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赤尾 健一/早稲田大学社会科学総合学術院教授  略歴はこちらから

早ければ10数年後には地球の気温が1.5度上昇する いま求められる温暖化対策を考える

赤尾 健一/早稲田大学社会科学総合学術院教授
2018.11.26

 この10月は、地球温暖化問題に関する2つのニュースが話題となった。1つは気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が1.5度特別報告書を公表したこと、もう1つは今年のノーベル経済学賞に、温暖化対策の経済分析をリードしてきたイエール大学のウイリアム・ノードハウスが選ばれたことである。

 IPCCの1.5度特別報告書は、「地球平均気温の上昇を産業化前から2度高い水準より十分に低くとどめること、できれば1.5度を上限とする努力を続けること」という気候変動枠組み条約のパリ協定(2016年発効)の長期目標に対して、これら2つの目標の違いと1.5度目標の実現可能性を示すものである。ただし、この報告書が人々の耳目を集めたのは、早ければ2030年にも地球平均気温の上昇は1.5度を超えるだろうという予測結果である(図1)。

図1 IPCC1.5度特別報告に示された地球気温変化と将来予測
出典: Intergovernmental Panel on Climate Change (2018) Global Warming of 1.5 °C : an IPCC special report on the impacts of global warming of 1.5 °C above pre-industrial levels and related global greenhouse gas emission pathways, in the context of strengthening the global response to the threat of climate change, sustainable development, and efforts to eradicate poverty. Summary for Policymakers. (http://www.ipcc.ch/report/sr15/ アクセス 2018/11/18)
注:定型化された諸経路(stylized pathways)については原著を参照。

 1.5から2度という目標は、「気候系に対して危険な人為的干渉を及ぼさない」範囲として、コペンハーゲン/カンクン合意(2009/2010)で確認された科学的コンセンサスである。莫大な熱容量をもつ海水の存在によって、温暖化の進行を抑制するには長年月を要する。その時間尺度からすれば2、30年は近い将来であり、したがって1.5度特別報告書の予測は、ほぼ確実に地球平均気温は1.5度以上に上昇することを意味している。さらに現在のパリ協定の枠組みでは2度目標もまたオーバーシュートされる可能性が高い。

 オーバーシュートを避けるには直ちに大規模な温室効果ガスの排出削減が必要となるが、それは年間数千億ドルを超える莫大な費用を世界に課すことになる。このためほとんどの国がその実行を躊躇している。一方、オーバーシュートを許した上で今世紀末に2度目標を達成するには、ネガティブエミッション、すなわち排出量以上の温室効果ガスを大気から除去する必要がある。IPCC第5次評価報告書(2014)で指摘されているように、そのためには、大気中の二酸化炭素を吸収したバイオマスからエネルギーを得、その排ガスを固定貯留するBECCS(Bio-Energy with Carbon Capture and Storage)の大規模な利用が不可欠となる。しかし、現在の技術では、それはさらなる費用を世界に課すことになり、したがって現状では画餅の域を出ない。

 パリ協定加盟国は、INDC(批准後はNDC)と呼ばれる2030年までの自主的な温室効果ガス削減計画を実行することを約束している。図2が示すように、この計画は2度目標を最小コストで実現する温室効果ガス排出経路と整合的ではない。国際エネルギー機関は、INDCに準ずる取り組みのままで、一層の野心的な取り組みがなされなければ、2100年までに 2.7℃の気温上昇がもたらされるとしている(IEA, 2015, Energy and Climate Change : World Energy Outlook Special Briefing for COP21.)。

図2 INDC排出経路と最小費用で2度目標を実現する経路(開始年2015,2020, 2030)
出典 United Nations Convention on Climate Change (2015) Synthesis report on the aggregate effect of the intended nationally determined contributions. FCCC/CP/2015/7 (http://unfccc.int/resource/docs/2015/cop21/eng/07.pdf アクセス 2018/11/18)
注:詳細は原著を参照。

