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植村 尚史(うえむら・ひさし) 早稲田大学人間科学部教授  略歴はこちらから

外国人看護師・介護士の受け入れ
―人手不足の特効薬となるのか―

植村 尚史/早稲田大学人間科学部教授

両国の思惑一致でEPA締結

 日本とインドネシアとの経済連携協定(EPA)によって、日本で資格取得に挑戦することとなるインドネシア人の看護師、介護福祉士の候補者が来日した。協定では、2008年度から2年間で合計1,000人を受け入れることになっており、初年度の受け入れ枠は看護師200人、介護士300人の合計500人であったが、8月7日に来日した第1陣は205人(その後3人が来日)と、当初の予定枠に満たなかった。

 病院や介護現場では、看護師、介護士等の人手不足が深刻である。看護の現場では約4万人が不足しており、介護の現場でも2014年には40万人から60万人が新たに必要になるとの試算もある。現在の診療報酬では、看護師の配置が病院の収入に直結する仕組みになっており、看護師確保は病院経営にとって死活問題である。一方のインドネシア側は、10%近い失業率に苦しんでおり、出稼ぎ労働に頼らざるをえないという事情がある。インドネシア人看護師が、日本で月に約20万円の収入を得れば、本国で10人の家族を養うことができるといわれる。双方の思惑が一致した結果がEPA締結につながったということなのだろう。

困難な外国人労働者の日本定着

 しかし、これで、看護、介護の現場に外国人労働者が大挙して進出することになると考えるのは早計である。彼らは3年(看護師)又は4年(介護福祉士)の間に国家試験に合格して日本の資格を取得しなければならない。合格できなければ帰国させられることになっている。受け入れる病院・施設の側にも、日本人と同等報酬の雇用契約の締結、給与とは別に日本語研修のための賛助金など1人あたり約60万円の経費負担、養成訓練の体制などが義務づけられている。一定レベルの日本語能力のある人たちが選抜されてきているとしても、3~4年で完全に日本語をマスターし、専門用語と漢字だらけの国家試験に合格するのは無理との見方もある。彼らが国家試験に合格できずに帰国することになれば、病院・施設側のそれまでの負担はムダになる。そうしたリスクを負ってまでもインドネシア人看護師等を受け入れる病院・施設が今後増えていくかどうかは疑問である。仮に資格を取得して、医療、介護現場で働くことになったとしても、医療水準、生活習慣や宗教観の違いがトラブルの元になるのではという心配もある。

 インドネシア側も、目的は人的交流の拡大であって、これを契機に、看護や介護以外の分野にも人材を送りたいという思惑があるとの報道もある。来日した看護師等の候補者にも、日本の高度な技術を習得して本国の看護、介護に活かしたいというのが本音で、「国家試験合格→日本に定着」というコースは必ずしも望んでいないとコメントする人もいるそうである。インドネシアに先立って2006年9月9日に調印されたフィリピン人看護師等の受け入れは、フィリピン側の批准の遅れで2009年度以降にずれ込むことが確実で、インドネシア看護師等の受け入れも、当初予定の1,000人という枠を満たせるかどうか疑問である。今後のことはともかく、形だけは整えたというのが本音ではないだろうか。

本末転倒の政策・議論

 看護、介護分野は、3K(きつい、きたない、危険)職場といわれ、人手不足が常態化していた。しかし、バブル期以降、専門性の向上や教育体制の整備等を図ることで、看護、介護の仕事を、専門性の高い、社会的意義のある、将来に希望を持てる仕事としていく努力が続けられてきた。ようやく3Kイメージも払拭され、意欲のある若い人たちが集まるようになってきたところで、財政面からの抑制が加わるようになった。診療報酬や介護報酬が低く抑えられ、看護師、介護士の給与も低く抑えられるようになった。十分な雇用条件が確保できなければ、若者にとって魅力的な職場ではなくなり、再び深刻な人手不足に陥るのは必然である。政策がつくった人手不足といってもよい。雇用市場の開放が国際的な流れとして避けられないとしても、費用抑制政策の結果である看護、介護の労働力不足を、安価な外国人労働者で埋めようという発想は、本末転倒の議論だろう。「公定価格」で支えられる医療や介護の世界では、よい人材を確保しようとすれば、それだけの社会的負担が伴うことは避けられない。看護、介護の人手不足は、みんなが人材確保のための費用負担を受け入れることで解消していくしかないのである。

植村 尚史(うえむら・ひさし)/早稲田大学人間科学部教授

【略歴】

1952年3月23日 岐阜県生まれ
1975年京都大学法学部卒業
同年 厚生省(当時)入省
内閣法制局参事官、厚生省保健社会統計課長、社会保険庁企画・年金管理課長、国立社会保障・人口問題研究所副所長等を経て、2003年4月から早稲田大学人間科学部教授
2001年4月から2003年3月まで 京都大学大学院法学研究科客員教授

【最近の主な著書】

「社会保障を問い直す」中央法規出版 2003年
「これでわかる医療保険制度Q&A」(監修)ミネルヴァ書房 2007年
「若者が求める年金改革」中央法規出版 2008年
「図説 これからはじめる社会保障」(編著)日本加除出版2008年