早稲田大学の教育・研究・文化を発信 WASEDA ONLINE

RSS

YOMIURI ONLINE

ホーム > オピニオン > 社会

オピニオン

▼社会

佐藤 滋(さとう・しげる)早稲田大学理工学術院・建築学科教授 略歴はこちらから

新たな「公」は可能か?

佐藤 滋/早稲田大学理工学術院・建築学科教授

 昨秋来の暗い話題の中で、明るい兆しを感じさせる出来事もいくつかあった。例えば「年越し派遣村」だ。本来、政府がすべきことに対し、市民セクターが動いて、マスコミが取り上げ、政府が呼応する。そしてこれを梃子に様々な動きを誘発させる。こんなことが、注意していればしばしば見られる。私の専門とする都市計画・まちづくりでは、このような市民が主導する可能性が拡大すれば、いろいろな可能性が開ける。

 例えば、地域の熟年世代の仲間が、集まって住む場所をつくりたいと考える。専門家と一緒に自らの気持ちや要望、そしてその後の生活の仕方などを話し合い、デザインし、それを共同の住まいの形にまとめる。できればその運営も個人が協働する事業として進めることを考え、あるいはこのような事業を支えてくれる組織・企業と協力していけないか、など、様々なスキームを描いてみる。このような「思い」からの構想は、専門家やNPOあるいは様々な組織が連携し、市民が自ら立ち上げる事業として、各地で動き出している。

 土地は事業に参画する地権者が提供し、新たな入居者は出資金を負担し、組織の形態は制度化された有限責任事業組合(通称LLP)や合同会社(LLC)等を活用し、内部自治が可能な組織で経営する。あるいは、障害者の就労支援などで活動する親の会や支援者、そしてコミュニティの担い手が出会うことで、これらを支える複合施設が、立派な町家を改修して同居する事業が動いたりしている。

 こんな趨勢の中で広く「社会的企業」の役割が注目されている。かつてはinformal economy などといわれて、「面白い事はするがたいしたことは無い」程度の評価であったが、NPOやNGOの登場はもとより、協同組合 や第三セクターなどを再定義することにより、政府セクター、民間企業(株式会社)とは別の、社会経済の担い手として、グラミン銀行などはもとより、EUなどでも中心的課題として注目されているのである。

まちづくり市民事業の可能性

 私は最近、「まちづくり市民事業論」という特集を「季刊・まちづくり2009年1月号」にまとめた。これまでの公共事業主体の都市・地域づくりは限界があり、民が主体になり「新たな公」が中心的な役割を果たすべきで、先進的な取り組みから、具体的な方法と制度枠組み、目指すべき社会システムが見えてきていると、様々な事例とともに論じたものである。そして、民の事業も単なる私的という意味での民から、公共の担い手としての民の可能性を説いたのである。公共事業と民間事業という2項対立から、民が「新たな公共の担い手」としてウイングを広げ、これを公共が支援するという枠組みで、この新たな時代の要請に応えるのが「まちづくり市民事業」である。もっと自分たちの感覚に合うものを探り当てながら、自ら手で作り上げ運営したい、という市民の自律的な動機付けに支えられているのである。

 さて、このような動きのきっかけは、阪神・淡路大震災の復興プロセスで、学生・市民ボランティアの活躍や地元の「復興まちづくり協議会」の活動が復興の原動力となったことである。そして、非営利の市民活動の可能性が社会的に認知され、NPOが制度化され、市民組織が自らの意思で社会に貢献する活動を継続的に展開し、経済活動とも結びつき、大きなうねりになっているのである。

普請中からの脱却は

 東京では首都直下地震が30年の間に生じる可能性は70%と内閣府は発表している。他にも、東海地震、東南海地震がかなりの確率で近いうちに人口集積地帯を襲う。そして、この災害復興を支えるのは「公助」「自助」「共助」だという。ここで言う、「共助」とは、地域社会やコミュニティによる助け合いの事だ。公的セクターの自治体や国からの「公助」にたよらず、自分でできる事は自分でする「自助」と、地域社会で支え合って復興せよと言っているのだ。しかしこの「共」の部分は崩壊寸前で、隣近所や地域社会での支え合いにはとても期待できない。そこで生まれてくるのが「新たな公」である。

 「新たな公」とは、政府などの公的セクターとは異なり、しかし、社会的な貢献を使命とし、公共の領域を担う主体である。株式会社のような株主に絶対的な決定権がある利潤追求の組織形態とは異なり、地域でそれなりの信用のある市民が核になり、協働する担い手が自ら汗をかき資金を集め、経営の実態を公開しながら運営をする。出資者はその理念に共鳴し、匿名でない顕名の存在として、経営主体を信頼してコミットする。

 民主的な多様な人々の感性が共鳴し合う、多様性を認め合う持続可能な都市空間は、このような社会的な仕組みが支えなければ実現できない。

 鴎外が「普請中」と言った時代から100年以上が経過した。切れ目無く広がる市街地を見渡したとき、「安定・成熟」などという時代のキーワードとは裏腹に、老朽化した木造密集市街地など再建しなければならないストックで埋め尽くされているのが現状だ。そして人口集中地区が大地震に襲われる。単純な公共投資や純粋な民間事業で対応できないのであれば、この両者を媒介する方法を生み出し、都市・地域空間の改善を持続する主体形成が求められる。そして、このように考えたとき、近年の社会は確実にそのように動いている。地球環境問題、高齢者・身障者福祉、都市の再生、現代の社会問題の主要な課題の克服はこの「新たな公」による市民事業の正否にかかっていると言えよう。

佐藤 滋(さとう・しげる)/早稲田大学理工学術院・建築学科教授

1973年早稲田大学理工学部建築学科卒業、1982年工学博士。早稲田大学助手、専任講師、助教授を経て1990年教授、現在に至る。早稲田大学都市・地域研究所・所長。放送大学客員教授。
主な著書に、「地域協働の科学」(成文堂、編著、2005年)、「図説・都市デザインの進め方」(丸善、共著、2006年)、「復興まちづくりの時代」(造景叢書・2007年、建築設計資料社)、「中心市街地の再生とまちづくり市民事業」(季刊・まちづくり、2009年1月号、学芸出版)