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田中 博之(たなか・ひろゆき)早稲田大学教育・総合科学学術院教授 略歴はこちらから

すべての子どもにネット安全教育を!
~ケータイ社会の4つの危機を防ぐ~

田中 博之/早稲田大学教育・総合科学学術院教授

子どもに迫るケータイ社会の闇

 今日のケータイ社会においては、子どもが巻き込まれるネット犯罪が増加している。これまでも大人に見えにくい闇の行動として深く広く潜行していたが、最近ではインターネットの掲示板を悪用した犯行予告により、殺人や爆破をほのめかす社会騒乱的ないやがらせも発生するようになってきた。

 子どもたちは、始めはちょっとした好奇心や、日常の不満の気軽なはけ口として、携帯電話のインターネット機能を用いることによって、多様なネット犯罪の危険性にさらされている。また、携帯電話を使えば、「やってもばれない」「自分もいじめないといじめられる」という根拠のない安心感や不安感が、その犯罪性の認識を希薄にしてしまう傾向があり、そのことが、さらにネット犯罪やネット被害の件数を増加させる要因となっている。

今こそ、ネット安全教育が必要なとき

photo1 ネットいじめの再現アニメーション作品を制作しているイギリスの中学生

 子どもによる携帯電話の保有率が小学校で40%、中学校で70%、そして高等学校で90%になった現在では、多様なケータイ危機から子どもを守るためのネット安全教育が不可欠である。

 ネット安全教育とは、高度情報通信社会におけるネット危機及びネット犯罪の加害者にも被害者にもならないために必要な危機管理能力を育てることをねらいとして、携帯電話とパソコンを介したインターネットの危険性、そしてそれに関わる犯罪と健康被害の悲劇的な結果について実感を持って学ぶための参加型アクティビティーを取り入れた教育である。

 文部科学省でもこれに類似した情報モラル教育を新しい学習指導要領に正式に位置づけているが、それだけでは子どもに迫るネット危機から子どもを守ることはできない。

 一方、ネット安全教育の先進国であるイギリスでは、ネット活用に関わる子どもの主体的な判断力の育成をねらいとして、社会全体でネット安全教育を実施する仕組みができていることに学びたい。

 例えば、教育部門を併設した警察調査組織CEOP、教育工学に関わる研究機関Becta、そして教材開発を行う非営利組織Childnet International等が、イギリス政府の主導の元に、教育省及び地方教育委員会と連携しながらネット安全教育を推進している。また、学校においては、校内でのインターネット利用規程の策定、「ネット安全の日」の実施、DVD教材を用いた討論、そしてモニタリングとフィルタリング機能を持つ校内ネットワークの整備が始まっている。

photo2 イギリスのある中学校で生徒が自作したネットいじめ防止キャンペーンのポスター

 ここで子どもをネット犯罪の「加害者にしない」ということは、携帯電話を含むインターネット社会では、未成年の子どもたちが容易に法律を犯し、いつでも誰にでも精神的被害を与えうること、そしてそこからさらにネット社会と現実社会をつなげることで、実際に身体的被害や性的被害を与えたり財産を奪ったりすることができるようになったことを意味している。

 次に、ネット安全教育が子どもを「被害者にしない」とは、次の二つの点を意味している。一つ目は、ネット被害を受けないために予知的・予防的措置として、ネットの様々な誘惑に近づかないための自己コントロール力を育てなければならないことである。もう一つの意味は、残念ながらもしネット犯罪の被害者になってしまった場合には、加害者を特定したり、被害を最小限に食い止めたり、さらにはネット被害の補償を求めたりするための法的な手段や、警察・教育行政・カウンセラーなどの相談機関への相談の仕方などについての知識を事前にしっかりと保護者とともに学んでおくことである。

 そこで、ネット安全教育では、子どもたちに考えさせるネット危機やネット犯罪の種類を、大きく次の4種類に分類してとらえさせて、そのカリキュラム化を図っている。

図 ネット安全教育で扱う四大ネット危機

 このように、ネット危機やネット犯罪を、(1)ネットいじめ、(2)ネット依存、(3)ネット誘引、そして(4)ネット詐欺の4種類に整理してみると、改めて子どもたちが被害者となるネット危機がいかに多様で複雑化しているかを理解することができるだろう。

 しかしながら、たんに「学校に持ち込ませない」「買わせない」だけでは、真に問題解決につながらないのは明らかなことである。なぜなら、携帯電話を学校に持ち込ませなくても、家庭や街角で子どもたちは自由気ままに携帯電話を操作して、ネット危機の誘惑をもてあそんでいるのが事実だからである。また、未成年の購入や所有を制限しても、未成年の喫煙と同様に気軽に、子どもたちは親や知り合いの大人と交渉して携帯電話を使わせてもらったり、家のパソコンやインターネット・カフェからコミュニケーション・サイトにアクセスして知らない大人と会う約束をしたりすることができる。

ネット安全モラル学会のケータイ安全宣言7か条

 そこで、私が会長を務める「ネット安全モラル学会」では、ネット安全教育の普及・推進のために、次のようなケータイ安全宣言7か条を作成している。このような基本方針の下に、これから実践的な研究を深化・発展させていく計画である。各界からのご支援、ご協力をお願いしたい。

(1)ネットいじめ、ネット依存症、ネット誘引、そしてネット詐欺を含むケータイ危機とネット犯罪から子どもを守るのは大人の責任です。

(2)子どもを守るためには、セキュリティー・ソフトウェアやフィルタリングなどのテクノロジーが必要不可欠です。

(3)しかし、より本質的には、学校と家庭、そして地域(行政とキャリアを含む)が一体となったネット安全教育を組織的かつ計画的に実施することが大切です。

(4)従来の情報モラル教育に加えて、ネット安全教育によって、子どもにネット社会における危機予知能力や自己コントロール力、そして主体的判断力を育てることが重要です。

(5)従って、安易に、「買わせない」「見せない」「持ち込ませない」といった禁止条項ばかり増やしても、結局は子どもがケータイ危機とネット犯罪の加害者や被害者になることを防ぐことはできません。

(6)そこで、参加型アクティビティーや判断力育成ワークショップ、犯罪事例分析、法律相談会などのように、ケータイ危機やネット犯罪について子どもが実感を持って具体的に学び、自己内基準を持つことができるようなネット安全教育を実践しましょう。

(7)ネット安全教育の普及・推進のためには、教育界だけでなく、医学、心理学、法律学、ソフトウェア工学、犯罪社会学などの学際的な協力体制を構築しましょう。

参考URL

ネット安全モラル学会:http://isams-j.org/

参考文献

田中博之編著『ケータイ社会と子どもの未来』メディアイランド、2009年

田中 博之(たなか・ひろゆき)/早稲田大学教育・総合科学学術院(教職研究科)教授

略歴
1960年福岡県北九州市生まれ。福岡県立東筑高等学校卒業後、大阪大学人間科学部へ進学、その後、大阪大学大学院人間科学研究科博士後期課程在学中に大阪大学人間科学部助手となり、1990年より大阪教育大学専任講師、助教授、教授を経て、2009年4月より現職。文部科学省『全国学力・学習状況調査の分析・活用の推進に関する専門家検討会議』委員。

主な著書
『総合的な学習で育てる実践スキル30』(明治図書・2000)
『フィンランド・メソッドの学力革命』(明治図書・2008)
『子どもの総合学力を育てる』(ミネルヴァ書房・2009)