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土屋 淳二(つちや・じゅんじ)早稲田大学文学学術院教授(社会学) 早稲田大学大学イタリア研究所所長  略歴はこちらから

グローバル時代におけるラグジュアリーブランドのゆくえ

土屋 淳二/早稲田大学文学学術院教授(社会学) 早稲田大学大学イタリア研究所所長

ラグジュアリーの危機

 「ブランド神話」の崩壊が語られるようになって久しい。高級ブランド市場そのものは縮小するどころか、ブランド消費が過熱化する新興国富裕層市場への販路開拓もあり、むしろ拡大し続けているにもかかわらず、である。景気の悪さを指摘するむきもあるが、問題はそれだけにとどまらない。

 80年代以降に親族経営が主流であった中小の高級ブランドメゾンが急速に株式会社化され、投資対象となったメゾンへの経営参加をつうじてグローバル資本が市場に積極的に関与するようになった。ブランド企業間の買収・提携を基軸とした金融投資型の業界再編の波は、その後の景気停滞期において経営効率化の徹底を後押しし、グローバル競争において“勝ち組”(買収するブランド)と“負け組”(買収されるブランド)の二極化を加速化させた。

 なかでも開発・生産・流通・販売における不断のコスト削減が、ラグジュアリー部門の経営環境にあたえた影響は甚大であった。グローバル市場における自らの経営戦略が、業界を激しく揺さぶっている。

 高収益化モデルの追求のもと、コスト削減による生産拠点の海外移転は、伝統的な国内産業集積地を破壊し、産業空洞化をもたらす結果となった。低コストの労働集約型商品が価格競争市場へと大量流入し、伝統的な家内生産方式のもと高品質商品を生みだす中小企業や職人工房が低価格競争に疲弊している。90年代以降、高級ブランド業界も低労働コスト国への生産移転を積極的に進め、企業収益を大幅に改善するが、その経営戦略はラグジュアリー部門に大きな代償を払わせることになる。

 生産コスト削減と高品質維持はトレードオフの関係にあり、商品は両者の譲歩と妥協の産物である。じっさいグローバルな高級ブランド企業の多くが低コスト・高収益と引き換えに何を犠牲にしてきたのか、想像に難くない。

 高品質は、ブランドの競争優位性にとって必要不可欠な条件であり、商品価値と企業価値とを統合するブランド力の源泉である。それは、ブランドの「価格優位性」や高い「ロイヤルティ」、異なる市場でも高い競争力を維持しうる「拡張力」を保証するための前提条件でもある。品質を左右する素材の質や製造技術、デザイン性能、商品サービスのノウハウは高コストな知的財産であり、高級ブランド業界にあって品質低下リスクをともなう拡大路線は命取りとなる。

<ファスト化>するラグジュアリー

 いまや高級ブランド商品は数万、ときに数百万個単位で生産され、グローバル市場のなかで、とりわけブランドブームに沸く新興国富裕層によって買い支えられている。ブランドのロゴがグローバルスタンダードな言語として世界に浸透していくなか、「ラグジュアリーの民主化」が拡大している。しかしそこには大いなる矛盾がある。

 “高価な大量生産品”とも揶揄されるように、ラグジュアリーが大衆化されればされるほど、それが解き放つ眩い威光は色褪せ、ラグジュアリーとしての権威が失われるからである。もとよりエリート主義的なラグジュアリーは民主化とは相いれず、その貴族主義的排他性において自らの世界を誇示してきた。そもそも万人の手に届く商品は、高コスト高品質であってもラグジュアリーとはいわない。

 最新技術によって徹底的に合理化され効率化された生産・流通・品質管理システムにおいて、グローバルな高級ブランドは「マクドナルド化」されてきた。ブランド企業は、四半期毎の売上目標達成に絶えず注意を払い、商品寿命をいっそう短縮化することでファッション性に訴えかける商品企画に拘泥する。皮革製小物、香水、スカーフなど低コストで利益率の高い「導入商品」を数多く取り揃え、大量販売することで収益性を確保し、商品回転率の高速化によって顧客の再訪率を維持する努力を怠らない。

 ステークホルダーの関心は、ブランドの審美性にではなく企業収益にある。いまや最高級プレミアム商品のみが、ラグジュアリーの権威を死守するため全商品ラインの極北から微かな威光を放っている。

 高級ブランドの民主化(市場拡大)の動きは、低コストで大量生産される普及ラインを媒介にファストファッションとの境界線をますます曖昧にしつつある。廉価ブランドたるファストファッションといえども、そのデザイン性能は高水準にあり、商品の機能性や顧客の多様性に即応可能な超合理的生産・販売システムは、高級ブランド企業にとっては脅威ですらある。近年、カジュアル・スタイルの商品開発を主軸にすえるファストファッションブランドとラグジュアリーデザイナーとのコラボレーション商品の提案が相次いでいるが、ハイファッションの伝統で培ってきたラグジュアリーのブランド価値がファストファッションによって食い潰されているといってよい。

ラグジュアリーの復権へ

 「ブランド神話」が次つぎと瓦解していくなか、危機感をもつラグジュアリー企業は、旗艦店の拡充、直販体制の強化、芸術家やセレブリティ―ズとのコラボレーション商品の開発、パブリシティ戦略など、ブランド価値の防衛と創造に余念がない。ブランド価値の喪失や希釈を回避するためには、リスク状況に応じて様ざまな戦略を打ちだす必要がある【表1】。

 これらラグジュアリー部門におけるリスク対策がグローバル化やファスト化へのアンチテーゼの要素を多分に含んでいることからもわかるように、消費者側のブランドに対する意識の変容にも注意をむける必要がある。じっさい、戦後の消費社会を特徴づけてきた“モア・イズ・ベター”という消費主義が“スモール・イズ・ビューティフル”や“シンプル・リビング”へと反転し、近年、消費スタイルのあり方を問う批判的消費の勢いが増している。

 「グローバルに思考し、ローカルに行動する」「ファストからスローへ」というスローガンが、「倫理的消費」や「企業の社会的責任」の潮流のなかで、消費者・企業の双方において謳われ、新しいブランド価値を“共創”するチャンスも広がりをみせている【図1】。

 ラグジュアリーは、いま一度ブランド価値の復権にむけて、自らの足元を根本的に見直す時期にあるといってよい。

表1 ラグジュアリー部門のリスクと対策

図1 倫理的消費(EC)と企業の社会的責任(CSR)

土屋 淳二(つちや・じゅんじ)/早稲田大学文学学術院教授(社会学) 早稲田大学大学イタリア研究所所長

【略歴】
早稲田大学文学部助手、専任講師、助教授、教授を経て現職。博士(文学)早大。ローマ大学、ボローニャ大学、パドヴァ大学、ナポリ大学、フィレンツェ大学、トリノ大学、ヴェネツィア大学、ジェノヴァ大学、ミラノカトリック大学等の客員教授を歴任。専門:社会学、国際ブランドマーケティング。ファッション関連の主な著書:『モードの社会学』(上)・(下)(学文社)、『イタリアン・ファッションの現在』(学文社)等。