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田村 正博(たむら・まさひろ)早稲田大学社会安全政策研究所客員教授 略歴はこちらから

許してはならない覚せい剤
―乱用者の摘発と若者の啓発―

田村 正博/早稲田大学社会安全政策研究所客員教授

 覚せい剤は中枢神経系を興奮させる薬物であり、使用すると気分が高揚し、疲労を感じなくなり、頭が冴えた感じがし、多幸感を覚える。しかし、その効果は数時間で消え、逆に、強い疲労感、無気力、抑うつ気分におそわれることになる。このため、多くの人は、一度味わった快感を再び得ようとして、繰り返し、使用するに至る。

覚せい剤を求める人々

 最初に使った理由は、いい気持になりたかった、疲労回復になる、やせられると聞いた、どんな気持になるか経験してみたかった、といった軽い気持ちによるものであることが多いが、その影響は重く大きい。使用していない間は落ち着かずにいらいらする、人間がだらしなくなる、家庭内で暴力をふるう、仕事ができなくなる、覚せい剤を買うために金銭トラブルを起こす、周りから見放され孤立する、といった様々な影響が生ずる。乱用を続けると幻覚や被害妄想という精神症状が現れ、それが他人への危害行為につながる場合もある。使用を止めても、長期間にわたって症状が残り、あるいはフラッシュバックを起こす者も多い。

 覚せい剤の使用は静脈注射が一般的であり、それが一種の心理的なバリアとなっていたが、あぶって煙を吸う方法も広がっている。これまで、MDMA(合成麻薬の錠剤)や大麻(大麻草の乾燥させた葉)がクラブやレイブパーティー、ライブハウスといった若者文化と結びつくことが言われてきたが、覚せい剤も吸煙することを通じて、若者世代へ拡大することが懸念される。

日本の現状

 覚せい剤をどれだけの人が乱用しているのか、正確なところは分からない。このため、警察によって摘発された人数でみると、1950年代前半に、国内で密造された覚せい剤が流行した(1954年に5万5千人以上)が、官民をあげた防止対策により、ほぼ完全に終息させることができた。1970年代以降、密輸された覚せい剤の使用が徐々に増加し、84年には第2のピークとなった(2万4千人)。その後は、90年代の終わりにやや弱い第3のピークがあったものの、少しずつ減少させ、現在は第2のピークのほぼ半分の水準となっている。

 このような状況は、少なくとも数十万人の人々が覚せい剤を乱用し、本人だけでなく、周囲の人々も苦しみ、不幸な状態に陥っていることを意味する以上、憂慮すべきものであることは間違いない。暴力団の極めて大きな資金源ともなっているし、刑務所に新たに入る受刑者の中で男子では2番目、女子では最も多いのが覚せい剤事件であるということからも分かるように、犯罪対策の上で、覚せい剤事件は非常に大きな対象なのである。

 同時に、多くの国で薬物使用者の爆発的増大を経験し、広く違法薬物がまん延しているのと比べれば、乱用の拡大に歯止めをかけることができているという評価も可能である。1970年代以降に広まった「薬物の使用は本人の判断に委ねるべき」といった一部の主張に与することなく、社会の中で「違法薬物の使用は許されない」という規範意識がそれなりに維持されてきたことが、まん延の拡大を防いだ最も大きな分かれ目であったと考える。

求められる対策

 覚せい剤はすべて外国からの密輸であるので、密輸ルートを摘発し、流入元を断つことが重要である。北朝鮮ルート、中国ルートなどの大型密輸事案の摘発の後で、覚せい剤の価格が高騰したことは、その効果を如実に示したものといえる。

 しかし、より重要なことは、需要側の対策である。これまで末端の乱用者を刑事事件として摘発してきたことは、乱用者側に改善の機会を与えるとともに、国民の規範意識を維持する上で大きな意味があったといえる。摘発と並んで学校現場でも啓発活動を展開したことにより、児童生徒の意識が改善しつつあることは明るいきざしである。もっとも、2006年に文部科学省が行った調査で、「気持よくなれる気がする」といった薬物への肯定的な印象を持っている者が、高校3年生男子で8.8%存在することは、1997年の25.8%から大幅に減少したとはいえ、引き続き啓発努力が求められることを示したものといえる。同じ調査で、「薬物を使うかどうかは個人の自由」という回答も、高校3年生の男子で7.4%存在していた。薬物は、自らの意思で自由にコントロールできるほど生易しい相手ではない。本人と家族の苦悩、覚せい剤を得るために種々の犯罪に走る姿を知れば、それが個人の自由といった言葉で呼べるものではないことが分かるはずである。

 最後に、一度薬物に手を染めた人の立直り支援の重要性を強調しておきたい。個人が強く決意しても、薬物を断ちきることは容易なことではない。受刑中、そして保護観察の中で、薬物からの離脱指導が、自らも依存体験を持つ民間の団体の人々の協力を得て、近年新たに進められてきている。対象者に真剣に向き合う人々の努力がなければ、本当の立直り支援はできない。覚せい剤乱用者の絶対数の多さを考えれば、求められる社会的資源は膨大なものになるのであって、どれだけの人が参加するかが成否の分かれ目になる。

 安全安心な社会は、我々自身が、自分とその周りの者が薬物を含めた犯罪に近付かないようにするとともに、いったん誤った道に入った人々の立直りを助けることも含めて、地域における安全を守る活動を積極的に行う、その努力を積み重ねて初めて得られるものであり、誰かに任せることによって得られるものではないことを、付言しておきたい。

田村 正博(たむら・まさひろ)/早稲田大学社会安全政策研究所客員教授

1977年京都大学法学部卒業、同年警察庁入庁。警察庁運転免許課長、内閣参事官、警察大学校警察政策研究センター所長、福岡県警察本部長等を歴任し、本年3月より現職。 主な著書・論文 『警察行政法解説(4訂版)』(東京法令出版)、『今日における警察行政法の基本的な考え方』『現場警察官権限解説第二版(上下巻)』(立花書房)、「犯罪統御の手法」田口守一ほか編『犯罪の多角的検討』(315頁から344頁)