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有馬 哲夫

有馬 哲夫(ありま・てつお) 早稲田大学社会科学総合学術院教授 略歴はこちらから

「ディズニーランドは決して完成しない」

有馬 哲夫/早稲田大学社会科学総合学術院教授

 今から、53年前アメリカのアナハイムにディズニーランドが開園したとき、ウォルト・ディズニーはテレビのレポーターに向かってこう語った。「ディズニーランドは決して完成しません。世界に想像力がある限りそれは成長しつづけるのです。」

 この言葉はきわめて示唆に富んでいる。東京、パリ、香港にディズニーランドがオープンしたあとの21世紀の今日、ウォルトが考えていた以上の意味を持つようになっている。今年は東京ディズニーランドが開園して25周年ということなので、この意味を考えてみよう。

テーマパークは生きている

 まず、ウォルトがこの言葉をどういう文脈でいったのかを明らかにしたい。彼はこの言葉を『ウォルト・ディズニー物語』を書いた伝記作家ピート・マーティンとのインタヴューのなかでも使っている。そして、こちらのほうが文脈もはっきりしている。

 少し長いやり取りなので要約すると、およそこのように述べている。

 つまり、映画だったら、完成したあと満足がいかなくとも、変えるとか、付け加えるとかできないが、テーマパークはできる。テーマパークならば、付け加え、変え、発展させていくことができる。それは、生き物が息をするように、変化というものを取り込んでいくことができる。

 事実、開園時には22だったアトラクションの数は、ウォルトがこの世を去る1966年には48と2倍以上になっていた。それでも足りず、ウォルトはフロリダに広大な土地を求め、ディズニー・ワールドを建設した。

 こちらでは、アトラクションの数が増えるだけでは済まず、テーマパークそのものが増えていっている。マジックキングダム、エプコットセンター、MGMスタジオ、アニマルキングダム。

 ついにはアメリカ国内だけにおさまらず、東京、パリ、香港にまで進出していく。

 では、なぜウォルトはこのように、付け加え、変化させ、発展させなければならないと考えたのだろうか。そのヒントはインタヴューのなかですでに与えられている。

 完成とは変化をやめることだ。変化をやめたものは、古くなり、衰え、やがて消える。ウォルトは自分の「国」がそうなることを望まなかったのだ。

新次元を開いた東京ディズニーランド

 1983年浦安に東京ディズニーランドがオープンすると、この「国」は新たな変化の段階を迎える。

 よくいわれるのは、東京ディズニーランドは、フロリダのマジックキングダムのコピーだということだ。その通りである。

 しかし、たとえモノとして同じだとしても、日本人にとっての東京ディズニーランドとアメリカ人にとってのマジックキングダムは同じだろうか。

 たとえば、日本人がゲートを通ってワールド・バザールを見たとき感じるのは、アメリカ映画の世界に入ったようなエキゾティズムだろう。あるいは修学旅行できた地方の生徒たちならば、そこはアメリカであるとともに東京の都市文化の一部だ。

 これに対して、マジックキングダムのメインストリートUSAに入ったアメリカ人が感じるのはノスタルジアだろう。そこは異国ではなく、どちらかというと田舎を感じるはずだ。

 モノとして同じでも、それが置かれた文化的なコンテキストが違えば、異なる意味が生じ、異なる物語をつむぎ出すのだ。

それぞれのミッキー

 これに世代間の違いが加わる。日本には3世代にわたってディズニー文化に接してきた歴史がある。このため、ディズニーとは、戦前世代にとっては短編アニメーション、戦後世代にとってはテレビ番組と長編アニメーション、戦後第二世代にとってはディズニーランドとしておおむね捉えられている。

 ということは、ディズニーランドのきぐるみのミッキーは、世代によって違って見え、握手したとき感じる思いも違うということだ。もちろん、このことはあの空間にあるミッキー以外のすべてのものにあてはまる。

 それぞれの世代は、それぞれの意味を見出し、物語をつむいでいる。それが無数に交差している空間が、あのテーマパークの空間なのだ。

 さらに、日本独自の楽しみ方さえ生まれている。アフター・シックス(午後6時以降の入園)を楽しんだり、ニューイヤー・カウントダウン(大晦日に年を園内で越す)にいったり、修学旅行で訪れたり、結婚式を挙げたり。ウォルトが想定していなかった彼の「国」の楽しみ方が開発され、それぞれの人生の一コマを演出するために活用されている。

文化・世代を超えた創造力

 25年前に持ち込まれたウォルトの「国」は、少しずつ私たち日本人の「国」に変化してきた。たとえモノは変わらなくとも、文化的・世代的コンテキストが変わることによって。私たちの意識が変り、楽しみ方や活用法が変わることによって。

 冒頭の言葉をウォルトが語ったとき、彼はモノとしての「国」と、作る側の想像力のことを念頭に置いていたかもしれない。だが、いま彼の「国」に何かを付け加え、変化させ、発展させているのは、文化を越え、世代を越えてそれを受け止め続ける私たちの想像力でもあるのだ。そして、モノ以上に、この想像力が変化し、進化している。

 生き物のように想像力を吸い込む力がある限り、ディズニーランドが完成することは決してない。

有馬 哲夫(ありま・てつお)/早稲田大学社会科学総合学術院教授

【略歴】

専門はテレビ研究、メディア史。『テレビの夢から覚めるまで』(国文社)、『ディズニーの魔法』、(新潮新書)『ディズニーとライヴァルたち』(フィルムアート)、『世界の仕組みが見える「メディア論」』など。