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枝 伸彦(えだ・のぶひこ)/早稲田大学スポーツ科学学術院助教  略歴はこちらから

正しい知識で風邪・インフルエンザを防げ! -免疫力を上げる運動習慣-

枝 伸彦/早稲田大学スポーツ科学学術院助教

 現在、日本の高齢者の死因の第1位は悪性新生物(がん)、第2位は心疾患ですが、第3位は何かご存知でしょうか? 実は肺炎なのです(図1)。高齢者では、誤嚥性肺炎の他にも、風邪やインフルエンザの感染後に引き続いて発症する肺炎も多く、このような肺炎は重症化しやすいため、予防が非常に重要となります。もちろん、高齢者以外の人々にとっても風邪やインフルエンザには絶対に感染したくないものですよね。これらの予防には、マスクの着用やこまめな手洗い・うがい、部屋の湿度調整が大切であることは既にご存知かと思いますが、やはり完璧にウイルスの侵入を防ぐことは不可能だと思います。

図1. 日本の死因別の死亡者数の年次推移(参考資料より筆者作成)

風邪やインフルエンザの天敵「免疫グロブリン」

 そこで登場するのが最後の砦である免疫系です。今回は風邪やインフルエンザの感染防御に特に重要な役割を担っている適応免疫系に焦点をあてて話していきます。適応免疫系には免疫グロブリン(Immunoglobulin; Ig)という抗体が5種類(IgM, IgD, IgG, IgE, IgA)存在し、細菌やウイルスなどの病原体が入ってきた際に、その病原体にくっついて粘膜下への侵入を防いだり、ウイルスや毒素と結合して活性を抑えたり(中和)、病原体に結合してマクロファージなどの白血球に貪食させたりしています(オプソニン化)。中でも唾液中の分泌型免疫グロブリンA (Secretory Immunoglobulin A; SIgA)が少ないと、風邪やインフルエンザに罹りやすいといった報告がされています(図2)。

図2. 口腔内の分泌型免疫グロブリンAの働き

適度な運動習慣が免疫グロブリンを増やす

 近年の研究で、適度な運動が免疫グロブリンを高めることが明らかになっています。45分間の低強度歩行運動を週5回で15週間継続した研究では、運動後に血液中のIgGとIgA、IgM濃度が増加し、また、12ヶ月間のローイングトレーニングによって血液中のIgD濃度が増加したという報告もあります。我々の研究グループでは、運動習慣のない高齢者が週2回の軽い筋力トレーニングと適度な有酸素運動を行った結果、唾液中のSIgAが増加したことを報告しています(図3)。

図3. 継続的なトレーニングによる唾液SIgA分泌速度の変化(参考文献より改変)

日常の身体活動量を上げるだけでも免疫力が高まる

 平均年齢70歳程の高齢者の日常の身体活動量と唾液SIgA分泌との関係を調査した研究では、適度な身体活動を維持する高齢者(7000歩/日)は、身体活動量の少ない高齢者(3000歩/日)に比べ、唾液SIgAレベルが高くなっています。つまり、日常生活において適度に多く歩いている人は、それだけで免疫力を高く維持できるということなのです。このような日常の身体活動へのアプローチは、高齢者や運動習慣のない人にとっては、簡単に実施ができるので嬉しいですよね。

運動習慣でワクチンの効果が違う?

 皆様は毎年インフルエンザの予防接種を受けていますか? 実は日常の身体活動レベルが、ワクチンによる免疫応答にも関連性があることが明らかになっているのです。62歳以上の中高齢者56名を対象とした研究によると、週に3回以上、1回に20分以上の高強度運動をする中高齢者は、低・中強度の身体活動レベルの中高齢者に比べて、インフルエンザワクチンに対する血液中のIgGやIgMの抗体価が高くなると報告されております。つまり、多少高い強度の身体活動を日常的に行っていたほうが、ワクチンの効果が高く、インフルエンザに罹りにくくなるということです。運動すれば、単純に免疫力が高まるだけでなく、ワクチンの効きも良くなるなんて一石二鳥ですよね。

風邪気味のときは運動して汗をかくと早く治るって本当?

 こんな話をよく耳にしますが、これははたして本当なのでしょうか?そもそも風邪をひいたときの発熱は、実はウイルスによるものではなく、免疫細胞がサイトカインという生理活性物質を使って、脳の体温中枢に働きかけて体温を上昇させています。実は、風邪のウイルスは、33~35℃で最も増殖するといわれており、37℃以上では増殖が抑制されるため、体の防衛反応として体温が上昇するのです。では、体温が必然的に上昇する運動は風邪の治癒に良いのでしょうか?

