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堀 正士(ほり・まさし)早稲田大学教育・総合科学学術院 准教授 略歴はこちらから

深刻な大学生の自殺
―死にたい若者と向き合う方法

堀 正士/早稲田大学教育・総合科学学術院 准教授

 平成10年以来、我が国の自殺者数は11年連続で年間3万人を越えている。今年もその勢いは収まりそうにない。このうち青年の自殺者は決して多くはないが、青年期はそもそも死亡者の少ない年代であり、自殺は死因のトップを占めている。今後社会の中心を担う前途の希望にあふれた世代における自殺は、その数以上に深刻な問題である。自殺予防に関してはこれまで国あるいは自治体レベルでの様々な試みが行われ、限定的ではあるものの成果が得られつつある。しかし、自殺に影響する因子のなかで自殺率と最も相関が高いのは完全失業率であるのもまた事実である。この不況が改善しない限り、自殺者は減少することはないのであろうか? 以下に、かつて大学生の自殺の分析を行った経験から得られた対応策を提示してみる。

1.日常的に行うべき自殺予防策
(1)大学生の自殺行動の分析

 青年の自殺を考える場合、その多くが日頃所属している集団、すなわち学校組織の中での自殺対策が重要になる。効率的で実効性のある自殺対策を講じるためには、その集団における自殺行動の特徴を分析することが重要である。大学を例にとると、その立地条件、学部構成、学生の男女比、年齢構成などにより実態は異なってくる。それまでの自殺行動の分析を行うことで、実態に即した対応策が明らかになってくる。

(2)心の絆

 最近は死にたいと思っている人間に周囲が気づきにくい時代になっている。友人や家族などに悩みを相談することは減り、代わりにネットで見も知らない自殺志願者と知り合い、協力して確実に躊躇なく一線を踏み越えてしまうのである。しかしそう見える彼らも死に対する恐怖心は持っている。だからこそ一緒に自殺をする同士を募るのである。このような者に対しては、日頃から自分のことを心配している者が大勢いると本人に認識させることが唯一自殺行動を躊躇させる方法である。自殺を考えている学生を支えてくれるのは学生同士の横の関係であることが多い。これまで以上に学生同士の連帯感を高める方法をどのように学内で培っていくのかが今後の課題である。

(3)自殺リスクの高い学生を抽出する工夫

 大学では4年生が最も自殺を起こしやすい学年である。彼らは就職か進学かという進路選択の岐路に立たされると同時に、昨今の不況のあおりで就職活動も困難を極めている。このようなストレス状況にあるにもかかわらず、学生たちはそれまでの学年と異なり、個々の活動により一堂に会することも少なく、孤立しがちとなる。この状況の中でリスクの高い学生を抽出することはたやすくない。しかし、学生個々の学業遂行状況をチェックすることは有効な手段の一つであると考えられる。学生本人の自主性尊重やプライバシー保護の観点から問題があるとの理由で、この手段の施行には未だに教職員の間で根強い抵抗があるが、自殺予防の緊急性はそれらを上回る重大事項であることは論を待たない。

(4)自殺の連鎖を防ぐ

 大学生の自殺の特徴の一つに、自殺した学生と親しかった学生が衝撃を受け後追い自殺をする、いわゆる自殺の連鎖がある。この予防には、親しかった学生への積極的な支援が先決である。自殺がおきると組織は阻止できなかった罪悪感から、その事実を隠蔽しようとすることが多い。しかし、噂はじきに広まる。むしろ関係学生のカウンセリングなど組織をあげての積極的な支援がさらなる犠牲者を防ぐ。また連鎖自殺の特徴として、自殺者と同じ場所や同じ手段を用いることもあげられる。この特徴を逆手にとって、例えば飛び降り自殺のあとには高所における窓の開閉を制限するような装置をつけるなどの物理的阻止を行うこともしばしば有効である。自殺行為は実行したいという気持ちと躊躇がめまぐるしく入れ替わる中で衝動的に生じる。「飛び降りようと思ったけれども、たまたま窓が壊れて開かなかったので諦めました」などという言葉を未遂学生から聞くことも多い。

2.自殺願望の強い学生に対する対応

 もし知り合いの学生に「死にたい」と打ち明けられたらどのような態度をとればよいのか? 我々のような心の相談や治療を引き受ける職業以外では、滅多にこのような相談を受けることはないであろう。もしかしたら人生の中で一度もないかもしれない。万一そのような告白を聞いたら、仲間の学生や教職員は対応に戸惑い、できれば誰か他の人に対応をゆだねたいと思うであろう。あまりに重い言葉だから。しかし、悩みを打ち明けた学生は「その人」を見込んで重い口を開いたのである。だから必ず最初は「その人」がしっかりとその気持ちを受け止めて欲しい。この場合難しい理屈は必要ない。また叱咤激励はかえって逆効果である。静かに本人と直接話し合える場所を設けて欲しい。そして私見を交えずにひたすら訴えに耳を傾けて欲しい。相談を受けた者として、本人のことを心から心配していることを伝えることが重要である。これこそが先に述べた「心の絆」になるのである。同時に行うべきことは、自殺の手段となるようなものを身辺から遠ざけることである。また、危険な状況が落ち着くまで、絶対に目を離さないでおくことも大切である。

3.自殺未遂に終わった学生への対応

 自殺行為を行った者に対しては、たとえ本人から後悔の弁が聞かれても油断してはならない。自殺行為を行った者はその後もその行為を繰り返す可能性が高い。なぜなら、その行為の背景にある理由が解決していないからである。対応する者としては命が助かったことを素直に喜び、本人の訴えをじっくり聞く。特に未遂後の恥ずかしさ、気まずさなど複雑な気持ちを十分に受け止めていくことが大切である。また、周囲の人たちへのアプローチも忘れてはならない。彼らもまた動揺し、本人に対して様々な気持ちを抱いているからである。

堀 正士(ほり・まさし)/早稲田大学教育・総合科学学術院 准教授

【学歴・職歴】
1958年 兵庫県尼崎市生まれる。
1984年 筑波大学医学専門学群卒業
1988年 医療法人社団有朋会栗田病院医局長
1991年 筑波大学臨床医学系助手(保健管理センター)
1993年 同講師(保健管理センター)
2004年 筑波大学大学院人間総合科学研究科准教授
2009年 早稲田大学教育・総合科学学術院准教授

【その他役職】
平成12年4月~ 茨城労働局地方労災医員
平成17年12月~ 日本スポーツ精神医学会理事

【学位・その他の取得資格】
医師免許証取得(1984年)、精神保健指定医(1991年)、筑波大学博士(医学) 「妄想性うつ病と非妄想性うつ病の精神医学的研究」(1993年)、臨床心理士 (2000年)、日本医師会認定産業医(2001年)、日本体育協会認定スポーツドクター (2005年)

【専門分野】
臨床精神医学(青年期精神医学、感情障害、睡眠障害)
学生のメンタルヘルス、職場のメンタルヘルス、アスリートのメンタルヘルス、教職員のメンタルヘルス、教職員との連携