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根ヶ山 光一(ねがやま・こういち) 早稲田大学人間科学学術院教授 略歴はこちらから

子別れとしての子育て

根ヶ山 光一/早稲田大学人間科学学術院教授

人間の子育ての特徴

 私の専門は「発達行動学」といって、動物行動学と発達心理学を足して二で割ったような学問である。発達を生物の適応・進化や繁殖との関連で考える学問である、といってもいいだろう。

 植物であるか動物であるかを問わず、未熟で小さな子どもをたくさん作るか成熟して大きな子どもを少しだけ作るかというのは、生物の2つの異なる繁殖戦略である。幼い子どもを母親の体内で守り、生まれ出てからも乳で育てる哺乳類は、その後者の典型だということができる。サルの多くは前肢で子どもを抱いて守ることを特徴とし、さらにその一種であるヒトは、親以外にモノや家族や制度などによって幾重にも子どもを守り育てる仕組みを発達させるなど、子どもを保護する戦略をいっそう強めた種である。

 そういった多重的な養育システムは、母の身体と子の身体の間に介在するインターフェイスであるともいえ、見方を変えると母子を物理的に離すものとして機能しているととらえることも可能である。それを私は「モノ・ヒト・シクミによって離しつつ保護をする」育児と解釈し、ヒトの育児の基本的な特徴と位置づけている。そのようなインターフェイスには文化や社会の価値観が大きく反映される。さらに、それによって母親が子育てをしながらも反復的に育児から解放されて「個」に戻る、ということも実現されているのだ。それが「子別れ」という観点に他ならない。

子別れという観点

 子育てを子別れとしてとらえるということは、愛や触れ合いで語られることの多い母子関係に「反発性」「分離」の意義を認めることである。動物ではこの反発性が、母親が子どもに攻撃を向けるというストレートな行動として見られることがあるが、人間の場合はより間接的な形をとることも多い。母子間の攻撃というと「虐待」の二文字を思い浮かべられがちだと思うが、ここでいう反発性はそれとは異なって「健全」なものである。そういう反発性が存在することを忘れてはならない。

 健全な反発性は子どもの自立を促す。過ぎたるは及ばざるがごとしということわざがあるが、親の優しさも行きすぎると子どもの自立をそこないかねない。苗に水や肥料を与えすぎるとかえってよくないのと同じで、要は親和性と反発性の適度なバランスが肝心である。たとえば出産も、体内での保護からの脱却と考えれば一つの反発性だし、離乳も母乳という保護手段の終焉を意味する。また親が歩行を促し、その結果歩けるようになることによって抱きという保護が不要になる。このように、子どもの自立の背後には母子の身体関係の変化が横たわっている。子別れに着目するとは、親子関係の発達において両者の身体がもつ意味を再認識するということでもあるのだ。

子別れから見えてくるもの

 そのような視点に立ったとき、子どもの発達について新たに注目されるいくつかの切り口が見えてくる。それは「身体接触」「食行動」「事故」といった側面である。これらの行動はいずれも、子どもの生きるたくましさの現れであると同時に、子どもの命を左右するものでもある。

 そのように身体から親子関係や子どもの行動発達を考察するときには、親子双方の身体間で求めたり与えたり拒否したりするものとして「資源」という概念が有効になる。また資源とは、周りの環境にある事物にも認めることのできる性質だから、親・子の身体を周囲のモノと組み合わせてとらえる視点にもつながる。こういえば、身体接触・食・事故などが発達行動学にうってつけのテーマであることがおわかりいただけると思う。これらはいずれも、今日の子どもたちにとって重要であるとして社会が注目している問題でもある。

 ところで、昨今は子どもが生きにくい世の中になったとよく言われる。危険がいっぱいだし、また少子化や高学歴化のせいで、子どもが親の扶養家族として成熟後もますます長期間半人前扱いを受けるようになってきている。それは人間が進化の長い時間をかけて身体をベースに構築してきた親子関係の形とはかけ離れた姿ではないだろうか。

 そもそも動物が育児書も育児相談もない状況で首尾よく子育てができるのは、身体にもともと備わった感覚に身をゆだねてそれに導かれることが大きな理由である。それが身体の規定力というものである。これは子どもにも備わった能力であり、むしろおとなの身体がもつ規定力よりもはるかに強い主張性を持っていると考えることもできる。動物の親には、子どもの身体からの訴えかけに従うことによって、自然と適切な子育てに導かれているということが多々ある。そのような子どもの持つ主体性を再評価したいものであるし、それと同時にそういった主体性・能動性がのびのびと発揮できるような環境作りと、それをふまえたおとなと子どもの望ましい共生の創生を模索していく必要があるだろう。

根ヶ山 光一(ねがやま・こういち)/早稲田大学人間科学学術院教授

【略歴】
1977年大阪大学大学院文学研究科博士課程中退。大阪大学人間科学部助手、武庫川女子大学文学部講師・同家政学部助教授などを経て1996年早稲田大学人間科学部助教授、1998年同教授。専門は発達行動学であり、人間と動物の行動発達と親子関係を「子別れ」の観点から考察している。

【業績】
<子別れ>としての子育て(NHKブックス,2006)
身体から発達を問う(共編著、新曜社,2003)
発達行動学の視座(金子書房,2002)
母性と父性の人間科学(編著、コロナ出版,2001)
子別れの心理学(共編著、福村出版,1995) など