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小玉 武(こだま・たけし)石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞事務局長 略歴はこちらから

「卓越したジャーナリズム」を問い続けて
―早稲田ジャーナリズム大賞の軌跡―

小玉 武/石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞事務局長

 ここ10数年、だれの目にもジャーナリズムは危機に直面しているようにみえる。さらに昨年9月、リーマン・ブラザースの破たんによってひろがった国際的な金融不況という嵐は、その状況に追い打ちをかけた。

 一般の企業同様、新聞社もテレビ局も出版社も、あらゆるマスコミ産業は大きな打撃をうけて、ジャーナリズムもその影響を被っている。広告費がマスメディアから引き上げられはじめたのは、この1、2年のことではない。出版不況はもはや慢性的だ。書籍はむろん総合雑誌も週刊誌も部数の低迷に直面するという事態だけでなく、休刊、廃刊に追い込まれている最悪の現状を、いまやだれも否定できない。こうしたマスメディアの状況は、ジャーナリズムを成り立たせている経済構造そのものが、危機に直面しているということでもあろう。

 社会は閉塞状況を深めつつある。これまでよしとされてきたビジネスモデルが危機に瀕し、地方都市には荒廃という不安がせまり、ひき続く混乱から人々はなかなか脱出することができない。正しい方向感覚すら見失いかねない状況なのだ。

 では、ジャーナリズムはどうすればよいのか? どうあらねばならぬのか? ジャーナリズムは、今「凪」の状態にあると指摘する天からの声が聞こえてくる。

10年目を迎える早稲田ジャーナリズム大賞

 2001年、石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞が創設された。

 この年は21世紀へ踏み出す大きな時代の転換期だった。波乱を抱えたきびしい社会情勢のもとで、いわゆる「マスコミ」の報道を超えた公正なジャーナリズム活動が、今こそ求められているという強い認識を、建学以来多くのジャーナリストを輩出させてきた早稲田大学は緊急の課題として捉えていたのだった。

 つまり本賞は「時代に迎合せず、進取の精神」を貫き、時代の難題と取り組んでゆこうとする建学の理念に立ちかえって創設された賞だったのだ。だからこの9年間、本学は学内の力を結集し、学外からも多くの支援を得て、賞を運営し主催者としての責任を果たしてきた。

 本賞の創設の趣旨は、賞の名称に冠を頂いているとおり、本学出身の優れたジャーナリストであり政治家であり、さらに首相をつとめた石橋湛山の理念と卓越した見識にもとづいている。つまり、大正から昭和という時代に、湛山は言論をもって、軍事大国よりも平和善隣友好の経済立国をめざす「小日本主義」を主張したことは、今日も高く評価されている。そして幸いなことに、この賞の存在は、各メディアの当事者やジャーナリストの間で評価され、近年、よく知られるようになってきた。

本年度受賞者と選考委員、白井総長、大学関係者(11月6日贈呈式にて)

 本賞はこれまで、さまざまな領域の個々のジャーナリストたちの卓越した活動を顕彰している。この間、本賞の3つの部門、すなわち「公共奉仕部門」で15件、「草の根民主主義部門」で5件、「文化貢献部門」で6件に大賞を授与しており、他に奨励賞の授与が合計で7件。チーム(取材班)への授賞も多いので、受賞者はすでに100名を越えていよう。

 ジャーナリズムの賞としては日本新聞協会賞や、隣接分野の大宅ノンフィクション賞、講談社ノンフィクション賞などもよく知られている。しかし、大学が主催して運営するジャーナリズムの大賞は、わが国では本賞のほかにはないのである。

 アメリカにはコロンビア大学が運営する有名な、伝統を誇るピューリッツア賞があり、多くのジャーナリストや作家や写真家が受賞している。本学がジャーナリズム大賞の創設を発表したときに、「日本版ピューリッツア賞をめざす賞」と書いてくれた新聞があったが、ノンフィクション作家やカメラマンを含めてジャーナリストの活動を贈賞の対象とし、大学が主体的に運営しているという点で、まさにそのとおりなのである。

