早稲田大学の教育・研究・文化を発信 WASEDA ONLINE

RSS

YOMIURI ONLINE

ホーム > オピニオン > サイエンス

オピニオン

▼サイエンス

三嶋 博之(みしま・ひろゆき)/早稲田大学人間科学学術院准教授  略歴はこちらから

“コツ”ってなんだ? けん玉熟練者に備わる“視る”工夫

三嶋 博之/早稲田大学人間科学学術院准教授

 仕事でも遊びでも、「アタマではわかっているはずなのに、実際にはなかなか上手にできない」という経験が誰にでもあると思います。趣味のスポーツが上達しなかったり、自動車の運転がいつまでも上手くならなかったり、料理を焦がしてしまったり…というように、上手くいかないことを気にし始めると悩みが尽きません。しかし一方で、ある瞬間に“コツ”を掴んだ!と思えるときもあるはずです。たとえば、練習をして自転車に乗れるようになった方には共通する感覚だと思いますが、一度コツを掴むとその行為は一気に上達し、そしてなかなか忘れないものです。

けん玉の技に科学的にアプローチする

 私たちの研究室では、コツを掴むことの背後にあるメカニズムを解明するために、自動車ドライビングをはじめとするいくつかの研究を実施しています。その中から、今回は伊藤万利子助手が中心になって進めている“けん玉”研究を例にして、その成果の一部をご紹介したいと思います。

図1. 熟練者における玉の軌道(プレイヤーの右側から見た場合)。座標原点は、プレイヤー足元床面付近の一点。

 けん玉には100種以上—数え方によっては数万種以上—の技が存在しますが、私たちの研究では級位の判定にも使用される10の基本技の一つである“ふりけん”を題材としました。“ふりけん”は、(1) 利き手で“けん”を持ち玉は自然に垂らす、(2) 非利き手を玉に添え、少し手前に引いてからブランコのように前方へ送り出す、(3)前方に移動する玉をタイミング良く手前に引く、(4)上昇しつつ手前に戻ってくる玉を“けん先”でさす、という一連の動作からなる技です(日本けん玉協会のWebサイトで技の動画を確認することができます)。この技は比較的難度の高い技であり、初心者ではまったく成功しないかもしれません。“けん先”を玉にさすためには玉の穴が手前、すなわち“けん先”の方向を向いていなければなりませんが、そのためには玉を空中でひっくり返さなければならず、これが初心者にはなかなか難しいからです。しかし、“ふりけん”は熟練者ではほぼ100%成功させることができる技でもあり、その成功率の違いを分けるヒミツとして、ある種の“コツ”の獲得があるのではないか、というのが研究上の仮説というわけです。

 けん玉熟練者の技のヒミツに迫るため、私たちは熟練者の“ふりけん”動作を“モーションキャプチャ”と呼ばれる、運動を3次元座標として記録できるシステムによって記録し、解析しました。その結果の一例を図1に示します。図1は、“ふりけん”の際の玉の軌道を、プレイヤーの右側から見た視点で描いたもので、複数回の試行から得られた軌道を重ね書きしています。しかし、図1を見ても、玉が“けん先”にささる場所は試行によってバラバラで、熟練者が見せる安定したパフォーマンスのヒミツはこの結果からはまったく見えてきません。熟練者の動作は安定していて、したがって玉の軌道も安定している、というのが一つの予想でしたが、糸で繋がれただけの玉の軌道は、たとえ熟練者がコントロールするとしても、一定程度の散らばりが生じていることが確認されました。

 しかし、私たちは、熟練者の動きを更に検討する中で、熟練者の頭部が、玉の動きに合わせるかのように大きく弧を描いて動いていることに気がつき、図2のような図を新たに作成してみました。図2で使用しているデータは図1とまったく同じものですが、図2では、玉の軌道を描くための基準(原点)を“プレイヤーの動く頭部”に設定しています。したがって、図2で描かれている玉の軌道は頭部からの相対的な位置関係となっており、この場合は先ほどとは違って、玉が“けん先”にささる場所がごく狭い範囲にコントロールされていることがわかります。

 では、初心者ではどうでしょうか。図3は、図2と同じ条件で描いた、初心者における相対的な玉の軌道を表しています。図から明らかなように、初心者では玉を“けん先”にさす位置は熟練者(図2)と比較して不安定になっています。これは、動く玉に対して頭部を合わせて動かすことが、初心者ではできていないということを表しています。

図2. 熟練者の頭部を基準にして描いた“相対的”な玉の軌道

図3. 初心者の頭部を基準にして描いた“相対的”な玉の軌道

けん玉における“コツ”の正体

 これらの結果から、熟練者では刻々と変化する玉の軌道にぴったりと合わせて自身の頭部を動かしていることがわかりました。この独特の技術がもたらす大きなメリットは、素早く動くターゲット(=玉)の速度を相殺し、ゆっくりとした変化として眼の中心で捕らえ、精度良く観察することができることであると考えられます。時速80キロで通過する電車の乗客の顔をホームから見分けることは難しいですが、同じ方向に時速80キロで併走する電車からであればそれも容易である、ということと同じ理屈です。

 “けん玉”では、「膝を上手に使いなさい」と指導されることがあるようです。この言葉だけを聞くと、それは下半身を安定させたり、玉を安定して放出するための、つまり運動面を改善するための“コツ”の指導のように聞こえるかもしれません。しかし、膝を使うことは、すなわちその上に乗った頭部を玉の動きに合わせて自在に動かすために必要なことでもあり、そのように考えれば、膝を使うことはむしろ、より良くターゲットを“視る”ための“感覚/知覚の技術”としての意味が大きいのではないかと私たちは考えています。

“コツ”の背後にあるもの

 暗闇でけん玉を成功させることは、たとえ熟練者であっても困難です。必要な情報が感覚/知覚できなければ、体力やスピード、反応速度を向上させたとしても、技の成功には結びつかないでしょう。“コツ”には、運動面での“コツ”もあれば、私たちが重視するような、主に感覚/知覚を高める方向で機能する“コツ”もあると考えます。何かがどうしても上達しないときは、目的の行為を達成するために必要な情報を十分に得ることができているかについて今一度考え直し、そのための工夫—より良く“視る”ための工夫—を行ってみるとよいかもしれません。

参考資料

公益社団法人日本けん玉協会Webサイト(http://kendama.or.jp/)

Ito, M., Mishima, H., & Sasaki, M. (2011). The Dynamical Stability of Visual Coupling and Knee Flexibility in Skilled Kendama Players. Ecological Psychology, 23(4), 308–332.

三嶋 博之(みしま・ひろゆき)/早稲田大学人間科学学術院准教授

【略歴】
専門:生態心理学
学歴:1992年年早稲田大学人間科学部人間基礎科学科卒業、1997年同大学大学院人間科学研究科博士後期課程修了。博士(人間科学)。
職歴:1994年日本学術振興会特別研究員、1996年早稲田大学人間科学部人間基礎科学科助手、1998年福井大学教育学部助教授、1999年福井大学教育地域科学部准教授を経て、2007年より早稲田大学人間科学学術院准教授。
著書:『エコロジカル・マインド:知性と環境をつなぐ心理学』(日本放送出版協会)等