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町田 和彦(まちだ・かずひこ)早稲田大学人間科学学術院教授 略歴はこちらから

新型インフルエンザ
―考えさせられる隔離対応―

町田 和彦/早稲田大学人間科学学術院教授

 第2次世界大戦以降、公衆衛生と医療の発達(特に抗菌剤とワクチンの成果)から先進諸国では感染症は過去のものとなりつつあった。しかし、抗原変異の激しいA型インフルエンザは多くの死亡者を出し続け(特別な流行時でなくとも季節型インフルエンザは日本では約1万人、米国では3万人の死亡者を毎年出している)、いずれ来るかもしれない新型インフルエンザに対する危惧は関係者の間では常に恐れられていた。私たちはそれが鳥インフルエンザからおこる新型インフルエンザだと思っていたが、2009年4月に突如メキシコでのブタからおこった新型インフルエンザ(豚インフルエンザ)であったことに驚かされた。

毒性要因のない「フェーズ5」

 当初はメキシコに限局されていた患者は、わずか2週間ばかりの間に米国3009(3)人、メキシコ2282(56)人、カナダ358(1)人、その他302(コスタリカ1)人、合計5951人(61)にもなった(5月13日午後1時現在)。この統計で不思議なのはメキシコが感染者の割合に対し死亡者が異常に多いこと(逆から言うとこれほど大きな社会問題になっている割には他の国の死者が少ない)で、この事実はこの感染症が先進諸国では意外と致命率が低く、またそれほど感染力も高くないのではないかと思われる。

表 新型インフルエンザと鳥インフルエンザの比較
  豚インフルエンザ 鳥インフルエンザ
ヒトへの感染の起源 2005年:米国ウィスコンシン州1人のみ
2009年春:メキシコで多発。全世界に
1997年:香港
2003年以降:東南アジアからヨーロッパへ
抗原 H1N1 H5N1
過去に流行の類似抗原 スペインかぜ(1918~)
ソ連型(1977~)
なし
致命率 0.4%の推定。ただし現状ではメキシコ以外では3669人中5人。 スペインかぜ:2%(但し、英国0.3%,インド4%) 鳥からヒトへの感染では62.8%(2009年2月現在)。ヒトからヒトへの感染者はインドネシア、カンボジア、中国で各1名

 さらに考えると、米国より患者数が少ないメキシコだけに死亡者が異常に多いということは実際には把握されない程度の軽い新型インフルエンザ罹患者(あるいは不顕性感染者)が多いことも考えられる。表から分かるように、鳥インフルエンザのように極端に致命率の高いウイルスが新型感染症になったときには隔離はやむを得ないと思われるが(それでもパンデミックが起こらないという保証はない)、今回のインフルエンザは当初から弱毒が指摘されているのだから、今のような隔離を中心とした世界中の現状はどうなのだろうか。

 一般的にいえばメキシコシティー周辺はスラム化しており、十分な医療を受けられない人が多いし、米国も初診料が1万円以上という高い医療費にもかかわらず、無保険者が4700万人いるといわれる国であることを考えると、日本や先進諸国でこれほど大騒ぎする必要があるのか疑問に思う。WHOは世界レベルの警戒水準(フェーズ)を4月28日には4から5にあげ、世界中に検疫強化などを要請したが、5月11日にはこの警戒水準には毒性の要因がなく、感染の広がりだけの警報であることを明らかにした。世界中の経済停滞が続く中、さらに追い打ちをかけるような不安をいつまでも与えることが、世界中の人にとって良いのかどうかやや疑問に感じるのは私だけであろうか。

“人権侵害に対する反省”は?

 日本では100年以上も続いた伝染病予防法の隔離条項などの人権侵害に対する反省をもとに、1999年に感染症法が制定されたわけではあるが、今回の停留や隔離を見ていると逆戻りしているような気がする。昨年の日本における大学生の麻疹騒動を見ても過剰な対策がなされすぎているような気がしたが、先進諸国では人の命を重んじるばかりに、結果的に原因のはっきりした段階での責任の追及が厳しいため、急性感染症に対して、過剰反応をしてしまうのではないだろうか。私の専門は予防医学・健康福祉医療政策なので、人々の生活全般に与える影響を考えたとき、限られた予算の中で感染症の専門家のようにその面だけをとらえての対策がはたして良いのかどうか、やや考えさせられる。

