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田村 正博(たむら・まさひろ)早稲田大学研究院教授 略歴はこちらから

暴力団のない社会の実現に向けて
-市民の責任、政治の責任-

田村 正博/早稲田大学研究院教授

 東京都暴力団排除条例が、10月1日に施行された。暴力団排除の基本理念を定め、都と都民及び事業者の責務を明らかにし、暴力団排除活動を推進するための措置と、事業者による暴力団に対する利益供与の禁止、学校周辺における暴力団事務所の開設の禁止等を定めている。既にほとんどの道府県で条例が制定・施行されており、全国の足並みがそろったことになる。我が国の社会に深く根付いている暴力団という犯罪集団を、社会から排除するための大きな一歩であり、私自身、都民の一人として、また全国最初の暴力団排除条例の制定に福岡県で取り組んだ者の一人として、全国の条例の制定・施行を歓迎するとともに、今後の成果を心から期待している。

暴力団と対策のこれまで

 暴力集団は古くから存在するが、「暴力団」という呼び名が一般化したのは、戦後の混乱期を経た後であると言われる。その時代から、盛り場で暴力をふるうだけの単なる暴れ者の集団ではなく、組織的な暴力によって資金を獲得する団体であり、薬物の密売や売春に加えて、荷役労働者の支配や芸能人の興業、貸金業と倒産整理など、社会や経済の様々な場面に深くかかわる存在であった。暴力団の勢力は、ピーク時の昭和38年には、全国で18万人余りにまで達した。警察が多くの暴力団員を逮捕して組織を解散に追い込み、資金源となっている犯罪を摘発することに努めた結果、暴力団の勢力は減少し、昭和期の終わりにはほぼ半減するに至った。しかし、暴力団の社会への影響は続き、債権取り立てを含む民事事案への介入のほか、企業社会に一層強く関わるようになっていった。その背景には、昭和期の企業社会には裏で反社会的勢力と取引をしても問題が表にならなければいいという体質があり、暴力団側がそれに付け込んでいったこと、一般市民の間に暴力団を利用する土壌があったことが挙げられよう。

 暴力団の被害から国民を守るために、1991年にいわゆる暴力団対策法が制定され、暴力団員の民事介入暴力に対して、警察が中止させることができるほか、暴力追放運動推進センターが被害者からの相談を受け、民事訴訟の支援を行うことが制度化された。社会全体で暴力団を孤立化させる取組が始められたといえる。その後、警察による取締りとあわせて、公共工事からの排除、行政対象暴力の規制、証券業界からの排除など、暴力団の排除が様々な分野で進められてきている。

 しかし、全体としてみると、平成期において暴力団の勢力は大きく減少はしていない。それだけの資金が暴力団にいまだに流入しているのである。表見的な暴力事案は減少してはいるが、彼らにとって必要と思う場合には、一般人を対象とした凶悪な事件を依然として敢行している。

暴力団排除条例の意義

 暴力団排除条例は、それまでの暴力団対策が暴力団関係者を対象としていたのとは異なり、一般の事業者を規制の対象としている。暴力団に利益を提供する事業者の多くは、暴力をおそれていやいやながら協力をしているのに過ぎず、いわば被害者的な立場である。しかし、暴力団に利益を提供することは、暴力団を存続、強化させて社会の安全を損ない、企業社会を不健全なものとし、関係を断ろうとする他の事業者に対する暴力団の圧力を一層強めさせる結果となる。条例は、暴力団排除に取り組むことを責務として掲げ、利益を提供することを禁じ、これに反した事業者が社会的な非難を浴びる仕組みを設けた。暴力団と関わることの不利益をはっきりさせることで、「本当は暴力団と手を切りたい事業者の背中を押す」ことが、暴力団排除条例の最も基本にある狙いであるといえる。

 条例には、あまり注目されていないが、青少年の教育に当たる者に対して、青少年に暴力団が市民の生活に不当な影響を与える存在であることを認識し、暴力団に加入せず、暴力団による被害を受けないように、指導、助言を行う旨の規定も置かれている。暴力団の悪質さを青少年に認識させ、暴力団組織の人的基盤の再生産を許さないようにする長期的な効果を狙っている。

 なお、条例には、都道府県警察が暴力団排除に当たっている関係者の保護措置を講ずる旨の規定が置かれているが、実際に保護を十分に行うだけの態勢を警察が確立し、それを維持することが、何よりも求められる。

国の立法責任

 条例では暴力団対策に必要なことのうち、一部しか定めることはできない。暴力団に損害賠償や事務所の立ち退きを求める訴訟は、現行法では被害者や付近住民が訴えを提起しなければならないが、市民を暴力団の矢面に立たせるのではなく、国が暴力追放運動推進センターに民事訴訟の当事者の地位を与えるといった立法的な解決が望まれる。

 近年、組織犯罪に対しては、組織上層部の責任を追及するための証拠収集手段を定め、資金のはく奪を実際に行うことができるようにする制度を整備することが、世界的に標準的なものとなっている。組織犯罪集団自体を認めないという制度をとる国も多い。日本のように、8万人もの大規模な組織犯罪集団が公然と存在しているのは、世界的に異例であるといってよい。暴力団の排除を市民や事業者が行うことは極めて重要であり、有意義であるが、それだけで暴力団の問題が解決するわけではない。暴力団に対して打撃を与える法制の整備が強く求められる。

 国会が担う立法責任は依然として残っているのである。

田村 正博(たむら・まさひろ)/早稲田大学研究院教授(総合研究機構社会安全政策研究所上級研究員)

【略歴】
1977年京都大学法学部卒業、同年警察庁入庁。警察庁運転免許課長、内閣参事官、警察大学校警察政策研究センター所長、福岡県警察本部長等を歴任し、2009年3月より早稲田大学社会安全政策研究所勤務。

【著作】
『警察行政法解説(4訂版)』(東京法令出版)、『今日における警察行政法の基本的な考え方』『現場警察官権限解説(第二版)(上下巻)』(立花書房)、「犯罪統御の手法」田口守一ほか編『犯罪の多角的検討』(有斐閣)(315頁から344頁)。