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有馬 哲夫(ありま・てつお)早稲田大学社会科学総合学術院教授 略歴はこちらから

原発と安全保障

有馬 哲夫/早稲田大学社会科学総合学術院教授

 訪米を1ヶ月半後に控えた総理大臣岸信介は、1957年(下2桁のみ記す)5月7日、参議院内閣委員会で次のような自衛核武装合憲論を展開した。

 岸信介: 核兵器という言葉で用いられている核の兵器を(中略)、名前が核兵器であればそれが憲法違反だ、(中略)そういう性質のものじゃないのじゃないか。(中略)やはり憲法の精神は自衛ということであり、その自衛権の内容を持つ一つの力を備えていくというのが、今のわれわれの憲法解釈上それが当然できることである。(ウェブサイト『国会会議録』から)

 なぜ、岸がこの時期にこのような主張をしたのかといえば、それは彼の訪米の目的が日米安全保障条約(以下安保条約とする)改定の筋道をつけることだったからだ。
 サンフランシスコ平和条約と同時に結んだ安保条約は、占領を終結させるためのまざるを得なかったもので、幕末の不平等条約にまさるとも劣らない日本にとって不利なものだった。
 この条約では、米軍は日本を防衛する義務を負わないにもかかわらず、日本のどこにでも駐留でき、核兵器の持込に際してもなんら制限されなかった。しかも、この条約は期限がなく、日本の側からは破棄できないものだった。
 岸はこれをより平等なものに改定したかった。つまり、日本は米軍にいくつかの基地を提供するが、地上部隊の大部分は日本から撤退してもらう。日本を核戦争に巻き込む可能性のある核兵器の持ち込みはさせない。改定後の条約の期限は10年とし、10年毎に両国で協議のうえ更新する。
 この岸の改定案の問題点は、米軍の地上軍のかなりの部分が撤退し、ほとんど無防備になった状態で、日本が中国とソ連の脅威にさらされることだ。この両国は50年に同盟を結んでいて、とくにソ連は核兵器を保有していた。
 そこで、岸は現行の憲法でも自衛のための核武装は可能であると主張した。たしかに、そう主張しない限り、岸が考えている改定は現実的とはいえなかった。
 米国側はこの核武装合憲発言に大きな衝撃を受けた。事実、CIAは岸が帰国したあと、日本の核武装能力について本格的に調査した。以下に引用するのは、57年7月26日付のCIAインテリジェンス報告書の要旨だ。

 有能な米国政府当局者は、日本が貯蔵していると最近報告したウランを原子炉の燃料に利用することに成功するなら、日本はどの国の助けも得ずに67年までに核兵器を製造できると考えている。日本はこの邪魔になる条件(貯蔵量を報告する、以下カッコ中は著者注)を免れるためにあらゆる努力をしている。日本政府は米国と英国が核燃料の輸出に関してその副産物(プルトニウムなど)の利用について課している制限を受けずに大規模な原子力プログラムを行うのに十分なウラニウムを確保するための国内外のプログラムを急いで進めている。
(中略)
 もし日本が、制限が課されていない核燃料の供給を受け、かつ、自前の原発を製造することに成功するなら、日本は核兵器に使うことができる核物質(プルトニウム)を得ることになるだろう。原子炉が英国製の「コルダーホール型」や天然ウランを使用する型のものだった場合、その供給はきわめて多量になる。(米国第二公文書館所蔵国務省文書から)

 当時岸政権で原子力委員長(兼国家公安委員長)を務めていた正力松太郎は、米国政府の反対にもかかわらず、英国からコルダーホール型の原発の導入を進めていた。したがって、岸の自衛核武装論は机上の空論ではなかった。
 米国政府は安保条約の改定に応じるか、さもなければ日本に核武装を許すかの選択を迫られた。そして、前者を選んだ。その他のさまざまな経緯を経たのち、60年に安保条約は改定された。
 66年に日本初の東海発電所が稼動を始め、1年におよそ50キログラムのプルトニウムを産出するようになると、米国は日本の核武装能力に縛りをかけるためにNPT(核拡散防止条約)への加入を迫った。当時の総理大臣佐藤栄作は、この条約に加盟すべきか、それとも核武装すべきか検討するよう研究者に命じた。(内閣情報調査局の秘密文書「日本の核政策に関する基礎的研究」などがある)。
 その結果、日本は、当分は核武装せず、米国から引き続き核燃料の供給を受け、原子力発電によって急増する電力需要をまかない、経済的繁栄を目指すことにした。70年、日本はNPTに署名したが、米国政府の苛立ちを後目に国会での批准を引き伸ばし、正式に加盟したのは沖縄が返還され、日中国交回復が成し遂げられたあとの74年だった。
 このように、日本の安全保障と原発とは深く結びついていた。原発がもたらしたのは電力だけではなかった。私たちは、3.11以後の日本で、この二つがどう結びついているのかを確認し、この関係をどのようにすることが望ましいのか考える必要がある。

有馬 哲夫(ありま・てつお)/早稲田大学社会科学総合学術院教授

【略歴】
専門はテレビ研究、メディア史。主な著書に『日本テレビとCIA発掘された「正力ファイル」』(新潮社)、『原発・正力・CIA―機密文書で読む昭和裏面史 』(新潮新書) 、『原発と原爆「日・米・英」核武装の暗闘』(文春新書)など。