 もしそれが必要ならもっと予防医学的な観点からの責任が追及されてよいのではないだろうか。たとえば麻疹(それ以外の子供の疾患でもそうだが)の問題なら、世界中で実施されているようなワクチン接種が日本ではなぜなされないのか、インフルエンザの死亡のリスク要因は動脈硬化を主とする心血管系、糖尿病、呼吸器系である(これらの要因がない場合には45歳以上の人口10万人当たりの死亡率は4人であるのに対して、1つでもあると157人、2つ以上あると615人にもなるといわれる)が、それらの予防とそれ以上の悪化を防ぐためには生活習慣病対策が最も大事なはずである。他の先進諸国並みのたばこ規制がなされないばかりか、国の予算が減額され住民健診さえ積極的な勧誘が行われなくなっているという現状をどのように思われるのであろうか。

すべての人に必要な生活慣習病対策

 しかし、いずれにしてもこの数年間はこの新型インフルエンザは多くの国でも流行する可能性は捨てきれないのだから出来る限りの予防は必要であると思われる。そのためにはうがい・手洗い(通常の手洗いより念入りにし、手指をよくぬぐうこと)、感染しているかどうか分からない時でも他の人にうつす可能性もあるのだから、周囲に感染者が出た場合にはマスクをできるだけ着用し、使い捨てにする。このマスクについては米国や英国では懐疑的な学者もいるが、空気感染でなく飛沫感染であることを考えれば有効であることは間違いないと思う(もちろん現在のように弱毒の流行の場合に必要であるということには多少疑問に思うが、鳥インフルエンザの場合は確実に必要であると思う)さらに、十分に休養を取り、体力や抵抗力をつけることなども重要である。特に、各種リスク要因を考えるとき生活習慣病対策はすべての人に必要である。

抗インフルエンザ薬とワクチン

 今回の新型インフルエンザは通常のインフルエンザと同様な処置で良いが、これが鳥インフルエンザからおこる新型インフルエンザでは社会的影響も含め、どれだけの被害が起こるか分からないのが現状である。抗インフルエンザ薬やワクチンに対する備えが、今回の新型インフルエンザ優先の考えでいった結果、鳥インフルエンザや通常のインフルエンザに対する備えがおろそかにならない(従来のインフルエンザでも日本だけでも毎年1万人以上が死んでいる)ことを祈るばかりである。耐性ウイルスの出現も心配されている状況の中で、世界中の抗インフルエンザ薬の70%以上を消費している日本のような安易な使用法が世界中で行われるようになったら、本格的な鳥からの、あるいはこのブタからの新型インフルエンザが強毒に変異した時にはどのような治療法があるのだろうか。スペインかぜや鳥インフルエンザのようなサイトカインストームが起こり、若い人が多く死ぬような事態になった時に対応できるように、抗インフルエンザ薬は大切に使うべきではないだろうか。ワクチンを頼みにする人も多いが、インフルエンザワクチンはいろいろと問題がある。生ワクチンと異なりもともと非常に有効なワクチンとは言い難いし、受精卵を使用するためどの株を優先するかという問題、それに、1976年に今回と類似の豚インフルエンザが米国で流行したときワクチンの副作用で500人以上のギラン・バレー症候群(神経疾患の難病)発症と30人以上の死亡者を出すという事故もあった。いずれにしてもウイルス疾患に対して医療に過剰な期待するのは間違いである。本質的には予防とインフルエンザによる死亡のリスク要因である生活習慣病対策がもっとも基本だと思う。

国内感染者96人に! 心配が現実に

 この原稿の掲載が18日ということで、それまで追加ができますということなので待っていたところ、16日に国内2次感染者の発表が出されたと思ったら、翌日には神戸・大阪で96人(うち4人のみが帰国者)の感染者に増加という報道が急に入ってきた。これがインフルエンザの特徴である。ヨーロッパ諸国ではどこの国も冷静な危機管理対策を官民そろって行ってきているのに対し、日本と中国はやや異常な対応をしてきたように思える。今回日本が行っている対策のかなりは鳥インフルエンザからの新型インフルエンザや強毒に変異した株に対する備えのためのもの(本来隔離はそういった致命率の桁外れに高い疾患に対するもののはず)で、そういう意味では今回行ってきた総括をきちんと行えば無駄にはならないと思われる。

町田 和彦(まちだ・かずひこ)/早稲田大学人間科学学術院教授

【経歴】
東京大学大学院医学研究科(疫学)博士課程修了、順天堂大学医学部(衛生学)講師、国立公害研究所環境保健部主任研究員、大分医科大学医学部(公衆・衛生医学)助教授、New York Medical College Visiting Professor ,1988年より早稲田大学人間科学部教授、現在に至る。専門:血清疫学、予防医学、健康福祉医療政策

【著作など】
忍び寄る感染症、早稲田大学出版部(1999・9)、感染症ワールド-免疫力・健康・環境-第2版、早稲田大学出版部(2007・7)、21世紀の予防医学・公衆衛生、杏林出版(2008・5)