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川上 拓一(かわかみ・たくいち)早稲田大学大学院法務研究科教授 略歴はこちらから

司法への国民参加-主人公は「裁判員」

川上 拓一/早稲田大学大学院法務研究科教授

裁判員制度とは

 「裁判員制度というのは、裁判官3名と裁判員6名が、被告人が有罪か無罪か、別の言い方をすれば、『黒か黒でないか』、そして、有罪であればどのような刑にしたらよいかを、一緒に協議して決める制度です。

 『一緒に』というのは、これから法廷で行われる審理に出席して、証人尋問などの証拠調べに立ち会い、検察官と弁護人の意見を聴いた上で、お互いに意見交換をして結論を出し、判決を言い渡す手続を一緒に行っていただくということです。

また、『一緒に』というのは、裁判員と裁判官が全く対等の立場であることを意味しています。法廷でも、裁判官と裁判員は同じ場所に着席します。この部屋で行われる意見交換(これを『評議』といいます。)の場では、活発に、率直な意見を述べていただきたいと考えています。

 そうはいっても、裁判員の皆さんの中には、法律の知識や裁判手続について十分な知識がないといって不安を抱かれている方もいらっしゃるでしょう。その場合には、私たち裁判官が、皆さんに分かりやすく説明します。その説明もよく分からないという場合には、どうぞ遠慮なくおっしゃってください。裁判員の皆さんに十分納得していただけるまで、いくらでも説明をいたします。少しでも分からないことがあれば、何でも結構です。休憩時間やお昼休みの時間など、いつでも質問してください。」

 以上は、私が経験した裁判員裁判の模擬裁判で、選任手続を終えたあとで裁判員役の方に裁判官が手続について説明したさわりの一節です。

市民が裁判に参加する理由

 いよいよ裁判員裁判が実施されます。裁判員の候補者として選ばれた皆さんの中には、「自分には人を裁く自信がない」と考えて不安を抱いている方もいらっしゃることでしょう。この新しい裁判制度は、これまでの裁判官だけが行ってきた裁判に、国民の中から選ばれた「裁判員」という新たな主体が加わるだけの制度ではありません。日本の国で行われてきたこれまでの刑事裁判の姿を基本的に改めようとする制度です。

 これまで行われてきた「刑事裁判」においては、検察官と弁護人(弁護士のこと)が、どのような犯罪が成立し、あるいは犯罪が成立しないかを述べるとともに、これを証明するためにたくさんの証拠を提出してきました。そして、そのあとの判断は、すべて裁判官の広い裁量(これを自由心証主義といいます)に委ねてきました。裁判官は、検察官から提出されたたくさんの証拠書類や証人尋問調書を読んで詳細な事実を認定し、これを判決としてまとめてきました。

 そのため、たくさんの犯罪を行ったとして起訴された被告人が、「自分はやっていない」と言って事実関係を争った場合には、判決を言い渡すまでに10年近くもかかるという裁判があったことも珍しくありませんでした。しかし、これは刑事裁判のあり方として正しい姿なのでしょうか。

 「裁判員裁判」という新しい制度は、これまで法律のプロに任せっぱなしにしてきた刑事裁判の手続に、プロの裁判官と一緒に、一般国民の方に参加していただき、裁判をもっと身近なものとして考えていただきたい、そういう制度なのです。

 国や地方の政治を思い浮かべてください。私たちは、国政選挙や地方選挙において「投票」を通じて「政治」に参加してきました。しかし、司法の分野においては、国民の参加は、衆議院議員総選挙の際に行われる「最高裁判所裁判官の国民審査」があるだけでした。もっとも、「検察審査会」という制度はありましたが、これは検察官の起訴・不起訴の処分が正しいかどうかを審査する制度で、裁判そのものに参加するものではありませんでした。

 こうして、国の行う仕事の中で「司法」だけが、長い間、プロの手に委ねられたままで行われてきました。そのため、「司法」は、国民の立場からは近寄りがたいもの、難しいもの、プロの手に任せておけばよいものとして、長い間、国民からは遠い存在となってしまっていたのです。しかし、民主主義の国であり、国民主権の国であるわが国の司法がこれでよいのでしょうか。2001年6月に発表された「司法制度改革審議会意見書」はこの点を指摘したのです。「国民の皆さんはいつまでも統治の客体という意識ではいけない」、「この国のかたちを作るのは国民の皆さん一人一人の責任なのだ」と。

主人公は裁判員

 裁判員候補者の皆さんは、「法律の知識がない」、「人を裁く自信がない」といって心配することはありません。

 法廷に入る前には、裁判官が事件の内容やこれからどういう手続が行われるのかなど、皆さんが心配に思われ、不安に感じていることをすべて分かりやすく説明してくれます。その上で、プロの裁判官と一緒に裁判手続を行いましょう、というのがこの制度なのです。法廷では、「見て聴いて分かる審理」が行われます。法廷で行われていることが分からない場合には、何でも構いません。すぐに質問すればよいのです。皆さんに分かってもらえる手続が行われます。「裁判員」である「あなた」が、この新しい裁判制度の主人公なのです。

 裁判所から、「呼出状」が届いたら、自信をもって裁判所へいらしてください。「私は裁判員なのだ。私の判断が裁判の内容になるのだ。」と。

川上 拓一(かわかみ・たくいち)/早稲田大学大学院法務研究科教授

早稲田大学法学部卒。1972年司法修習生、1974年名古屋地方裁判所判事補、その後、大阪地方裁判所判事補、東京地方裁判所判事、旭川地方裁判所判事、1995年司法研修所教官、1998年東京高等裁判所判事等を経て、さいたま地方裁判所部総括判事を最後に、2004年3月退官。同年4月より、早稲田大学大学院法務研究科教授(刑事訴訟法)、現在に至る。

主な著作(共著・編著)に、「簡易公判手続」平野龍一、松尾浩也編『新実例刑事訴訟法II』209-223頁(青林書院)、「簡易公判手続論再考」『刑事裁判の理論と実践-中山善房判事退官記念』193-209頁(成文堂)、「捜査」石丸俊彦、仙波厚、川上拓一、服部悟著『刑事訴訟の実務(上)』217-529頁(新日本法規)、「ひき逃げの刑事責任」荒木友雄編『刑事裁判実務大系第5巻交通事故』177-190頁(青林書房)等がある。