 しかし、経済学的にはINDCはこの数十年間に関しては概ね妥当なものとみなされるかもしれない。今年のノーベル経済学賞を授与されるノードハウスの最大の業績は、DICEモデルと呼ばれる経済と気候システムを統合した評価モデルを構築し、温暖化対策のあり方を論じるための基本的な枠組みを確立したことである。図3は、DICEモデルから算出される温室効果ガスの排出経路を示している。その最適経路は、2度目標を最小費用で達成する経路とは異なり、むしろ図2のINDC経路に近い。ノードハウスの最適経路に従うと、2100年の気温上昇は2.61度となるが、それは上述のIEAの予測に近い値である。ただし、その最適経路上で地球平均気温は2200年には3.45度まで上昇する。

図3 DICEモデルによるシナリオ別年排出量の推移
出典:Nordhaus, William (2008) A Question of Balance : Weighing the Options on Global Warming Policies. Yale University Press.
注:詳細は原著を参照。

 一方で、ノードハウスは最も早い2度目標提唱者とされている。これは彼が1975年の論文で、2度あるいは3度を超える平均気温の上昇に対して危惧を表明しているためである。したがって彼自身、3度を超える気温上昇を許す経路が最適であると信じてはいないはずである。

 DICEモデルの最適経路が長期的には最適ではない理由は、2つの不確定要素をうまくモデル化できていないためである。第1の不確定要素は気候システムの急速かつ予測不可能で大規模な変化、すなわちレジームシフトである。DICEモデルはその最適経路を実現するために炭素への価格付け(カーボンプライシング)を示唆する。近年、カーボンプライシングの重要性と必要性は広く認識されるようになっている。しかし、地球規模で最適な価格付けを実現してもなお、われわれの子孫を待つものは、破滅的な気候システムの変化かもしれない。

 長期目標を実現する費用最小経路は政治的経済的に実現が困難であり、一方、DICEモデルの最適経路は実現可能性は高まるもののレジームシフトを避けられない。このダブルバインドから逃れる途はあるのだろうか。

 おそらくその唯一のルートは、DICEモデルがモデル化していないもう1つの不確定要素、革新的技術の開発にある。技術革新の成功は不確実だが、研究開発投資を通じて成功確率を高めることができる。経済は技術革新を促進することができるのである。このアイデアを精緻化しマクロ経済学に導入した内生的成長論は、今年のノーベル経済学賞のもう一人の受賞者であるポール・ローマーによって生み出された。

 温暖化対策に関わるその重要な理論的結果は、技術革新のためには政府による十分な研究開発投資への支援が必要であること、ただし、いったん技術革新の歯車が回り始めると、今度は市場が政府の支援なしに技術革新を推し進めることである(Acemoglu, Aghion 他, American Economic Review, 2012)。このことは、いま求められている温暖化対策とは何かを教える。それは、大規模な排出削減というよりもむしろ、温暖化緩和技術、とりわけ大気から温室効果ガスを除去隔離する技術に関する大規模な研究開発投資と、それに対する公的機関の強力な支援である。もちろん、適切なカーボンプライシングの実現は同時に必要である。しかしそれだけでは必要な技術革新に対するインセンティブは十分ではない。技術革新の歯車を回す力が求められているのである。

 実際にその歯車を回そうとする動きがパリ会議と期を同じくして始まっている。わが国を含む23か国とEUが参加するミッションイノベーションは、クリーンエネルギーに対する国及び州の研究開発投資予算を2021年までに300憶ドルに倍増するとしている。また、そうした政府活動を支援することを目的に、世界有数の企業人が組織したブレークスルーエネルギー連合は、20億ドルの投資を宣言している。温暖化対策の成否は、このような活動がいかに速やかに拡大するかにかかっている。

赤尾 健一(あかお・けんいち)/早稲田大学社会科学総合学術院教授

1962年生まれ。京都大学農学研究科博士課程単位取得退学。博士(農学)京都大学。早稲田大学社会科学部専任講師等を経て、現在、早稲田大学社会科学学術院教授。
主要論文、 A Theory of Disasters and Long-run Growth (with H. Sakamoto, Journal of Economic Dynamics & Control 95: 89-109, 2018.) Some rationalizability results for dynamic games (with T. Mitra and G. Sorger, International Journal of Economic Theory 8: 361--379, 2012.), Tax schemes in a class of differential games ( Economic Theory 35: 155--174, 2008.), Feasibility and optimality of sustainable growth under materials balance ( with S. Managi, Journal of Economic Dynamics & Control 31: 3778--3790, 2007.)など。