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野口 智雄(のぐち・ともお)早稲田大学社会科学総合学術院教授 略歴はこちらから

ディズニーランド絶好調の秘密~高い入園料でも集客は落ちない~

野口 智雄/早稲田大学社会科学総合学術院教授

厳しい時代に輝かしい成果

 『レジャー白書2012』(日本生産性本部、2012年10月)によれば、2011年の余暇市場は64兆9410億円で、前年比4.5%の減少である。そのうち、「観光・行楽部門」の市場規模も9兆2200億円にとどまり、前年比3.2%減となった。長引く深刻な不況および東日本大震災の影響は、ご多分に漏れずレジャーの分野にも暗い影を落としていることがわかる。

 しかしこのような流れに逆行するように好成果を上げ続けるレジャー施設がある。オリエンタルランドが運営する東京ディズニーランド(以下、TDL)と東京ディズニーシー(以下、TDS)だ。両施設の来園者数は、2012年4-9月期に過去最高の1325万人となり、前年同期比23.4%増を記録した。オリエンタルランドも、売上高1883億円(同27.2%増)、最終利益255億円(194.3%増)と過去最高の輝かしい成果を上げた。

 厳しい時代に、この米国発のエンターテインメント施設は、唯我独尊的にサクセス・ストーリーを歩んでいる。日本の消費者の心をつかむ魅力の源泉はどこにあるのだろうか、ブランディングの視点から大成功の秘密に迫ってみたい。

ストーリーとリアルの融合

 ブランド価値を形成するイメージ面の要素には、「ブランド認知」と「ブランド連想」がある。前者は、あるブランドに対する消費者の知悉度で、後者はブランドにより醸成される印象である。「ディズニーランド」というブランドの場合、創始者でありアニメ制作者であるウォルト・ディズニーの名前を知らない人はほとんどおらず、ブランドの認知度は極めて高く、その面でのブランド価値はもともと高水準にあるといえる。

 また、TDLとTDSは、「テーマパーク」といわれるように、各アトラクションはテーマ性やストーリー性を具備している。例えば、TDLの人気アトラクション「プーさんのハニーハント」はプーさんと仲間たちとのハチミツ探しの旅、TDSの「インディ・ジョーンズ・アドベンチャー クリスタルスカルの魔宮」はジョーンズ博士による若さの泉を探る魔宮探検といった具合に、各アトラクションにはバックグラウンドとなる「ストーリー」のモチーフが随伴している。

 このような既存のストーリーが内包する独特の印象(ブランド連想)が、リアルのアトラクションと融合することで、得難い非日常的な経験を実現しているのだ。このことを裏打ちするように、両パークには、いわゆる「絶叫マシン」といわれるものが少ない。もちろんTDLの「ビッグサンダー・マウンテン」、「スペース・マウンテン」、「スプラッシュ・マウンテン」、およびTDS の「センター・オブ・ジ・アース」、「レイジングスピリッツ」などは、ジェットコースターによるスリリングな体験ができる。だが、それらも何らかのストーリーと結びついており、例えば富士急ハイランドの「ドドンパ」やナガシマスパーランドの「スチールドラゴン2000」のような絶叫のみを目的としたり、スピード感や恐怖感を競い合ったりするようなアトラクションの作りにはなっていない。

「本格性」への配慮

 ブランド価値を形成する要素には、「ブランド認知」、「ブランド連想」に加え、「知覚品質」がある。これは、専門的知識のない一般人のレベルで判断できる製品やサービスの良し悪しの評価だ。両パークのアトラクションのハード面に関する知覚品質は非常に高水準にあるといえる。TDLのパークゲートを通過して園内に一歩足を踏み入れると、そこはまさにキャッチフレーズ通りの「夢と魔法の王国」だ。フランスの古城を再現したといわれるシンデレラ城は、実に高さ51mにも及び、壮大で、優美なたたずまいを見せている。この施設全体が「夢と魔法」というブランディングの世界観に浸れるようパーク外の景色を一切見えないように工夫されている。このような「本格性」への配慮が来園者に高いクオリティを実感させるのである。

