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藤野 裕子(ふじの・ゆうこ)早稲田大学文学学術院助教 略歴はこちらから

戦前の「ヤクザ」を考える

藤野 裕子/早稲田大学文学学術院助教

 相撲界や芸能界に顕著なように、近年、暴力団を社会から排除する動きが加速している。その一方で、そもそもなぜ暴力団が社会に存在してきたのか、という点が問われることはあまりない。その歴史的な経緯を戦前までたどってみると、現在の私たちが抱いている、“反社会的”な“アウトロー”集団というイメージとは大きくかけ離れた「ヤクザ」の姿が浮かびあがる。

 実際、戦前の「ヤクザ」はすぐれて“社会的”で、“体制内化”された存在であった。社会面では、土木・荷役などの下層労働や芸能・相撲などの大衆娯楽を取り仕切り、民衆の生活に不可欠な役割を果たしていた。政治面でも、政党の外郭団体として組織され、政治体制のなかに組み込まれていた時期があった。

 ここでは特に下層労働・政党との関係に焦点をあてて、戦前の「ヤクザ」の役割を概観してみたい。

下層労働に根ざす

 戦前の「ヤクザ」は、土木・荷役・炭鉱など肉体労働者を多数必要とする業界において、人夫請負業者として、労働力を供給・調整する機能を担っていた(岩井弘融『病理集団の構造』、宮崎学『ヤクザと日本』)。

 たとえば土木業においては、土方部屋と呼ばれる部屋に人夫を雑魚寝させ、管理した。各部屋は、博徒のそれと同じような盃の儀式によって、親分・子分関係、兄弟関係が結ばれ、一定程度系列化されていた。請負業者の親分は、受注した工事の規模に応じて、自らの子分の部屋に下請け・孫請けをさせ、必要な人員を調達した。

 この下請け・孫請けのプロセスで中間マージンが取られたうえ、人夫に提供される部屋・食事の代金は日々の賃金から天引きされるなど、末端の人夫は著しく搾取されていた。その一方で、部屋を成り立たせるには人夫の生活を最低限保障する必要があり、気性・素行の荒い人夫たちを掌握するだけの腕力と人徳(義侠心・侠気)が親分には求められた。

 土木業界が暴力的な要素を内包した一因は、業者間で頻繁に談合が行われたことにもあった。浮沈の激しい業界ゆえに、競争入札にあたっては暴力沙汰が頻繁に起こったが、その調停を買って出る「談合屋」と呼ばれる請負業者が現れるようになった。

 その一人である河合徳三郎は、談合を調停するだけでなく、「談合破り」をする業者に制裁を加えるなどして「一種の警察権」を持つようになり、大正期には業界を取り仕切るようになったという(『日本土木建設業史』)。談合がまとまりにくい場合にはすぐれた調停能力を発揮する河合は、煙たがられつつも、土木業界に不可欠な存在であった。

 ちなみに、河合は1920年代以降、映画配給会社・製作会社を設立し、娯楽産業にも進出していく(本庄慧一郎『幻のB級!大都映画がゆく』)。

議会政治の進展のなかで

 このように下層労働の親分は、動員力、調停力、そして暴力に長けていた。この親分の能力は、大正期に政党政治が進展するなかで政治的な価値を帯びるようになり、親分と政党とが急速に接近する事態が生じた(Eiko Siniawer, Ruffians, Yakuza, Nationalists)。

 その一つが、大正赤心団・大日本国粋会・大和民労会など、土木請負業者・博徒からなる政党傘下の政治団体の結成である。政友会の傘下にあった前二団体は、原敬内閣期に活発化した普通選挙運動を妨害し、労働争議に暴力的に介入するなど、政党が直接に手を下せないような“治安維持”活動を行った。先に触れた談合屋の河合徳三郎も、大日本国粋会の結成時には中心人物の一人として参画している(のちに脱退し、非政友会系の大和民労会を新たに結成する)。

 もう一つは、親分議員の登場である。1915年には福岡県若松の仲仕業の親分吉田磯吉が憲政会から、1930年には山口県下関の親分保良浅之助が政友会から支援を受け、衆議院議員選挙に当選した。選挙権が拡張されるなかで、政党にとって、下層労働の親分の持つ人的ネットワークや調停力が貴重な政治的資源となった証といえる。河合徳三郎も、国政選挙にこそ落選したが、1928・1932年に東京府会議員選挙で当選を果たしている。

“暗部”から近代を問い直す

 このように、戦前の「ヤクザ」のもつ親分・子分の結合関係や暴力性は、資本主義や民主主義の進展と不可分に発達したのであり、民衆の生活世界に根ざすとともに、政治権力によって承認されてもいた。こうした労働・政治との結びつきは戦後になって否定され、「ヤクザ」は反社会的なアウトロー集団としての暴力団へと変貌することになる。

 従来の歴史研究は、戦前の「ヤクザ」を“封建的”“反動的”と見なして、その政治的・社会的な役割を十分に明らかにしてこなかった。近代化を支えた“暗部”を考察の正面に据え、近代日本の政治・社会の歩みを今一度問い直す作業が、歴史研究の重要な課題といえる。その作業は、たんに暴力団の前史を解明するというだけでなく、暴力団を排除しようとする現代社会の成り立ち方を理解するうえでも、重要な意味を持つはずである。

 早稲田大学では、11月12日に講演+シンポジウム「〈日本〉都市の制度と社会・文化-「股旅もの」「ヤクザ」「不良少年」からの検証-」が開かれる。特に第Ⅱ部のシンポジウムでは、日米の歴史研究者が、戦前日本の「ヤクザ」「不良少年」「下層労働」について、政治・社会・文化の観点から多角的に議論する。“暗部”から近代を問う一歩となるだろう。

講演+シンポジウム「〈日本〉都市の制度と社会・文化-「股旅もの」「ヤクザ」「不良少年」からの検証-」

主 催:早稲田大学国際日本文学・文化研究所
日 時:2011年11月12日(土) 13:30~17:30
会 場:早稲田大学戸山キャンパス36号館581教室

第Ⅰ部 講演―文学・映画からの接近
「股旅ものの戦後史―移動する孤立者、または夢の移動」
高橋敏夫(早稲田大学文学学術院)
「やくざ映画と戦後―『仁義なき戦い』と原爆の記憶」
一木 順(筑紫女学園大学大学院)
第Ⅱ部 シンポジウム―歴史学からの解明 *使用言語は日本語です
「不良少年と近代東京の都市空間」
デビッド・アンバラス(ノースカロライナ州立大学)
「戦間期におけるヤクザの“政治参加”―近代・制度の検証」
エイコ・マルコ・シニアヮー(ウィリアムズ大学)
「戦前の都市下層労働と任侠文化」
藤野裕子(早稲田大学文学学術院)
ディスカッション「近代日本都市の制度と社会・文化」
デビッド・アンバラス+エイコ・マルコ・シニアヮー+藤野裕子

シンポジウム趣旨文・詳細(PDF)

【連絡先】早稲田大学国際日本文学・文化研究所
東京都新宿区戸山1-24-1 電話03-5286-3711 Email wijlic@j-lit-cul.com

藤野 裕子(ふじの・ゆうこ)/早稲田大学文学学術院助教

【略歴】
早稲田大学大学院文学研究科博士課程、早稲田大学東アジア法研究所研究助手、文化構想学部助手を経て現職。専攻は日本近代史、民衆史。おもな論文は「戦前日雇い男性の対抗文化――遊蕩的生活実践をめぐって」(『歴史評論』737号所収)など。