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遠藤 功(えんどう・いさお)早稲田大学ビジネススクール教授 略歴はこちらから

トヨタ拡大戦略の落とし穴
─リコール問題の本質

遠藤 功/早稲田大学ビジネススクール教授

これまでにない大規模のリコール

 目下、メディアはトヨタ自動車のリコール(回収・無償修理)問題一色である。その報道の一部は感情的であり、政治問題化しようとする動きと相まって、トヨタバッシングのようにも映る。

 しかし、今回のリコールは「品質の王者」を誇ってきたトヨタにとって、きわめて深刻な事態であるのは事実である。2009年11月、米国でフロアマットにアクセルペダルが引っかかる不具合が起き、13車種、555万台がリコール対象となった。2010年1月には、米国、欧州でアクセルペダルが戻らなくなる不具合が発生し、合計420万台がリコールされた。さらには2月に日米欧でプリウスのブレーキに不具合が見つかり、43万台がリコールとなった。これらすべてを合わせると、計1千万台以上がリコール対象になったことになる。これはやはり異常事態と言わざるをえない。

品質問題発生に潜む3つの落とし穴

 これほど大規模なリコールはなぜ起きてしまったのか。そこにはこれまでトヨタが進めてきた事業展開に潜む3つの落とし穴があると言える。

 ひとつ目は、「急拡大とグローバル展開」である。トヨタの世界販売台数のピークは2007年の843万台、1997年に500万台弱であったことを踏まえれば、わずか10年で2倍近くに拡大した。特に2004年から2007年にかけては、マツダの年間販売台数とほぼ同じ台数を毎年上乗せしてきた。

 このような急拡大を支えるためには、投入する商品点数を増やし、現地調達、現地生産を拡大せざるをえない。事実、新しい海外の部品メーカーの起用が増加し、海外への現地生産へのシフトがこの時期に起きている。事業の急拡大に、品質への対応がけっして十分ではなかった面は否めない。

 二つ目は、「部品共通化の拡大」である。コストダウンを図るため、これまで車種ごとに異なっていた部品を共用化する動きが加速した。そのため、ひとつの部品に問題が発生すると、リコール対象が一気に増え、これがリコール台数の急増につながった。実際、トヨタ国産車のリコール対象台数は2001年には4件で5万台にすぎなかったのが、2004年には9件で190万台へと拡大した。

 三つ目は、「自動車の電子化の進展」である。いまや自動車は電子部品、ソフトウェアの塊と呼んでも過言ではない。メカには強いトヨタも、エレクトロニクス、ソフトウェアについての知見、経験はけっして十分とは言えない。今回のプリウスのリコールにしても、0.06秒のズレというソフトの設定ミスが原因である。自動車という製品自体が進化を遂げれば、過去の強みや経験が活きなくなってくる。

ピラミッド型からネットワーク型へ

 それでは今後、トヨタはどのような対応をすべきだろうか。小手先の対応ではなく、ビジネスシステムそのものを抜本的に再設計する必要がある。トヨタはこれまで「系列」と呼ばれる「ピラミッド型ビジネスシステム」を構築してきた。トヨタを頂点に、デンソーやアイシン精機といった直下の部品メーカー、さらにはその下に二次、三次メーカーが連なるという中央集権的なシステムである。

 この「オールトヨタ」と呼べるビジネスシステムは、ひとつの運命共同体であり、意思統一、意思伝達が比較的容易で、現場の情報も入りやすい。以心伝心、阿吽の呼吸が通じ、一言えば十通じるという仕組みである。このシステムこそこれまでのトヨタの最大の優位性であるのも事実である。

 しかし、現在のように販売・生産台数の半分以上が海外となった時、このシステムでは限界がある。現地調達、現地生産を拡大すれば、これまでとは異なる企業やパートナーと付き合っていかざるをえない。しかも、既存部品のみならず、電池など新たな部品やソフトウェアなどを供給する異質のパートナーなど協力企業の裾野も広がっている。

 今回のアクセルペダルにしても、納入していたCTS社(米国・インディアナ州)はトヨタお膝元の部品メーカーではない。トヨタ流の価値観や品質基準を徹底させるのは容易ではない。また、CTSは他社にも部品を供給している独立メーカーであり、トヨタは「ワン・オブ・ゼム」にすぎない。

 こうした海外の部品メーカー、協力企業とどのように連携しながら、新たなビジネスシステムを構築していくのかが、トヨタにとっての大きな課題である。それはこれまでのような「血の繋がり」による強固な連帯ではなく、共通の目標を共有し、独立性は担保しながら、それぞれの強み、個性を活かしていく「ネットワーク型ビジネスシステム」と呼ぶべきものである。

 「オールトヨタ」としての連帯感の醸成は不可欠であるが、そこでの目標設定・目標管理の仕組み、コミュニケーションや人材育成の手法などはこれまでとは大きく変えていかざるをえない。同質的な集団による品質管理ではなく、異質の集合体で「世界品質」をどのように創り込んでいくのか。それこそトヨタに課せられたチャレンジである。

遠藤 功(えんどう・いさお)/早稲田大学ビジネススクール 教授 株式会社ローランド・ベルガー 会長

【略歴】
早稲田大学商学部卒業。米国ボストンカレッジ経営学修士(MBA)。
三菱電機株式会社、米系戦略コンサルティング会社を経て、現職。

早稲田大学ビジネススクールのMBA/MOTプログラムディレクターとしてビジネススクールの運営を統轄。また、欧州系最大の戦略コンサルティング・ファームであるローランド・ベルガーの日本法人会長として、経営コンサルティングにも従事。戦略策定のみならず実行支援を伴った「結果の出る」コンサルティングとして高い評価を得ている。ローランド・ベルガードイツ本社の経営監査委員でもある。中国・長江商学院客員教授。

主な著書に『現場力を鍛える』、『見える化』、『ねばちっこい経営』 、『プレミアム戦略』 、『現場力復権』(いずれも東洋経済新報社)、『MBAオペレーション戦略』(ダイヤモンド社)、『企業経営入門』(日本経済新聞社)、『ビジネスの“常識”を疑え!』(PHPビジネス新書)、『競争力の原点』(PHP研究所)、『未来のスケッチ』(あさ出版)などがある。
『現場力を鍛える』はビジネス書評誌『TOPPOINT』の「2004年読者が選ぶベストブック」の第1位に選ばれた。『見える化』は2006年(第6回)日経BP・BizTech図書賞を受賞。

個人ホームページ:http://www.isaoendo.com