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鈴木 宏昌(すずき・ひろまさ) 早稲田大学商学学術院教授 略歴はこちらから

製造業における派遣労働問題
―人材派遣会社の責任と労働者保護―

鈴木 宏昌/早稲田大学商学学術院教授

 昨年の9月ごろまでは対岸の火事程度に見なしていたアメリカ発の金融・経済危機は今では日本企業を直撃している。これまで日本経済の牽引者として引っ張って来た製造業、とくに自動車関連産業の輸出が急落し、企業は猛烈な勢いで生産縮小を行っている。その結果、大量の派遣労働者や期間工が解雇・雇い止めの対象になり、大きな社会問題になっている。とくに議論が集中しているのが、製造業における派遣労働の規制の問題である。この小稿では、製造業における派遣労働の規制のあり方に絞り、考えてみたい。

急増した製造業の派遣労働者

 わが国では、労働者の派遣を事業とすることは長いこと禁止されていた。職業紹介は国が独占的に担当し、無料で職業紹介することが大原則であった。しかし 1980年代になると労働市場の規制緩和が世界的に大きな流れとなり、民間の有料職業紹介の役割も認められることになる。わが国では1986年に初めて専門的な職種に限定し、人材派遣が事業として認められる。その後、何回かの派遣事業法の改正がなされ、次第に派遣できる範囲が拡大する。そして2004年からは製造業における派遣も解禁となる。同時に、派遣期間も最大3年と延長され、派遣労働は企業にとって使いやすい労働供給ルートとして、急速に派遣労働者数は増加する。厚生労働省の調べでは、2007年の6月には製造業における派遣労働者数は実に46万人強まで増加した。景気の拡大局面が長く続く中、派遣労働による雇用増加の側面のみが注目され、派遣労働のネガティブな面はあまり議論される機会はなかった。国際的に見ると、日本の派遣事業法は非常に緩い規制で、契約更新に関する規制はないし、解雇手当や派遣労働者を保護する規定も少ない(派遣法は事業法であり、労働者保護法ではない〕。

雇用関係のない派遣先企業

 製造業への派遣が解禁となる頃から、人材派遣業は乱立状態となる(15000以上の業者が存在するといわれる)。登録型派遣の場合、人材業者は労働者のリストさえ持っていれば、メーカーなどの注文に応じて、派遣先に労働者を送り込むことができる。派遣を注文する企業にとっては、電話一つで何十人という労働者を迅速に集められるメリットがある。人材業者による過当競争もあり、派遣労働者の賃金は低く抑えられ、正社員はおろか期間工などの直接雇用よりも派遣労働はコストが安いと見積もられている。そのため、派遣労働が製造現場で急速に拡大した。今回起こっていることは、その拡大の逆転が途方もないスピードで実現していることである。アメリカの消費の低下は、輸出に頼る日本企業を直撃し、生産を縮小せざるを得ない。その結果、これまで派遣労働者を数多く受け入れていた自動車メーカーなどが人材業者との派遣契約を解除したのである。派遣労働者は派遣先の企業と雇用関係を持たず、解雇規制の慣行も適用されない。

 グローバル化時代の金融・経済危機の波及のスピードは想像を超える。これまで1兆円を超える経常利益を出していた最強企業トヨタ自動車ですら、本年の3月期には赤字が予想される事態にまでなっている。企業は生き残りを掛けて、生産縮小を余儀なくされている。雇用は企業の生産活動に伴う派生需要なので、生産が減退すれば、雇用も縮小せざるを得ない。したがって、日本企業は先を争って、切りやすい労働力を削減する。具体的には、非正規雇用者であり、とくに派遣労働が標的となる。キャノン、トヨタといった有名大企業が人員削減を簡単にできるのは、派遣労働者と直接の雇用関係がないためである。派遣で生活を立てていた人たち(この中には多くの日系人も入る)は突然路頭に迷うことになった訳である。厚生労働省の最近の推定では、今年の3月までに職を失う非正規労働者は約8万5千人で、そのうち3分の2が派遣労働者と見られる。

包括的な派遣事業・派遣労働者保護法を

 このように派遣労働者が大量に解雇される事態になると、製造業における派遣労働の規制のあり方が俎上に上がる。新聞報道によれば、民主党や自動車の組合などは製造業への労働者派遣を全面的に規制することを提案しているとされる。個人的には、次のように考えている;製造業への労働者派遣を全面禁止することは現実的でないと思われる(企業は別の労働供給源を必ず探し出す)。むしろ問題は現行の派遣法では、人材派遣業者の責任がまったく規定されていないところにある。派遣労働者が雇用契約を結ぶのは派遣を行う人材派遣業者なので、彼らの責任の範囲を法的に規制することが肝要である。その中には雇用期間、雇用条件(解雇手当や社会保険への加入義務)、教育や訓練の権利などが入らなければならない。EU諸国の動向を参考にすると、全体では、派遣労働を制限するというよりも、均等待遇や使用者の責任を強調する方向で派遣労働の質を高めようとしている。わが国でも、使用者つまり派遣人材会社の使用者責任を明確化し、それにより労働者保護が図られることが望ましい。また 現在検討されている短期間の派遣禁止をさらに拡大し、派遣労働者保護を目指す包括的な派遣事業・派遣労働者保護法と改正することが望ましい。今回の派遣労働者の大量解雇が本格的な派遣法改正の契機になれば“災い転じて福となす”であろう。

鈴木 宏昌(すずき・ひろまさ)/早稲田大学商学学術院教授

【略歴】

1964年、早稲田大学政治経済学部卒業、69年ルーアン大学(フランス)博士課程修了。1970年から86年まで国際労働機関(ILO)本部に勤務。その間、賃金問題専門研究員として調査研究に従事。1986年から早稲田大学商学部助教授、91年から現職。専門は労働経済および労使関係。