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寄田 浩平(よりた・こうへい)早稲田大学理工学術院准教授 略歴はこちらから

新たな謎を生む「ヒッグス粒子発見」
未来見据え、早大生も研究に貢献

寄田 浩平/早稲田大学理工学術院准教授

2013年のノーベル物理学賞

 2013年のノーベル物理学賞は理論物理学者のフランソワ・アングレール博士とピーター・ヒッグス博士に贈られた。授賞理由は、「原子以下の微粒子の質量起源のメカニズムの理論的発見と、その理論が予言した基本粒子がCERNのLHC‐ATLAS/CMS実験で発見されたことによって、その理解が裏付けられたことに対して」である。この授賞理由からもわかるとおり、今回のノーベル物理学賞は「理論的発見」と「実験的発見」の両方の偉大な業績に与えられたといえる。まさに「理論は、実験で証明されてはじめて意味を成す」ことが如実に表現されている点で、(素粒子実験物理屋としては)いっそう感慨深い受賞であった(図1)。

図1:2013年10月8日、ノーベル物理学賞発表時のATLAS/CMS実験の研究者達の様子(Building-40@CERNにて。左手前はCERN所長のRolf Heuer氏)。

 1964年にヒッグス博士らによって予言された「ヒッグス粒子」が、最先端加速器LHC(@欧州CERN)を用いた実験(ATLASとCMS)によって2012年に発見されるまでのおよそ50年間には様々な歴史がある。たとえばLHCの前身、同じ地下トンネルリングで行われていたLEP実験は、1989年‐2000年まで稼働し、東京大学などを含めた国際研究チームがヒッグス粒子探索に大きな成果を残した。一方、米国フェルミ国立加速器研究所におけるTevatron実験(CDF/D0実験)は1985年‐2010年まで稼働、筑波大学や早稲田大学等が参加し、エネルギーフロンティア実験として、トップクォークを発見(1994年)、ヒッグス粒子探索でも第一線で牽引してきた。しかし、この2大実験ともにヒッグス粒子を発見することができないまま、運転終了となってしまった。そこで最終的にこの”ヒッグス・ハンティングリレー”のバトンをうけ、見事に発見というゴールを切ったのが2010年から運転を開始したLHC(ATLASとCMS)だったのである。私の知り合いの中には、この3つの実験すべてに参画してきた研究者もいる。筆者自身、1999年からTevatron‐CDF実験でヒッグス粒子探索に関わり、2005年からは当時在籍していたシカゴ大学のメンバーとしてLHC‐ATLAS実験に参加し、様々な研究を行ってきた。素粒子の世界に魅了された数千人を超える素粒子物理学者が世界中から結集し、国境も越えてひたすらに追い続けてきたのが、この「ヒッグス粒子」なのである。

理論的予言:ピーター・ヒッグス氏らの論文

 ヒッグス氏らは、対称性が自発的に破れると新たに出現する質量0の粒子(南部・ゴールドストーンボソン)の存在問題を逆手にとり、弱い相互作用の媒介粒子であるW/Z粒子の質量項(縦波成分)とすることで質量生成という物理現象の説明に成功した。これが素粒子標準模型における「ヒッグス機構」である。1964年、これに関連した論文が3本独立に発表された。出版された順に①アングレール氏と故ブラウト氏の共著論文(8月)、②ヒッグス氏の単独論文(10月)、③グラルニク・ハーゲン・キッブル氏らの共著論文(11月)である。今回のノーベル賞は①と②が受賞対象となったと考えると、もしご存命であればブラウト氏も3人目の受賞者となったのは間違いないだろう。(一方でCERN(or LHC)が物理学賞で初めて団体受賞するのでは?という話もよく耳にしたが、実現には至らなかったようである)。実はこの1964年の一連の出来事には、様々なドラマ・裏話があり大変興味深いのだが、もはや科学史ともいうべき様相を呈しているため、ここではこれ以上の詳細は割愛する。

