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佐々木 葉(ささき・よう)早稲田大学理工学術院教授 略歴はこちらから

電線・看板・色・高さ
ーこれだけでいいの? 日本の景観

佐々木 葉/早稲田大学理工学術院教授

景観法によるまちづくり

 今年2月、兵庫県芦屋市で5階建てのマンション対して、景観にそぐわないという理由から工事に必要な認定がなされなかった、という報道があった。芦屋市は全域を景観地区として、ほぼすべての建物に対して景観の観点からのチェックが行われる。2004年にスタートした景観法を最大限に活用したまちづくりを行っている自治体といえよう。

 景観法は、近年制定される法律がどれも異様に長く複雑な名称である中で、わずか三文字という短い名称を冠しており、その潔さからも、景観に関する基本的な法律であることが伺える。一方この法律の運用は、そもそもこの法律を使うかどうか、そしてその使い方も、地方自治体にゆだねられている。2010年2月時点で、景観法に基づいたまちづくりを行うと宣言して景観行政団体となった自治体数は434、そのうち具体的に景観計画を策定したのは214となった。全国のおよそ4分の1の自治体が取り組んでいることになる。

 では景観法でどのようなことができるのか、極めて簡略に述べると、ひとつは、景観に関するルールを決めるエリアを設定し、そのルールに法的拘束力を与えられること、もうひとつは、景観的に重要な建物や樹木、道路・河川などをピックアップして、それに対する保護や景観向上のための方策をとることができること、である。前者についてはなかなかそこまで踏み込めない自治体が多く、歴史的街並や中心市街地などのごく一部に対象エリアを限定するか、特に規模の大きな建物等だけを届出させてそれにルールを適用するのが実態だ。その際、対象とする建物の規模の基準は、実際に届出が予想される建物数を自治体の窓口でさばける範囲に抑える、といった現場の実務的制約によって決定されることも多い。そのなかにあって冒頭の芦屋市が、全域のほぼすべての建物にルールを適用したことは英断である。

見た目の問題からその先へ

 景観とは人間をとりまく環境の眺めである。眺めの議論は、まずは目につきやすいものをめぐって展開する。私も各地で様々な景観の議論に同席しているが、電線、看板、色、建物高さについて云々されることが圧倒的に多い。景観4大トピックスともいえるこれらは、確かに眺めの印象を大きく左右する。しかし、これらを議論することは、いったい何を議論していることになるのだろうか。

 まず電線と看板であるが、これらは写真に撮ると確かに目立つ。しかも特定のモノとして指摘できるため、景観の議論では常に槍玉に挙げられる。次に色であるが、色は構造や形態に比べて操作性が高いため、派手な色や目立つ色を使うことは、強い自己主張、周囲への配慮の欠如などといった色の使用者の人格批判へとつながっていく。裁判となった漫画家の赤い家の例が典型的であろう。そして高さ。周囲に対して突出して高い建物は目立つ。これに対しても、良好な眺望が阻害されたという被害意識、あるいは単に目障りという排他意識が伴いがちだ。

 このように電線・看板・色・高さを問題視した景観の議論は、ややもすると犯人探し、魔女狩りの雰囲気を呈することがある。だからこうした議論はやめよ、というのではない。肝心なのは、なぜこのように電線が空を覆うのか、看板が乱立するのか、派手な色や唐突に高い建物が出現するのか、こういった現象を引き起こす社会の問題を考えることである。

「安い・お得・便利で快適」な価値観の見直し

 ここで上記の社会の問題について詳しく述べる余地はないが、例えば電線については、スクラップアンドビルドの繰り返しでいつまでも沿道の建物がストックとして安定しないことが、電線地中化を阻んでいる。唐突に出現する高層マンションは、都市計画制度の不備と、ごく限定された範囲のなかでの経済性の追求がもたらす社会現象といえる。それ故に、現在の景観4大トピックスに対しては、それら自体の排除や改善を目的とするのではなく、それらを生み出すしくみの問題解決へと議論を深めていく必要がある。見た目の改善ばかりに熱心になると、景観という「環境の眺め」の改善に到達する前に息切れしてしまう。

 では、具体的にはどういったアプローチが考えられるのだろうか。まずは景観の議論の方法を変えること。写真を見ながら会議室で行うのではなく、実際にまちを歩きまわり、地域の人たちの暮らしの様子を感じ取りながら行うこと。そうすることで、例えば電線や看板以上に、空き店舗の並ぶ疲弊したまちの経済問題が重要であることに気付くであろう。そして、美しく魅力的な街並の整備とは、地域再生の諸方策のなかの一つの手段であることがわかってくる。このように、景観をきっかけとして様々なまちづくり方策の戦略的連携を図ることが必要である。いくつかの地域ではそうした取り組みがすでに進んでいる。

 最後に、まちづくりの方法論を超えて考えていかなければならないのは、現在私たちをとりまいている「安い・お得・便利で快適」という価値観である。極めて限定された範囲の中での合理性や経済性を追求し、数字でその成果を示すことは、非常にわかりやすい。しかし昔から言うではないか、「ただほど高いものはない」と。こうした総合的な知恵に満ちた深い価値観をもって身近な景観をじっくりと眺めること。これこそが、日本の景観まちづくりに一番必要なことである。

佐々木 葉(ささき・よう)/早稲田大学理工学術院教授

【略歴】
1961年 神奈川県鎌倉市生。早稲田大学理工学部建築学科卒業・東京工業大学大学院総合理工学研究科修了。東京大学工学部助手・名古屋大学工学部助手・日本福祉大学情報社会科学部助教授などをへて、2003.4より現職

【専門】
景観論および土木構造物のデザイン論

【業績】
著書:「景観用語事典」(共著)・「景観と意匠の歴史的展開ー土木構造物・ 都市・ランドスケープ」(共著)
作品:郡上八幡新橋・東海北陸自動車道白川橋と大牧トンネル(土木学会景観デザイン賞優勝賞受賞・グッドデザイン賞受賞)・りんどう橋など

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