伝統と熱意に支えられた賞

 今日まで本賞は、学内はむろんであるが、とくに学外選考委員に大変すぐれた方々をお迎えすることができた。すでに退任されているが、スタートと同時にご就任いただいた原寿雄氏(元共同通信社社長)、内橋克人氏(経済評論家)、山崎正和氏(劇作家、評論家)などのほか、賞の創設に共鳴してくださって第1回から選考委員を務められた故河合隼雄氏(心理学者)は、文化庁長官に就任されるまで力を注いでくださった。大賞メダルの原画は、平山郁夫画伯の手による。いずれの方々も本学のご出身ではない。さらに当然の事であるが、現在の選考委員の方々の高い見識と情熱あってこそ本賞は成り立っているのである。

大賞記念メダル(表:石橋湛山肖像/裏:大隈講堂にラテン語で「真理は隠蔽される事を恐れる以外は何事も恐れることはない」の文字)

 ふり返ってみると本学の出身者は、建学間もない頃から、ジャーナリズムで活躍することがとりわけ多かった。近代化の途上にあった明治時代、文学者とジャーナリストの距離は近かったのだ。本学出身の正宗白鳥は、早稲田大学出版部にも在籍していたが、漱石が朝日新聞社に入社するより4年も前、1903年(明治36年)に読売新聞社に入社、辛辣なコラムで健筆を振るっている。窪田空穂も同新聞の客員だった。またそれ以前の1900年(明治32年)、国木田独歩は報知新聞の政治外交記者であった。さらに大正・昭和とすぐれたジャーナリストの輩出は続く。これが伝統であろうか。私事ではあるが、1960年前後に私は白鳥、空穂の両先生のご自宅で新聞記者時代のことをお聴きしたことがある。今にして実に貴重な体験だったと思う。

ジャーナリストの精神を伝える

 本賞は、受賞者の方々に、取材過程を中心にした講義を学生たちのためにお願いしている。2002年度から全学共通科目として記念講座「報道が社会を変える―取材過程論―」を開講してきた。出色の講座で人気が高く、受講者は数倍の倍率で選抜される。そしてすでに、単位を取得した卒業生がジャーナリストとして巣立っているのだ。

 さらに講義録シリーズ(早大出版部)は今年度で5冊となる。今年度の贈呈式が開催された11月6日、その2009年版である『「可視化」のジャーナリスト』が上梓された。その行間からは、ジャーナリストとして自らの原則(principles)を貫き、社会の閉塞状況に突破口を開けずにはおかない強い息吹が聴こえてくるはずだ。

 最後になったが、早稲田大学では現在、DAYS JAPANとの共催でフォトジャーナリズム・フェスティバルを開催しており、早稲田大学ジャーナリズム大賞として、企画展とトークセッションを行うこととなった。

 企画展では、これまでのジャーナリズム大賞の軌跡を追ったパネル展示を、そしてトークセッションでは、本賞選考委員の田沼武能委員や、DAYS JAPAN代表であり第2回ジャーナリズム大賞受賞者でもある広河隆一氏、第6回大賞受賞者の古居みずえ氏をはじめとするフォトジャーナリストをお招きして、「一枚の写真が社会を変える」をテーマに、フォトジャーナリズムの現在について大いに語っていただく予定である。お時間が許せば、是非ご来場いただきたい。

小玉 武(こだま・たけし)/石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞事務局長・早稲田大学広報室参与

【略歴】
1938年、東京生まれ。神戸、横浜で育つ。早稲田大学教育学部卒。1962年、サントリーに入社、宣伝部に配属。広報部長、文化事業部長などを歴任。雑誌『洋酒天国』の編集に携わり、79年『サントリークォータリー』を創刊、編集長を兼務。途中3期6年間、TBSブリタニカの取締役出版局長を務める。2000年3月より早稲田大学広報室参与、08年3月まで教育学部などで非常勤講師としてパブリック・リレーションズ論やネットワーク組織論などを担当。仕事と能率研究学会会員。日本アルバン・ベルク協会常任理事。日本文藝家協会会員(エッセイスト)。
著書『「洋酒天国」とその時代』(筑摩書房)で、第24回織田作之助賞を受賞。『「係長」山口瞳の処世術』(筑摩書房)のほか、分担執筆に『デジタル時代の広報戦略』(早稲田大学出版部)など。