 実は、低強度の運動が一時的に免疫機能を高めることもこれまでの研究で報告されています。45分間の歩行運動を行った研究では、運動直後に血液中のIgGとIgA、IgMの濃度が一時的に増加したと報告されています。また、我々の行った研究では、90分間のストレッチングヨガ直後に唾液SIgAと抗菌ペプチドのディフェンシン10が増加しました(図4)。つまり、体温上昇によってウイルスの増殖を抑制し、ウォーキングやヨガなどの低強度の運動で免疫力を一時的に高めることで風邪の早期治癒に貢献する可能性も考えられなくはありません。実際にアメリカでは、風邪の初期症状が現れると、軽いジョギングやウォーキングで治そうとする人も多いといわれています。

図4. ストレッチングヨガによる唾液中のSIgAとディフェンシンの変化(参考文献,10より改変)

 しかしながら、実際に風邪をひいた患者に運動をさせるのはリスクが高く、倫理的にも研究することは難しいため、この説を証明するための科学的根拠が欠けています。さらに、高強度の運動は免疫機能を低下させることも知られており、ウイルス感染中の発汗による熱放散や運動による体力の消耗は、風邪の症状を悪化させてしまう危険性も十分に考えられます。従って、風邪をひいてから運動をして治そうと考えるのではなく、日ごろから適度な運動習慣をもち、免疫力を高めておくことが最も重要なことであると私は考えております。

参考文献・資料

^ 1) 厚生労働省. 人口動態統計. 2014.
^ 2) 枝伸彦, 赤間高雄. 第16章運動と免疫 -5)免疫グロブリン. ニュー運動生理学(Ⅱ). (宮村実晴 編). 東京. 真興交易株式会社医書出版部. pp.399-408, 2015.
^ 3) Nehlsen-Cannarella, S.L. et al. “The effects of moderate exercise training on immune response”. Medicine & Science in Sports & Exercise 23: 64-70, 1991.
^ 4) Petibois, C. et al. “The biological and metabolic adaptations to 12 months training in elite rowers”. International Journal of Sports Medicine. 24: 36-42, 2003.
^ 5) 赤間高雄ら. 42ヶ月間の運動継続による中高年者の唾液分泌型免疫グロブリンAの変化. スポーツ科学研究. 2: 122-127, 2005.
^ 6) Shimizu, K. et al. “Effect of free-living daily physical activity on salivary secretory IgA in elderly”. Medicine & Science in Sports & Exercise. 39: 593-598, 2007.
^ 7) Kohut, M.L. et al. “Exercise and psychosocial factors modulate immunity to influenza vaccine in elderly individuals”. Journals of Gerontology A: Biological Sciences and Medical Sciences. 57: 557-562, 2002.
^ 8) Nieman, D.C. et al. “The effects of acute and chronic exercise of immunoglobulins”. Sports Medicine. 11: 183-201, 1991.
^ 9) Eda, N. et al. “A study on yoga stretching for improving salivary immune function and mental stress in middle-aged and older adults”. Journal of Sports Science and Medicine. (submitted)
^ 10) Eda, N. et al. “Effects of yoga exercise on salivary beta-defensin 2”. European Journal of Applied Physiology. 113: 2621-2627, 2013.

枝 伸彦(えだ・のぶひこ)/早稲田大学スポーツ科学学術院助教

【略歴】
1985年12月25日生まれ
出身地 茨城県牛久市

【学歴】
2008年 早稲田大学スポーツ科学部スポーツ医科学科 卒業
2010年 早稲田大学スポーツ科学研究科修士課程 修了
2013年 早稲田大学スポーツ科学研究科博士後期課程 修了

【職歴】
2010年 つくば市社会福祉協議会 つくば市民研修センター ヨガインストラクター(現在に至る)
2012年 東京都市大学共通教育部(人文・社会科学系) 体育実技非常勤講師(現在に至る)
2013年 早稲田大学スポーツ科学学術院 助手(~2015年)
2015年 早稲田大学スポーツ科学学術院 助教(現在に至る)

【主な著書・研究業績】
1. 枝伸彦ら. 高強度持久性運動が皮膚の物理的バリアに及ぼす影響. スポーツ科学研究. 9: 319-329, 2012.
2. Eda, N. et al. “Effects of high-intensity endurance exercise on epidermal barriers against microbial invasion”. Journal of Sports Science and Medicine. 12(1): 44-51, 2013.
3. Eda, N. et al. “Altered secretory immunoglobulin A on skin surface after intensive exercise”. Journal of Strength and Conditioning Research. 27(9): 2581-2587, 2013.
4. Eda, N. et al. “Effects of yoga exercise on salivary beta-defensin 2”. European Journal of Applied Physiology. 113: 2621-2627, 2013.
5. Eda, N. “Yoga has beneficial effects on patients with chronic diseases and improves immune functions”. Journal of Clinical Research & Bioethics. 5(5), 197: 1-3, 2014.
6. Eda, N. et al. “A study of bacterial growth on the skin surface after a basketball game”. Clinical Case Reports and Reviews. 1(11): 279-282, 2015.
7. 枝伸彦, 赤間高雄. 第16章運動と免疫 -5)免疫グロブリン. ニュー運動生理学(Ⅱ). (宮村実晴 編). 東京. 真興交易株式会社医書出版部. pp.399-408, 2015.