしたちは自然状態の移動、すなわち徒歩あるいは走りでは到達できないような速さでの移動、要するに徒歩や走りといった自然状態の延長・増幅を手に入れることができる。再生医療は、臓器移植を通じて、病気あるいは死にいたる患者に対して、自然状態の健康あるいは命の増強や延長を提供することになるであろう。そうだとすれば、再生医療のようなバイオテクノロジーに支援され、ひいてはバイオテクノロジーによって構成されて生きる人間は、バイオテクノロジーがもたらす能力増強、要するに延命という、死を乗り越えようとする力を内に孕むことになるであろう。

 西洋哲学は、人間は死すべき存在であると前提してきた。もちろん再生医療で死は克服できないかもしれない。しかし、この前提への揺さぶりを(バイオ)テクノロジーがターゲットにしはじめているという事実を、哲学的考察はその射程にいれなければならない。バイオテクノロジーによって構成される人間、それは人間とテクノロジーの融合体としてのサイボーグである。サイボーグこそがやはり哲学的考察の根本事象なのである。

 人間、否サイボーグはどこへ向かおうとしているのか?

3:文部科学省iPS細胞等研究ネットワーク「iPS細胞物語 第11回 iPS細胞が切り拓く未来-1 iPS細胞による再生医」http://www.ips-network.mext.go.jp/about/story/no11.html

高橋 透(たかはし・とおる)/早稲田大学文化構想学部教授

【著書】
『サイボーグ・エシックス』水声社、2005年
『サイボーグ・フィロソフィー」NTT出版、2008年
他研究者と共同でバイオテクノロジーとアートの融合を模索する「BIOART.JP」に参画