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赤尾 健一(あかお・けんいち)早稲田大学社会科学総合学術院教授 略歴はこちらから

温室効果ガス25%削減目標
―途上国との排出量取引の戦略的活用を―

赤尾 健一/早稲田大学社会科学総合学術院教授

鳩山演説への賛否

 9月に開催された国連気候変動サミットにおいて、鳩山由紀夫首相は、世界の主要排出国による公平かつ実効性のある国際的枠組みが構築されることを前提として、日本は温室効果ガスを2020年までに1990年比にして25%削減することを表明した。また発展途上国の温暖化対策を支援するための諸方策を掲げた鳩山イニシアティブを発表した。

 この鳩山演説は、交渉が難航している12月の国連気候変動枠組み条約会議COP15に向けた強力なメッセージとして、会議参加各国から高い評価を受けた。しかしその一方で、国内からは、経済的負担への懸念や実現可能性を疑念視する声があがっている。

 実際のところ、わが国の温暖化対策とこれまでの実績から考えれば、次の10年間で国内の排出量を25%削減することは、経済的にも政治的にもほとんど不可能にみえる。わが国は、京都議定書によって2008年から2012年の排出量を90年水準から6%削減することを約束している。しかし現状は、森林吸収分を差し引いたネットの排出量でみても約6%の増加を許す結果となっている。特に排出量の約3割を占めるオフィスと家庭部門は、40%以上も排出量が増加しており、有効な対策が見出せない状況にある。

排出量取引をどう考えるか

 この現状からすれば、25%削減の大部分は、画期的な技術革新でも生じない限り、海外での削減努力を通じて実現される可能性が高い。つまり他国との排出量取引である。

 排出量取引については、それが自国内での削減努力を怠らせるとして、安易な利用を警戒する意見が強く、政府もその利用はやむを得ない場合に限るというスタンスをとってきた。しかし、私は、それは決して悪いことではないこと、むしろ海外との排出量取引を主体的戦略的に行うことを通じて、日本は地球環境保全のための重要な貢献を果たせることを強調したい。

地球温暖化問題の特性

 その可能性を説明するために、まず、地球温暖化問題に関するいくつかの基礎的な事実を確認しておこう。第一は、主要な温室効果ガスの寿命が非常に長いことである。このため、その削減を地球上のどこで行っても効果は同じであり、地球への影響という点では、国内での削減にこだわる理由はない。

 第二の事実は、温暖化が非常にゆっくりと進行することである。このため、目先の削減よりも長期的な削減成果がより重要となる。長期的な削減目標として、先の国連気候変動サミットでは、潘基文事務総長が、世界のリーダーたちは2050年までに1990年水準から少なくとも50%削減が必要であるという科学的要請を認識していると議長サマリーに明示した。この数字は、これまでさまざまな会議で取り上げられてきたものであり、地球の気候に劇的な変化をもたらさない安全圏を示すものである。

 一方で、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の将来シナリオによれば、現状のままでは2050年の世界排出量は90年の2.5倍となり、さらに途上国の人口増加傾向に歯止めがかからなければ今世紀末には4倍以上となる可能性がある。その排出量の70~80%は途上国から排出されることも予想されている。

カギは途上国の排出削減と人口抑制

図 各国の一人当たり国民所得と人口増加率の関係
資料:United Nations Development Programme (2009) Human Development Report 2009.

 これらの数字は、地球温暖化問題の深刻さを示すとともに、その解決のために、途上国での排出削減と人口増加の抑制がいかに重要かを示している。途上国への支援の強化を提案する鳩山イニシアティブは、このような地球全体で必要な温暖化対策に沿うものである。さらにそれを25%削減目標と結びつけることで、わが国は、途上国での排出削減と排出量取引を通じて、公約を守ると同時に地球全体での温暖化対策に貢献することができる。

 ところで人口増加はいかにして抑制できるだろうか。そのメカニズムは省略するが、経済発展とともに人口増加率は低下する(図を参照)。したがって、環境を保全しつつ途上国経済が発展すること、いわゆるクリーン・ディベロップメントの実現が重要な課題となる。

 経済発展はまた、貧困の中で生じている他の地球環境問題、森林減少や砂漠化、生物多様性の喪失の解決にも貢献する。これらの問題の潜在的な脅威は、地球温暖化問題に匹敵し、また、その問題発現のメカニズムは互いに密接に関係し合っている。われわれが直面している深刻な環境問題は、温暖化問題だけではないことにも留意しておくべきである。

研究開発投資の重要性

 しかし、途上国の経済成長は温室効果ガスの排出を増加させる。人口抑制とこの問題とのジレンマの解決は、最終的には今後の技術革新に期待せざるをえない。そのためにわが国をはじめ先進諸国は十分な研究開発投資を行う必要がある。その成果は次の10年間の25%削減には間に合わないかもしれないが、温暖化問題の解決には不可欠である。

地球環境保全の根本問題

 温暖化問題を含めて、地球環境問題の根本にあるのは人口問題である。国連人口予測によれば、2050年に世界人口は92億人まで増加する。今後増加する人口は、なんと1950年の世界人口25億人に匹敵する。たとえ一人あたりの環境負荷を半減させても、世界人口が2倍以上に増えれば地球への環境負荷は増加する。われわれは、有限な地球が養える範囲に世界人口を安定させる必要がある。人口の安定化は、上図からうかがえるように、貧しい国が豊かになることによって、おそらくそれによってのみ、平和裏に実現される。同時に移行過程での途上国の経済発展にともなう環境負荷の増大が地球の持続可能性を損なわないことも至上命題である。したがって、排出量取引を含む経済協力による途上国への発展支援と、新たな環境技術への開発投資は、地球環境保全のために極めて重要なのである。

赤尾 健一(あかお・けんいち)/早稲田大学社会科学総合学術院教授

【略歴】
1962年、大阪市生まれ。京都大学農学部林学科卒業。その後、京都大学大学院農学研究科博士後期課程林学専攻に入学。京都大学博士(農学)。京都大学農学部助手、早稲田大学社会科学部助教授を経て、現在は早稲田大学社会科学部教授並びに東京大学農学部非常勤講師。専門は環境経済学。

【主要著書】
『地球環境と環境経済学』成文堂, 1997

【最近の論文】
・Tax schemes in a class of differential games, Economic Theory 35,
155-174, 2008
・Feasibility and optimality of sustainable growth under materials balance,
Journal of Economic Dynamics & Control 31,3778-3790, 2007 (馬奈木俊介との共著)

【最近の翻訳】
・G.ヒール著『はじめての環境経済学』東洋経済, 2005(細田衛士、大沼あゆみとの共訳)