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田辺 新一(たなべ・しんいち)早稲田大学理工学術院・建築学科教授 略歴はこちらから

クールビズ~なぜ28°C?~

田辺 新一/早稲田大学理工学術院・建築学科教授

 暑い夏が今年もやって来た。特に首都圏はヒートアイランド現象もあり、その暑さは熱帯並みである。その中で、2005年から政府主導で地球温暖化対策のため「クールビズ(COOLBIZ)」が行われている。夏の軽装も日本では定着してきた感がある。長年日本を訪れているデンマークの友人もずいぶん変わったねといっている。日本人といえば礼儀正しく、男性は暑くてもどこでもスーツとネクタイという一昔前の姿が印象に残っているからだろう。今でも半袖のシャツは略式なため、服装にうるさい人は、夏の暑い時にでも長袖シャツしか着ない。また、ワイシャツは下着という考えもあり、暑くても上着を脱がないで我慢する人もいる(ご苦労様です)。

何を根拠に決められたのか

 クールビズにより着衣の軽装化への心理的な抵抗や社会的な壁が取り払われ、一人一人の個人が省エネルギーを考えるきっかけとなり、プラスの影響は非常に大きい。国連でもCOOL UNキャンペーンが行われ、軽装による室温高め設定が行われようとしている。

 ところが、軽装は良いのだけど、28°Cは暑すぎるのではないかという声を聞く。実は、裸で寝ている時の快適温度は29°Cである。オフィスでは仕事をしており、住宅でくつろいでいる時よりも代謝量が高い。もちろん、軽装とはいえ裸ではない。それでは、クールビズを行っていないオフィスの室温はどの程度だろうか。東京都ビル衛生検査班が20年間に渡ってオフィスを測定した16,000件以上のデータによると冷房温度は約25°Cである。暖房温度も年々上がり25°Cに近い。これまで25°Cであったオフィスがいきなり28°Cになるのであるから、いくら省エネのためといわれても反発もあるというものだ。

 この28°Cは、何を根拠に決められているのだろうか。その答えは、「建築物における衛生的環境の確保に関する法律」にある。建築物における衛生的な環境の確保を図り、公衆衛生の向上及び増進に資することを目的とした法律である。床面積3000m²以上の建物に適用されている。この法律では冷房を行う建物の室温は28°C以下とすることが求められている。

諸外国は低めの設定

 設定温度は必ずしも居住者の周囲の室温や体感温度とは同じにならないことに着目してほしい。冷房設定温度が28°Cであっても、オフィス内のパソコン、プリンターなどのOA機器からの発熱などにより室内に28°Cを超える場所や時間帯が生じる場合がある。また、建物性能が悪いと、空気温度は28°Cでも天井、窓、壁、床の表面温度はそれよりも高くなり、体感的にはさらに暑く感じることになる。加えて、室温が高いと室内空気は滞留したように感じられる。もちろん、湿度、気流、居住者の活動量なども体感温度に影響を与える。「設定温度を28°C!」と画一的に主張するのではなく、環境負荷削減に向けて、科学的に対応していくことが大切である。そうでなければせっかくのクールビズも長続きしない。

 米国、オーストラリアの全館空調ビルに関する大規模調査によると、夏季の至適温度は23.5°Cであったと報告されている。シンガポールや東南アジアの国々の冷房温度も非常に低い。また、最近出版された欧州空気調和設備学会(REHVA)のガイドブックによると、室温21.8°Cで知的生産性が最大になると報告している。早稲田チームによって行われた多国籍執務者が在室する外資系会社のトレーディングルーム在室者406名に対する調査では、外国男性の快適温度は22.9°Cであった。一方、日本人女性の快適温は25.2°C。外国人トレーダーに合わされた低めの室温に日本人女性は寒いと不満を持っていた。日本の冷房温度25°Cでも諸外国に比較するとかなり高い。彼らには日本を見習ってほしいと切に思っている。

冷静な科学的分析

 クールビズの取り組みは生産活動を行うオフィスが対象となるため、我慢で省エネルギーを実現するのではなく冷静な科学的な知見が必要となる。オフィス労働者の人件費は、エネルギーや建築物のコストよりもはるかに高い。実際の影響を調べるために、生産性を定量化しやすいコールセンターにおいて、生産性と室内環境に関する測定調査を行った。約100名のオペレーターが取り扱った年間累計13,169 人分のコールデータを対象として分析を行った。平均室温が25.0°Cが28.0°Cに3.0°C上昇したときに、時間当たりの平均応答件数の低下率は約6%となった。一日の就業時間を8時間とすると同じ成果を上げるためには、29分間残業が必要になる。

 東京に建つ標準的なビルで冷房設定温度を25°Cから28°Cに上げると15%の省エネルギーになる。これは、クールビズ期間中オフィス1m²あたり72円の得になる。一方、作業効率の低下で、同期間中1m²あたり13,000円の損失を生じる。メッシュ椅子、空調服、タスク扇風機などの対策を万全に行えば、3,000円の利益を得ることも可能である。しかし、ここまでの完璧な対策は難しいであろう。一般的なオフィスでは、知的生産性を低下させないように建物性能や空調設備に合わせて可能な室温設定や対策を決めることが必要である。PC、照明などの発熱低減なども非常に効果がある。もちろん、新築時からクールビズ対策ができるように設計された環境配慮型ビルでは快適性を維持しながら超省エネにすることも可能である。

 温室効果ガス排出量の削減約束を定めた京都議定書が2005年2月に発効し、日本は1990年比6%の削減量が義務付けられた。しかし、2005年時点で業務用ビルに関しては、1990年基準年と比較して42%も排出量が増加している。温暖化対策は待ったなしである。経済活動も停滞させない地に足が着いた方策が大事である。

田辺 新一(たなべ・しんいち)/早稲田大学理工学術院・建築学科教授

1982年早稲田大学理工学部建築学科卒業
1987年同大学院博士後期課程修了・工学博士
デンマーク工科大学暖房空調研究所、早稲田大学助手、お茶の水女子大学専任講師、助教授 等を経て、1999年早稲田大学助教授、2001年教授、現在に至る。デンマーク工科大学客員教授、大連理工科大学・客員教授

主な受賞歴に1995年空気調和・衛生工学会賞、2002年日本建築学会賞(論文)、アメリカ暖房冷凍空調学会(ASHRAE)フェロー

主な著書・監修に『室内化学汚染(講談社現代新書)』、『近未来住宅の技術がわかる本(PHP研究所)』、『感性情報処理(オーム社)』、『オフィシング環境考(リブロポート)』、『21世紀型住宅のすがた(東洋経済新報社)』 など