ヒッグス粒子発見と今後の展望

 CERN研究所にあるLHCはスイス・フランス国境をまたぎ、70カ国を越す国際協力で進められてきた巨大実験だが、なかでも加速器建設やATLAS検出器の構築には、日本企業や日本人研究者の貢献が欠かせなかった。一例を挙げると、超伝導ケーブルを製作した日本企業に向けてCERNは「Your failure is our failure, your success is our success.」というメッセージを発信したと伝え聞く。素粒子実験分野における日本企業の貢献、それを支える日本の技術力は真に世界に誇るべきであると強く感じる。一方、ヒッグス粒子の解析も一朝一夕でできるものではなく、そこには激しい国際競争がある。「間違いは許されない」という高いプロ意識を軸に、背景事象の詳細評価、気の遠くなるような誤差の検証に加え、「観測データの中で重要な部分は、ATLAS全員がOKを出すまで決して見てはいけない」という掟(ブラインド・アナリシス)もある。また、物理解析をした研究者だけが評価されがちだが、実際には検出器の開発製作・運転維持、24時間体制でのデータ収集シフト等、縁の下の力持ちの結集が、今回の大発見につながったことを強調しておきたい。とくに現場では20代の博士課程学生や30代の若手研究者たちが世界と戦いながら、より洗練された研究成果を得るべく寝る間を惜しんで、日夜研究に励んでいる。

図2:ヒッグス粒子がτレプトン対に崩壊した(可能性の高い)事象の検出器反応ディスプレイ(2013年11月公表)。この事象自体は2012年11月5日に観測されたもの。

図3:増強後のLHC-ATLAS実験の1事象例(シミュレーション)。パイルアップと呼ばれる雑音事象が1衝突で同時かつ多数起こり、データ収集や物理解析を困難にする。

 つい先日(11月末)ATLAS実験が正式にヒッグス粒子がτレプトン対に崩壊する過程(図2)を観測したと報告した(実際には4σの証拠レベル)。この解析は、早稲田大学の博士課程学生らが現場で中心的な役割を果たして得た結果である。また、LHC実験は2015年春から重心系エネルギーをさらに2倍近く上げて運転を再開する。そこではヒッグス粒子の性質解明も引き続き行うが、さらに注目すべきは(標準模型を超えた)新しい物理現象の発見である。実は今回発見されたヒッグス粒子は全く新しい種類の素粒子であり、謎だらけなのである。たとえば、素粒子で唯一のスカラー粒子(スピン0)であり、その質量自体もなぜ125GeV/c2にあるのか、指導原理がなく、全くの謎である。なかでも超対称性粒子に注目すると、“ヒッグス粒子族”は最低でも5個存在することになり、その中の末っ子(長男?)がたまたま今回発見されたヒッグス粒子なのかもしれないのである。また、超対称性粒子の一つは宇宙に満たされている暗黒物質にもなりうる意味で、素粒子と宇宙の融合、新たなるパラダイム創出の可能性も十分ありうる。2015年以降のLHC実験では、このようなわくわくするような新しい発見がさらに期待できるが、実験環境はさらに過酷を極める(図3)。そこで早稲田大学グループはすでに未来を見据え、この過酷な環境でも質の高いデータ取得を可能にするシステムの開発・構築を行っている。

 今回のヒッグス粒子発見・ノーベル賞は、先に進むための指針である。
‐新たな発見は新たな謎を生む‐
素粒子物理学は、理論家と実験家ともにこれからが正念場なのである。

 最後に、2008年10月20日付の同サイエンス・オピニオンの中で筆者は、「ヒッグス粒子を発見することがLHCの第一目的であり、はじめの一歩です。」と書いている。この第一歩は想像よりもはるかに大きな一歩であった。次の発見は、即座に100%標準模型を超える、まったく新しい現象を発見したことを意味する。研究者たちはヒッグス粒子という第一歩を踏んだと同時に、次の”新しい第一歩”に向かってすでに走りだしている。

寄田 浩平(よりた・こうへい)/早稲田大学理工学術院准教授

【略歴】
2003年‐2004年 米国フェルミ国立加速器研究所 客員研究員
2005年3月 早稲田大学大学院理工学研究科 博士後期課程修了 博士(理学)
2005年4月‐2008年9月 米国シカゴ大学 Fermi Fellow, Research Scientist
2008年10月‐現在 早稲田大学理工学術院先進理工学部物理学科 准教授
*米国Tevatron実験、欧州LHC実験でヒッグス粒子探索の研究を行ってきた。
早稲田大学に着任後の2009年には早稲田大学をLHC‐ATLAS実験に正式に新規参入させ、トリガー回路の構築からヒッグス粒子、新粒子探索などを手掛けている。