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篠田 徹(しのだ・とおる)早稲田大学社会科学総合学術院教授 略歴はこちらから

Occupy Wall Street(ウォール街占拠運動)
~世界を駆け巡るデモや集会~

篠田 徹/早稲田大学社会科学総合学術院教授

 世界をデモや集会が駆け巡っている。北アフリカ、中東、南欧、北米、そして日本。もっともその掲げる主張は、民主化、緊縮経済反対、労組法改悪反対、格差是正、脱原発と様々だ。また夫々の運動作法を仔細に眺めてみると、運動文化、即ち運動の在り様について長年に亘って積み重ねてきた伝統の総体が垣間見られて、こんなとこにもお国柄があると思えて面白い。特にニューヨークに始まり全米主要都市に広がるウォール街占拠運動(Occupy Wall Street) の場合、それが顕著だ。ここでは三つほどその運動文化の伝統を挙げてみよう。

労働立国主義

 ウォール街占拠運動は行過ぎた金融資本主義に対する異議申し立て行動だ。米国における長期に亘る失業率の高止まりや臨時的就労のみの半失業層の増大、又若年層に広がる潜在的な失業状態並びに将来的な失業不安は、その申し立てに「こんなことがあってはならない」という倫理性を加えている。この間グローバル化に伴う仕事の海外流失や非正規化で窮地に立つ労働運動や特に高失業のマイノリティのコミュニティ運動との連携も、この運動に対する共感の広がりを示す。米国社会にも「気持ちはわかる」という同感の空気が漂う。

 意外に思えるかもしれないが、米国はその歴史の節目節目で大統領がこの国の偉大さを額に汗して働く者たちの労働に帰してきた。例えばリンカーン。南北戦争が始まった一八六一年の一般教書演説で、「まず労働ありき。労働は資本の有無にかかわらず存在する。資本はただ労働の果実に他ならない。そして労働がまずなければ、資本も存在しえない。労働は資本に優越する」と喝破した。そしてフランクリン・D・ルーズベルト。一九三三年の大統領就任演説で「幸福は何かを達成することの喜びにある。何かを創造しようとする時のあのワクワクとした気持ちの中にある。束の間の利潤をかっかと追いかけるうちに一度は忘れてしまった、働く事の喜びと倫理的な興奮を思い出さねばならない」と訴えている。そしてオバマ大統領の就任演説の「我々の旅は、仕事より娯楽を好み、富と名声の喜びだけを望むような、臆病者のための道筋ではなかった。寧ろ我々の旅は、危機に立ち向かう者、仕事をする者、創造をしようとする者のためのものだ」というくだりは、見事に前二者の労働立国言説に符合する。

フリー・スペース

 ニューヨークに留学中の友達が、この運動が始まってニューヨークのあちこちに現出するデモや集会を見て、資本主義が分断した空間を「人間の糸で縫い直す」様だと表した。確かに現代社会の生活空間は、区画整理から交通規則、果ては差別や偏見のために、「ここで〇〇してはならない」「ここは××する所だ」と、我々を「雇われ人」「お客さん」「通行人」にし、行動をがんじがらめにする。この運動はそうした現代社会の最たる象徴であるウォール街の一画の公園を「占拠」することで、空間における主客を転倒させ、そこの使用規則を変え、そこでおっかなびっくりだった人々に解放感と自信や自尊心を与え、無縁だった彼ら彼女らを結び付け、いつもの風景を自由な理想社会の一瞬だが生々しい記憶へと変えてしまった。そしてここが現代の世界システムの管制塔と見なされていたが故に、その転倒風景は無数の人々に別社会を想起する力を与えた。

 米国ではこういう運動空間を「フリー・スペース(free space)」と呼び、過去の事例を語りながら現代の人々にこの伝統を再発見させようとする運動史家が草の根レベルに存在する。これらの人々の記録を読むと占拠の様々な事例に溢れていて、この国の運動文化の創造性が感じられて興味深い。例えば各地で街全体が、仕事を放棄した人々の思い思いの集いと憩いの交歓で満たされる時がある。働かないという意味ではスト(同盟罷業)だが、この国ではそれを「労働休日(working holiday)」と呼び、これには「農民休日(farmers' holiday)」いう農村版もある。今回も第二次大戦直後全米で勃発したゼネスト(地域同盟罷業)旋風の中でもデパートの女性従業員が中心になって有名になったカリフォルニアのオークランドの占拠運動が、この復活を呼び掛けた。また大恐慌以降の労働争議頻発時には、「座り込み(sit down)」という工場占拠が自動車工場など多くの職場を席巻した。 占拠運動は労働運動に止まらない。一九五〇~六〇年代の黒人公民権運動やその後のベトナム反戦運動や学生運動でも、占拠によるフリー・スペース作りは続いた。

ムーブメント・ソング

 こういう占拠運動の系譜を考えながら「そうだ」と思って調べた。彼らは歌っている筈だ。占拠運動の歴史はまた運動歌(movement song)、それもフォークソングのそれだからだ。インターネットで記事を検索すると思った通り。まず伝説のフォークシンガー、Woody GuthlieのThis Land is Your Land。この歌は彼が一九四〇年に作ったのだが、六〇年代のフォークソング・ブームで何度もカバーされた。また「この土地は君のもので、僕のもの」という歌詞が醸し出す共存観のために、今も米国の小学生は皆習う。この歌を活動家ロック・シンガーで有名なTom Morelloがウォール街で歌っていた。次にWe Shall Not Be Moved。これは元々黒人霊歌の一つで、大恐慌以降盛り上がる労働運動の占拠現場で歌われ、それが六〇年代の公民権や反戦運動の占拠現場で再現される。同様な変遷を持つ有名歌にWe Shall Overcomeがある。これがPuff the Magic Dragonで日本でも有名なPeter, Paul and MaryのPeterによってウォール街で歌われている。またフォークの神様Pete Seegerもここを訪れている。ちなみに「フリー・スペース」の精神を不滅の名曲Imagineで歌ったジョン・レノンの息子のSean Lennonが、この地で歌っているのも見つけても僕はもう驚かなかった。

篠田 徹(しのだ・とおる)/早稲田大学社会科学総合学術院教授

【略歴】
一九五九年生まれ。早稲田大学第一文学部中国文学科卒業。
早稲田大学政治学研究科博士後期課程中退。
北九州大学法学部専任講師、早稲田大学社会科学部専任講師、
助教授を経て一九九七年から現職。
編著書に『世紀末の労働運動』岩波書店、
『労働と福祉国家の可能性』(共編著)ミネルヴァ書房、
他多数