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多賀 努(たが・つとむ)早稲田大学人間科学学術院准教授 略歴はこちらから

Facebookで頭の働きを鍛える
SNSを活用した認知症予防プログラム

多賀 努/早稲田大学人間科学学術院准教授

 「認知症」は認知機能が著しく低下し生活に支障を来す症状の集合名詞であり、さまざまな原因がある。原因が飲酒や血腫等の場合、まだ神経細胞が回復可能であれば、原因を取り除くことで症状は改善する。脳の血管障害の場合は、血液の循環をよくすれば発症の危険性は下がる。一方、いま話題のアルツハイマー病などは毒性のあるタンパクが原因と言われ、その産生から神経細胞死にいたる過程はいまだ仮説の段階にある。アルツハイマー病は、有酸素運動を行ったり抗酸化作用のある食べ物を摂取することによって神経細胞が毒性のあるタンパクに冒されにくくなるらしいこと、アルツハイマー病の原因をつくりやすい生活習慣(病)があるらしいこと、年齢とともに毒性のあるタンパクが脳内に蓄積する可能性が高まり、発症人口も多くなるらしいことなどがわかっている。アルツハイマー病が厄介なのは、10年20年の単位で毒性のあるタンパクが蓄積し続け、神経細胞死が進んだ結果「認知症」の症状が現れるところにある。現在の医療保険では症状がなければ治療が受けられず、かといって死んだ神経細胞を再生させる医療技術は確立されていない。現状、アルツハイマー病予防に対する戦略は、「認知症」の症状が現れるはるか前から望ましい生活のしかたを身につけ、発症年齢の先送りを目ざすしかない。

 残念ながら、知的活動がアルツハイマー病の発症可能性を低くするという定説はない。しかし、アルツハイマー型の症状が現れなかった人々の脳を解剖したところ、脳に毒性のあるタンパクがたくさん蓄積していたという事実を根拠に、頭を使う活動が精神機能を刺激し、「認知症」が現れにくい脳をつくるという理論が提示されている。ところで、頭を使うという行動は生き物本来のあり方に反する面がある。なぜなら、生き物は行動の習慣化を図ることで危機や好機への瞬発力を高め、かつ、効率よく頭を使う習性があるからである。頭を使うということは、日常生活のなかから習慣化した行動、なにもしない時間を減らすことであり、しかも、それを継続しなければいけない。頭を使うことは面倒なことなのである。

 ソーシャルネットワークを活用した認知症予防プログラムは、東京都練馬区の委託事業として開発された。ソーシャルネットワークはインターネット上で不特定多数の人々に情報を公開したり、特定の人同士で情報を交換しあって人と人がつながりあう仕組みで、フェイスブックはその一つである。練馬区で実施しているプログラムは週1回、全12回で構成されている。グループのメンバー以外には存在さえ知られない秘密のグループをフェイスブックにつくり、そこで文章・画像を交換しあう方法を学ぶ。プログラムの目的は、プログラム終了後もフェイスブックに文章・画像を投稿したり、メンバーの投稿に返信することを通じて頭を使い続けることにある。そこで重要になるのが、グループづくりのしかけである。これがないと、参加者は知識だけ学んで解散してしまう。そこで、プログラムは一般的な教室と異なり、わからないことはまず参加者同士で教えあい、それでも解決できないときはみんなで講師等から説明を聞くという手順になっている。教える・教えられる関係はグループとしての一体感・自立性を高めるだけでなく、教えることによって教えられる以上に頭を使うという効果もある。また、プログラムにはイベントを企画・実施する回もある。イベントの企画・実施の効果は、頭を使うことだけにあるのではない。非日常的な楽しみは、プログラム終了後の活動が長続きするうえで効果がある。月1回、イベントを行うことによって、フェイスブックへの投稿の内容に変化が生まれ、また、意見の調整などを通じてフェイスブックの必要性が高まる。

 練馬区で実施しているプログラムは、65歳以上を対象に2012年度から始まった。プログラムの運営経費はすべて区が負担しており、参加費は無料である。また、税金で運営しているため、参加者は抽選で選ばれている。認知症の予防よりもフェイスブックを学びたいという参加動機も多く、プログラム参加者のすべてが自主活動グループへ移行するわけではない。また、高齢になるほどフェイスブックの利用が低調になりやすいなど、自主活動グループの参加者すべてがフェイスブックを利用しているわけではない。が、ほぼどのプログラムでも自主活動グループが組織化され、なんらかの活動が続いている。当面の課題は、自主活動グループへ移行する参加者数を増やし、フェイスブックの利用を増やす参加者の集め方を確立することである。一方、長期的には、自主活動後に主体的に仲間を増やし自己増殖していくグループづくりを目ざしている。なぜなら、プログラムだけで認知症予防の実践者を増やしていくことには限界があるからである。自己増殖型の自主活動グループづくりで障害になるのは、仲間意識が強くなると新しい参加者を入れたくなくなる傾向が見られることである。自己増殖型のグループづくりを促進するプログラムを開発することが、今後の大きな課題である。

多賀 努(たが・つとむ)/早稲田大学人間科学学術院准教授

【略歴】
<学歴>
1987年 慶應義塾大学人間関係学科卒業(心理学専攻)
1991年 慶應義塾大学社会学研究科修士課程修了(社会学専攻)
2002年 東京都立大学社会科学研究科修士課程修了(社会福祉学専攻)
2011年 東京都立大学社会科学研究科博士課程退学(社会福祉学専攻)

<職歴>
1992-2010年(株)ポリテック・エイディディ 主任研究員
2004-2008年(財)東京都老人総合研究所認知症予防対策室等 客員研究員
2010-2013年(株)IBCコミュニケーションズ 代表取締役
2013年-現在 早稲田大学人間科学学術院健康福祉科学科 准教授

<著書等>
分担訳書 デイビッド P. マクスリー(加瀬・野中監訳)「ケースマネジメント入門」第8章,中央法規(1994年)
分担執筆 加瀬裕子編「在宅ケア学 第3巻」第XI章,ワールドプランニング(印刷中)