 また、TDSでは、前世紀初頭の瀟洒な南欧の街並みが再現され、メディテレーニアンハーバーと名づけられた海には蒸気船やヨットが浮かぶ。そして海の向こうにはフォートレス・エクスプロレーションという大航海時代の要塞がそびえ、その背後には断続的に噴火するプロメテウス火山がその威容をたたえている。このような大道具はいずれも本格的で、来園者に高いクオリティを感じさせ、異次元空間へと誘う。TDSでは当初、ハード構築のために実に3380億円もの巨費が投じられ、単位面積当たりでTDLの2倍近くの支出がなされたといわれる。それゆえ、ディテールへのこだわりも半端ではない。例えば、センター・オブ・ジ・アースでは行列待ちの通路に精巧な採掘用具や実験室などのオブジェが飾られているが、それらの小道具には、あえてサビや汚れを付けいかにも時代性とリアリティを感じさせる演出が施してある。

水も漏らさぬ環境保持

 両パークの知覚品質を高める重要な要素に、「徹底したクリンリネス」がある。両パークでは、長時間ごみが放置されることはなく、非常に清潔で、爽快である。カストーディアルと呼ばれる園内の清掃担当者は、トイブルームというほうきをスピーディーに動かし、美観の維持に努めている。カストーディアルは、担当エリアによって分れており、15分おきに清掃作業を行っているのだが、興味深い仕掛けは清掃作業の熟練レベルに応じて6段階の段位認定がある点だ。スウィーピングの技を習得し、スピーディーに業務をこなすことでレベルアップするこの仕掛けは、カストーディアルの士気を高め、園内のクリンリネスの向上に大いに貢献している。

 また、筆者が訪れるたびに感心するのが樹木や芝生の管理である。パーク内には約3万㎡に及ぶ芝生や花壇があるそうだが、しばしば「人工芝」ではないかと見間違われるという。それもそのはず、同パークの芝は冬でもまったく枯れず、美しい緑の絨毯を敷き詰めたように見えるからだ。しかし、この芝はもちろん天然のものである。同パークでは、植栽部門が毎日、午前4時から手作業で芝の管理を行っているのだ。その結果、人工芝と見まごうほどの手入れの行き届いた天然芝の美観を365日提供できているのである。

 以上のような水も漏らさぬ取組が奏功し、両パークは「リピーター率90%」という驚異のブランド・ロイヤルティを実現している。

 最後に利用料金について一言触れよう。TDLの「1デーパスポート」(大人)の値段は、1983年開園時の3900円からずっと上昇を続け、現在6200円であり、決して安いという印象はない。しかし筆者は、まだ上昇の余地が残っていると思う。なぜなら、ブランディングの成功により「オンリーワン」を獲得した製品やサービスには、「価格競争」という概念が存在しないからだ。ここでしか体感できない希少なサービスには、疑似独占市場が形成されるのである。無論、無制限に高くできるわけではないが、恐らく現状の6200円が、例えば9800円になったとしても、利用者が、大幅に持ち込むということはないだろうと筆者は考えている。

野口 智雄(のぐち・ともお)/早稲田大学社会科学総合学術院教授

【略歴】
 早稲田大学社会科学総合学術院教授。1956年、東京都に生まれる。84年、一橋大学大学院博士後期課程単位修得。その後、横浜市立大学助教授を経て、92年に早稲田大学助教授。93年から現職。2006年3月から2008年3月まで、客員研究員としてスタンフォード大学経済学部で主に米国小売業の研究を行う。88年、『現代小売流通の諸側面』 で日本商業学会賞を受賞。
 主な著書に『ビジュアル マーケティングの基本(第三版)』(日本経済新聞社)、『ビジュアル マーケティング戦略』(日本経済新聞社)、『新価格論』(時事通信社)、『価格破壊時代のPB戦略』(日本経済新聞社)、『一冊でわかる! マーケティング』(PHP研究所)、『『流通 メガ・バトル』(日本経済新聞社)、『I型流通革命』(講談社)、『ウォルマートは日本の流通をこう変える』(ビジネス社)、FREE経済が日本を変える』(中経出版社)、『水平思考で市場をつくるマトリックス・マーケティング』(日本経済新聞社)など。そのほか、出演・監修に『よくわかるマーケティング(日経ビデオ)』(日本経済新聞社)がある。