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杉森 絵里子(すぎもり・えりこ)/早稲田大学人間科学学術院准教授  略歴はこちらから

自分の記憶の正確さにどれぐらい自信を持てますか?

杉森 絵里子/早稲田大学人間科学学術院准教授

 「記憶」が、外国語の単語や円周率や歴史における年号といった知識に関する記憶(意味記憶)の場合、「英単語を覚えるのに苦労した」といったエピソードとともに、自信がないと答える人は多いでしょう。ただ、実際に見たり聞いたり体験したといった経験に関する記憶(エピソード記憶)になると話は違います。多くの人が「自分が経験したことなのだからある程度正確に覚えているはずだ」と思うのではないでしょうか?しかし、現実には、エピソード記憶は全くと言って正確ではありません。実際、多くの目撃証言研究を通して、事故現場に居合わせた証言者の記憶の確信度と正確さには相関がないことが明らかになっています。つまり、「自分は明らかにこの人を見た」と確信を持って答えた場合も、「自分が見たのはこの人だったかどうか確信が持てない」と答えた場合も、その記憶は同様正確ではないのです。

そもそも見たいもの聞きたいことしか入ってこない

 1998年、SimonsとLevinによって行われた実験では、道に迷った若者に扮したサクラ(ここではサクラAとします)が、通りすがりの人(本人の知らぬ間に実験参加者になります)に道をたずねました。実験参加者がサクラAに道を教えている間に、2人の間を、大きなドアを担いだ人たちが通り過ぎるのですが、あまりにも大きなドアのせいで、担いだ人たちや道をたずねているサクラAが実験参加者から見えなくなる時がありました。その間に担いだ人たちのうち1人(サクラB)が、サクラAと入れ替わるのですが、入れ替わったあとにも、約半数の実験参加者は道を教え続け、サクラBに入れ替わったことにも気づきませんでした。意外と人って見ていないのです。今日のあなたの同僚の服装やネクタイの色、覚えていますか?私が授業の最後のほうに、学生に目を瞑ってもらい「今日の私のシャツの色は何色でしょうか?」と聞いたところ、正解したのは5分の1以下でした。

参考:The Door Study final (YouTube)
https://youtu.be/CdCoWzB1iGA

 他にもCohenが1981年に行った研究では、夫が妻の誕生日を祝うビデオを2つのグループに見せる実験を行いました。その際、一方のグループには「ウェイトレスの妻」という設定、もう一方のグループには「図書館司書の妻」という設定で記憶の実験を行ったところ、それぞれの職業から想像が容易な内容を多く覚えている結果となりました。つまり、ウェイトレスと紹介があったグループは、「ハンバーガーを食べていた」「ロックミュージックが流れていた」、図書館司書と紹介があったグループは「眼鏡をかけていた」「本棚に本がたくさん並べてあった」といった内容を多く覚えていたのです。典型的なものに一致しているものと不一致なものでは、一致しているものの方が容易に記憶できるとChoenは説明しています。

いったん記憶したあとにも歪められ続ける

 偽りの記憶研究で有名なLoftusは、交通事故の映像を見た後、「車が接触したときのスピードはどれぐらいでした?」とたずねられたときと「車が激突したときのスピードはどれぐらいでしたか?」とたずねられたときでは、答えるスピードが約10キロ/時も変化することを示しました。交通事故や強盗事件といった衝撃的な場面であれば、詳しく覚えているに違いないと思うかもしれません。しかし、例えば強盗事件における凶器のような、あまりにも衝撃的なものを見た場合、そのもの自体に記憶が集中してしまい、周辺のことを思い出せなくなるという実験結果も存在します。こういった研究の積み重ねにより、現在では目撃証言は法廷においてあまり強い証言力をもっていません。

 幼いころの記憶についても、実は不確かだということが明らかになっています。例えば、Garry とWadeが2005年に行った研究では、小さい頃の思い出について、実験者が「気球に乗った日のことについて詳しく教えてください」とたずねました。それと同時に、幼い日の父子での写真を切り取って気球に貼り付けるという形で加工した偽りの写真を見せました。はじめ、実験参加者は「このことについては全く覚えていない」と言います。それもそのはずです。この写真は加工写真であり実際には体験していないのですから。それにもかかわらず、数日にわたり実験室に訪問してもらい、「気球に乗った日」について詳しく述べてもらうにつれ、「たしか気球に乗るのにかかった金額は10ドルだった」「母が下にいて手を振りながら写真を撮ってくれた」などといった記憶が作り出されていきました。

エピソード記憶の個人差

 人によっては、自分の体験をとてもポジティブなものとして記憶できる一方で、どんな体験もネガティブなものとして記憶してしまう人もいます。あなたは「Aさんに嫌味を言われた」と記憶しているかもしれませんが、Aさんはあなたを褒めたつもりだったかもしれません。Dudukovic, Marsh, & Tversky(2004)は実際にあった出来事を「聞く相手を面白いと思わせるように話して下さい」というと、その出来事に対してポジティブな側面が語られるだけでなく、その出来事をポジティブな出来事として記憶されることを明らかにしました。少し嫌だったことや辛かったことを、敢えて面白おかしく第三者に話していくうちに、その記憶が少しずつネガティブではなくなっていくかもしれません。

「記憶違い」と心のメカニズム(杉森絵里子 著)

 また、空想を現実と混乱して知らず知らずに嘘をついてしまう性格の人もいます。この人を「嘘つきだから嫌い」と言ってしまうのはもったいない話で、実はこういった「嘘つき」は、創造性に富み、多くの芸術作品や発明品を生み出すことによって我々の生活を豊かにしてくれる人に多いのも事実なのです。自分や他者の記憶の仕方(正確でなさ)を知ることにより、お互いが許しあうことができる世の中になることを望んでいます。

杉森 絵里子(すぎもり・えりこ)/早稲田大学人間科学学術院准教授

【略歴】
専門:認知心理学
学歴:2001年京都大学教育学部教育科学専攻卒業
2003年京都大学大学院教育学研究科修士課程修了
2006年京都大学大学院教育学研究科博士課程修了、博士(教育学)
受賞:2005年日本心理学会優秀論文賞受賞
著書:「記憶違い」と心のメカニズム(京都大学学術出版会)
職歴:日本学術振興会特別研究員、日本学術振興会海外特別研究員、早稲田大学高等研究所助教を経て、2015年4月より現職。