早稲田大学の教育・研究・文化を発信 WASEDA ONLINE

RSS

YOMIURI ONLINE

ホーム > オピニオン > 社会

オピニオン

▼社会

福川 康之(ふくかわ・やすゆき)早稲田大学文学学術院准教授 略歴はこちらから

「大国」ニッポンは健康長寿の夢を見るか

福川 康之/早稲田大学文学学術院准教授

「長寿大国」危うし?

 100歳以上の高齢者の多くが所在不明であることが発覚し、問題となっている。80歳代、90歳代なども含めれば、実数は相当多くなると思われる。一部では、所在不明のまま年金が支給され続けていたことが疑われるケースもあり、事態はミステリーの様相すら呈している。政府や自治体は、しばらく状況把握や対応策の検討に追われることになるだろう。

 この問題は、高齢者をめぐる今後の国内施策に波及する可能性もあるが、影響はそれだけではない。現在、日本は、世界の最長寿国と目されている。2009年の日本人の平均寿命は、男性が79.6歳、女性が86.4歳で、特に女性は、実に四半世紀に渡って世界一の座を護持してきた。このため、平均寿命は、我が国の医療や安全対策の水準を示す指標として、世界に喧伝されてきたのである。そこに今回の騒動が起こった。案の定、というべきか、この報を受けて、海外では、「長寿国家とは偽物か」(韓国)、「日本の人口統計に疑問」(イタリア)など、「長寿大国」の看板が偽りであったかのような報道がなされた。65歳以上人口の比率が22.7パーセントと、こちらも世界をリードする日本は、良くも悪くも、超高齢社会という未曾有の生活環境で人類が生きていくうえでの、モデルケースとして注目を集めているのである。

平均寿命の「ホント」と「ウソ」

 もっとも、誤解がないよう述べておくと、いわゆる平均寿命とは、現在の0歳児があと何年生きられるかという期待値のことである。さらにいえば、平均寿命は、今回、管理の不備が問題となった住民基本台帳ではなく、戸別訪問による国勢調査のデータに基づいて計算されている。だから、たとえ居住実態のない高齢者がいたとしても、日本の平均寿命が影響を受けることはない。

 それでも、今回のように、ショパンと同じ1810年生まれの男性の戸籍が残っていたなどと聞けば、いささか慌ててしまう。海外では、ときどき自称150歳などという老人が現れて驚かされるし(生物学的にまず不可能)、発展途上国の人口ピラミッドが、60歳、65歳など、きりのいい数字の年齢層ばかりが突出したギザギザ型になることも珍しくない(エイジヒーピング現象という)。このような統計数値の「ウソ」を対岸の火事として、日ごろ、政府発表の統計資料を利用してきた我々老年学者にとって、今回の出来事は、自分たちの研究の足元を見つめ直すきっかけとなるかもしれない。

 そもそも、日本の出生や死亡などの人口動態の指標は、不完全なものである。例えば、全数調査を基本とする国勢調査も、訪問時に不在の家庭のデータが欠けるなどするため、回答率は毎回100パーセントにならない。さらに近年は、個人情報の保護意識の高まりや、オートロックマンションの増加などが、回収率をいっそう低めているという。このため、今年10月に行われる国勢調査では、郵送による調査票の提出が認められるほか、東京都ではインターネットによる回答も試験的に導入されるようだ。首位の座は揺るぎないとはいえ、平均寿命の根拠となるデータに、あいまいな部分が含まれていることは知っておいてよいだろう。

「百寿者」たちの行方は

 日本には、100歳以上の高齢者を指す「百寿者」という言葉がある。この百寿者が、昨年はじめて4万人を超えたという(今となってはこの数値もいささか怪しいかもしれない)。百寿者に関する最も古い記録は1963年で、このときの153人が最小だから、半世紀もたたないうちに260倍になったわけである。たいていの自治体には、満100歳に達した高齢者に祝い金を出すきまりがある。だから、日本の高齢化をいち早く実感したのは、百寿者数の急増を目の当たりにしてきた、自治体の職員や民生委員だったにちがいない。そして、彼らが、祝い金を渡すために百寿者を訪ねたとき、「本人が会いたくないといっている」「何十年も前に出て行った」といった家人の謎めいた説明を間に受けて、踏み込んだ所在確認を行わなかったことが、今回の所在不明問題の発端となったのである。

 この責任を、なすべき確認を怠った行政に帰するのはたやすい。しかし一方で、昨今のプライバシー優先の風潮が、行政の情報把握活動の障壁となった側面も否定できない。国勢調査への回答は、統計法で定められた住民の義務である。しかし実際は、個人情報保護や安全重視の姿勢が、調査の値を不確かなものにしている。筆者が全国の自治体に行った調査でも、同様の理由で住民情報の把握が十分できないことが、独居老人の孤独死予防活動の妨げになっているとの意見が多く寄せられた。個人の情報を大切にする姿勢が、住民の生活の質の向上に活用されるべき公的な情報の「軽視」と結びついているとすれば皮肉な話である。

 現代の百寿者のなかには、生活習慣や遺伝的素質などの点で優れたスーパーヘルシーな方がいる。ただ長く生きるのではなく、元気に生き続ける「健康長寿」の秘訣を知りたい我々に、このような百寿者はたしかに多くのヒントを与えてくれる。しかし一方で、最近の調査によると、旅行や散歩に出かけられるほど元気な百寿者は15パーセント程度で、反対に、寝たきり状態の百寿者が30パーセント以上を占めていたという。祝いと尊敬の意味を込めた百寿者という言葉と、日本の高齢者の現実との間には距離がある。「健康長寿」が我々の夢であるなら、この夢をつなぐはずの百寿者たちの多くが、寝たきりどころか、所在不明であったという事実には、いささか気が滅入るものがある。

福川 康之(ふくかわ・やすゆき)/早稲田大学文学学術院准教授

【略歴】
早稲田大学大学院文学研究科修了。博士(文学)。国立長寿医療センター研究員、聖徳大学講師、准教授を経て現職。専門は健康心理学、高齢者心理学。著書に「老化とストレスの心理学」(2007年、弘文堂)、 「老年学要論―老いを理解する―」(共著)(2007年、建帛社)など。