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宮口 侗廸(みやぐち・としみち)早稲田大学教育・総合科学学術院長 略歴はこちらから

都市と対極の価値
-過疎地域について考える-

宮口 侗廸/早稲田大学教育・総合科学学術院長

1.かつての地域の姿

 高度経済成長以前のわが国では、都市(市町)と農村の違いがはっきりしていた。わが国の近代市町村制度が確立したのは明治22年であるが、その際、市ならずとも町と名づけられた地域は、例外なく、面積は小さいものの凝縮された市街地を持っていた。市ほど大きな市街地を持たなくても、そこは十分に都市的な空間であり、商業が栄え、ものづくりの職人たちが住み、多くの人が行き交っていた。一方、当時の村はほとんどが純農村ないし山村であったと考えてよく、その生活基盤は農林業であった。そして町とまわりの村の間にはしっかりした身近な経済の循環があり、それぞれが違った個性と役割を果たしていたのである。

2.経済成長と都市化は何をもたらしたか

 1960年代に始まるわが国経済の高度成長は、激しい都市化をもたらした。しかしその都市化の内実は、スプロール現象を含む住宅地の拡大であり、後段では、むしろ凝縮感を失うような市街地の拡散的拡大であった。この結果顕著になったのが中心市街地とくに商店街の空洞化である。そこにはかつて小さな店や職人の工房がぎっしりと詰まっていて、行き交う顧客との間に多くの会話があった。まさに多様な人が出会う空間であり、それこそ本来の都市の持つ価値であったと筆者は考えている。しかしこのような住宅地の拡散的拡大と、特に地方都市におけるモータリゼーションの進行は、本来の都市的な場を衰退させ、田園の中への住宅地の拡大は、大げさに言えば、「都市でも農村でもない空間」をつくり出したことになる。

 一方、そのような都市へ大量に人を送り出すことによって、顕著な人口減少に見舞われた地域が出現し、過疎地域という呼び名が生まれた。過疎地域はまさに経済成長に貢献しながら、都市化の時代に取り残された地域と言ってもよい。中心都市への通勤が困難な地域ではその後も若年層の流出が続き、高齢化も極度に進んだ。しかし、だからといってこのような地域に存在価値がないと決め付けるのは早計である。

 過疎地域は半端な都市化と無縁であっただけに、わが国の農山村が本来的に育ててきた自然との共生のしくみが、山々に抱かれた風格のある美しい農村景観や、農地や林地を扱うワザと共に、継承されている。さらには、高齢化が進んでいるとはいえ、人と人が支えあう地域社会のしくみも今なお健在である。これこそ、都市では育たない、都市と対極にある価値に他ならない。

3.あらためて過疎地域を考える

 多くの地方都市に生まれた新興住宅地とそこに点在するショッピングセンターは、まさに現代を象徴する利便性に富んだ存在であるが、それは人とモノの市場原理的関係から生まれたものであって、人と人が出会うことから生まれる、都市が本来的に持つ価値とは異なるものである。

 ヨーロッパの中小都市の中心街は、今なお多くの人が行き交い、カフェに立ち寄り、人と人が見つめあう関係の中に、都市の本来的価値を保っている。人が人を眺めることから何かが生まれる。今わが国でコンパクトシティが叫ばれることの意義はここにこそある。

 そしてその対極にあり、経済成長の中で消えていった人と自然の共生のワザを今なお継承しているのが、過疎地域である。まさに生命を育てることが実感できる細々とした農作業との、そしてその周りに必然的に伴われる野生生物とのふれ合いが、子供たちの成長や大人たちの癒しに大きな効果を発揮することが、近年注目されるようになった。農家民宿に滞在する修学旅行が増え、棚田の農作業に都市からの応援団が駆けつけたりするようになることなど、10数年前には到底考えられなかった。都市では絶対に生まれない人間の持つ価値についての理解が高まってきたといってよいであろう。

 しかし過疎地域における自然と共生する貴重な生活のワザは、いまや元気な70歳前後の世代によって担われているのが現実である。10年後には、長年にわたって蓄積されてきた都市では生まれない価値あるしくみが、この国から消え去ってしまう可能性が強い。自然との共生のおおもとである過疎地域の地域社会の多くが継承されることが、山々に抱かれた美しく風格ある国土を守ることになる。このためのしくみづくりは喫緊の課題であり、そしてこの問題は市場原理では解決しない。1970年に初めて過疎地域を支援する法律がつくられ、時限立法として10年ごとに小修正を加えて現在に至っており、第4次の過疎法は来年3月をもってその期限を迎える。従来その主たる中身は格差是正的基盤整備であったが、上に述べたような過疎地域の存在価値を踏まえて、さらに10年の過疎地域支援立法が必要であると主張するものである。

宮口 侗廸(みやぐち・としみち)/早稲田大学教育・総合科学学術院長

1946年富山県生まれ。東京大学地理学科、同大学院博士課程にて社会地理学を専攻。早稲田大学教授、同大学教育・総合科学学術院長。文学博士。総務省過疎問題懇談会座長、農水省美の里づくりコンクール審査委員、富山県景観審議会会長等を務め、社会地理学の立場から地方の発展のあり方について発言を続ける。主著に『地域づくり・創造への歩み』『新・地域を活かす-一地理学者の地域づくり論-』。