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伊藤 守(いとう・まもる)早稲田大学教育・総合科学学術院教授  略歴はこちらから

インフォームド・コンセント型の報道を
~原発事故 責任果たさなかったテレビ

伊藤 守/早稲田大学教育・総合科学学術院教授

 「3.11大震災・原発事故」から1年が経過した。だが、岩手、宮城、福島、茨城の太平洋沿岸部を襲った大津波、そして福島第1原子力発電所の過酷事故による放射能汚染による甚大な被害はいまだ深い傷跡を遺したままである。復旧・復興の歩みも半歩前に進んだにすぎない。石巻、南三陸を先月訪れたが、堤防が破壊され、内陸部数キロまで押し寄せた津波によって跡形もなく一面が廃墟と化した被災地には、復興の槌音はまったくなかった。

 この未曽有の大災害は、地震、津波、防災にかかわる諸科学や各種の業界、原子炉工学など原子力科学とそれに関連する産業界全体にとどまらず、放射線医学や海洋学や建築学や社会科学など、日本の学術全体に反省と自己検証を迫るものだ。メディア産業や通信業界そしてメディア研究、社会情報学の分野もその例外ではありえない。

 原発事故にかかわる報道に関しては、すでに何冊もの本が出版され、検証が進んでいる。拙本『ドキュメント テレビは原発事故をどう伝えたのか』(平凡社新書)もその中の1冊であるが、いずれの本でも当時のテレビ報道に対しては厳しい評価が下されている。

 厳しい評価にはもちろん理由がある。第1に、独自の取材が決定的に不足していたことだ。後日、文部科学省によるSPEEDIのシミュレーション結果の公表の遅れが問題として取り上げられたが、原発事故発生から1週間の期間でみても、テレビがSPEEDIに言及することはなかった。また、科学者と連携した積極的な取材もほとんど行われることなく、高濃度の汚染地域が「ホットスポット」が存在していることすら報道されずに推移した。この問題が知られるようになるには、NHKのETV特集「原発災害の地にて~対談・玄侑宗久VS吉岡忍」(4月3日放送)、同「ネットワークでつくる放射能汚染地図」(5月15日)まで俟たねばならなかった。避難住民や屋内退避地域の住民が経験した、食糧や医薬品の途絶といった原発周辺地区の混乱や困難もほとんど報道されなかった。

 住民にパニックを起こさせないようにという配慮からなのだろうが、政府や安全保安院そして東京電力が事故の規模をできるだけ小さく見せようと小出しにする情報を、そのまま無批判的に伝えるだけのテレビ(やマスコミ)の報道は、「メルトダウンが進行中の可能性あり」(3月12日)と伝えたCNNや「震災に襲われた日本の原発が爆発、放射能漏れ」と報道したロイター(3月12日)など、海外メディアの情報とはあまりにも大きな隔たりがあった。「不安を掻き立てるだけの過剰で誤った情報」を伝える海外のメディアもあったが、日本のメディアは逆に「大本営発表」と揶揄されても致し方ない報道だった。

 第2の問題は、メディアに登場した科学者・専門家による科学コミュニケーションである。テレビで解説を加えた多くの専門家は、12日の1号機の水素爆発の後も、十分に予測できたはずの2号機、3号機の爆発を想定し、最悪の事態に備える対策を科学者として発言することはなかった。政府の「ただちに健康に影響を及ぼすことはない」との空虚な発表を追認することに終始し、テレビはそれを流し続けたのである。科学者の社会的責任あるいは不作為の責任、メディアの責任が問われる問題だろう。

 こうした当時のメディア環境を、情報学が専門の高野明彦は「インフォームド・コンセントを希望していながら病状を知らせてもらえない患者のような不安と不信感に包まれた」と形容しているが、まさに適切な譬えだろう。

 この現状を解決するためには何が必要なのか。もちろん報道機関の身を切るような自己検証が必要だろう。しかし、それ以上に重要な、大きな課題は、科学技術のシステムダウンによるリスクを常に抱える現代社会が、巨大事故や災害による危機に直面した場合に、個々の専門分野の知見を適切にネットワークしながら状況を認識し、専門家が予測する事態や対応策がさまざまなメディアを通じて的確に伝達される社会情報環境を、社会全体の問題として、早急に構築することだ。また一方で、その情報を受け取る一般市民の側でも、その情報の信頼度や、場合によっては複数の異なる主張や判断を主体的に評価できる情報リテラシーを学習していくことが求められる。

 高度情報化社会と言われながら、市民の判断に必要な情報やデータの公開を躊躇した政府や行政、十分その責任を果たせなかったマスメディア。日本社会の情報環境全体が問われている。専門家の垣根を超えた相互コミュニケーションの促進、政府や行政が抱える情報や各専門分野の科学的データが迅速にメディアに伝達され、さらに市民や行政もその情報を共有できるネットワークの構築等々、緊要な課題が山積していると私は判断している。

伊藤 守(いとう・まもる)/早稲田大学教育・総合科学学術院教授

【略歴】
1954年生まれ
専門は社会学・メディアスタディーズ
新潟大学教授を経て、2000年より早稲田大学教育・総合科学学術院教授
同大学メディア・シティズンシップ研究所所長、日本学術会議連携会員

【著書】
『ドキュメント テレビは原発事故をどう伝えたのか』平凡社新書
『記憶・暴力・システム』法政大学出版局
『パラダイムとしての社会情報学』早稲田大学出版部
編著に『テレビニュースの社会学』世界思想社など多数。