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小松原 明哲(こまつばら・あきのり)/早稲田大学理工学術院教授 略歴はこちらから

「世界最高水準」に惑わされるな
―社会技術システムの安全を考える―

小松原 明哲/早稲田大学理工学術院教授

1 事故がないのは当たり前。

  「とめる」「ひやす」「とじこめる」ことで、確実の安全が確保されていたはずの東京電力福島第一原子力発電所がもろくも崩れ去ったことに、我々は安全に絶対はありえないことを思い知らされたものであった。しかしながら、だから原子力発電所で過酷事故が起こるということは、我々は絶対に認められないのである。その心理は、放射性物質の飛散により多くの住民に耐えがたい苦難を強い、そして、未だ生まれていない次の、恐らくはその次の世代にまで、その後始末を付け回してしまったことからすれば、明らかなことである。

 だが、原子力発電を悪者には出来ない。原子力発電は安定的で低コストの電力を我々に提供していることは事実である。そこで葛藤が生じる。現代生活は電力なしには成り立たない。今の生活のダウングレードは、恐らくだれも望まない。むしろ、今以上に便利で豊かな暮らしを求めたいだろう。そのためには潤沢な電力が必要なのだが、しかし、当然のことながら、あのような事故は絶対に御免蒙りたい。だからといって、代わりとなる化石燃料による発電は莫大なCO2を排出し、また燃料輸入により貿易赤字は拡大している。電力会社のコスト削減も限度となれば、電気料金の値上げは避けて通れず、結果、景気の足は確実に引っ張られる。救世主としての自然エネルギーは大いに期待されるが、残念ながらまだ安定的な電力供給源とはなっていない。要は、原子力発電は避けるに越したことはないが、とはいえ、日本社会はそれに頼らざるを得ない現実がある。

 便益を享受したければリスクも引き受けねばならない。これは何も原子力発電に限ったことではない。安全はタダではない。安全投資が必要となる。しかしながら闇雲にお金をかければよいということでもない。メリハリの効いた投資が必要である。

 そもそも現代社会は、様々な社会技術システム(socio-technical system)により支えられるガラス細工のようなものである。社会技術システムとは、航空・鉄道などの交通・輸送、情報通信網など、社会インフラとして存在する大規模システムのことであり、医療サービス、また電気やガス、水道などもまたそうである。こうしたシステムは、サービスの安定的供給が期待されるものであり、そのサービス提供が多少なりとも乱れると、生活者に対して多大なる影響、混乱をもたらす。通勤電車のダイヤが乱れると、途端にゆゆしき痛勤となるばかりか、予約していた航空機には搭乗できず、結果、大切なビジネスがふいになってしまうことを考えれば明らかであろう。この乱れの最大のものが「事故」であり、長期に渡ってサービス提供が中断され、おまけに事態の収拾のために、本来はかけなくてもよい莫大な予算をかけなくてはならなくなってしまう。人身に関わるような事故であれば、被害にあわれた方やそのご家族などに、筆舌に尽くしがたい悲痛を与えることとなり、関係者の刑事責任も追及されることにもなる。こうした事態を避けるためには、事業者は、場当たりではない、安定的なサービス提供のための対応、すなわち安全マネジメントを当然のこととして講じる必要があるのだが、実情はどうだろうか。

2 何が安定を乱すか。

 安全マネジメントにおいて、事業者は何を行えばよいのか。結論的にいえば、サービスの安定提供に対して「脅威」となる事象への備え、対応である。その脅威には次の5種類が代表的である。

・自然の脅威:暴風、豪雪、地震などの天変地異である。京浜急行脱線事故(2012年9月25日)、猛吹雪による北海道の大規模停電(2012年11月27日)などがその例である。航空機のバードストライクに見られるように、小動物などの生物も重大な脅威となりえる。

・社会的脅威:いたずらや悪意のあるものの攻撃、テロであり、鉄道であれば、線路の置石や人の立入がそうである。また不正侵入によるデータ改ざんや流出など、サイバー攻撃も重大な脅威となっている。ハッカーにより官公庁のホームページが改ざんされたことは記憶に新しい。

・技術的脅威:装置故障がそうである。特に新型機や設備の運用前提の変更時、また老朽設備では、故障が多いことはよく知られたことである。中央道笹子トンネル天井崩落事故(2012年12月2日)も、設備老朽化が疑われている。設備更新の時期を迎えている産業は多く、気を抜けないこととなる。

・サービス対象の脅威:需要が供給を上回ったときの脅威であり、夏は乗り切ったが今冬は電力不足が大変懸念されている。鉄道であれば殺到する旅客、医療機関では押し寄せる患者が、全体としての安定的なサービス提供への脅威となる。

・人的脅威:いわゆるヒューマンエラーや規程違反ということであり、これは説明を要さないだろう。

 自然の脅威に対しては広い意味での防災、社会的脅威に対しては同じく防犯(セキュリティ)対策が必要であり、技術的脅威に対しては技術リスク管理、サービス対象の脅威については需要規制等、そして人的脅威についてはヒューマンエラー対策が必要となる。こうした脅威は常に新しいものが出現する。自然の脅威も、ゲリラ豪雨など、今までにないものが出現している。そこで新たな脅威にも負けないよう、常に脅威を予見し、対策を講じていなかくてはならない。

 ここで留意すべきことは、そうした予見、対策を行うのは、突き詰めるところ結局は「人間」ということである。だが神ではない人間に、残念ながら無謬は求められない。とはいえ、蟷螂の斧とはいわれても、安全のためには人知を傾け、誠実に対応するしかない。しかし、そこに隙や甘さがあれば、たちまちのうちに脅威が襲いかかり、人災といわれる事態となる。福島第一原子力発電所事故は果たして天災なのか、それとも人災なのか、論議が分かれるのはこのためである。

3 人知を傾ける。

 人知を傾けるとは、強力に想像することからスタートする。そして傾けられた人知により提案される安全対策を迅速に実施する柔軟な組織が必要となる。だが安全が長期に続き、開発ではなく運用から入社した世代が増える中で、想像力が衰え、仮に誰かが想像しても、それを率直、迅速に引き受けようとしない組織も多い。いつの間にか人も組織も硬直化が進み、脅威への抵抗力が失われてしまっているのである。 

 改めて「人に頼る安全」、ということを考え直さなくてはならない。そのためには戦術(テクニック)ではなく、安全構築への戦略が求められているのではないだろうか。 

4 「世界最高水準の安全」という誘惑。

 福島第一原子力発電所事故以来、各所で「世界最高水準の安全の達成を目指す」といういい方を聞くようになった。このいい方は勇ましく、耳に聞き心地はよいが、安全を技術論で議論するときに、この言葉は有害である。

 例で説明する。ある動物園でヒグマを飼っているとする。その檻の強度が、世界中の他の動物園より多少でも頑丈であれば、たちまちのうちに世界最高水準の安全となる。しかし、それでよいのだろうか? この不安を読者はご理解頂けると思う。つまり、ヒグマの力であれば、そして先述した脅威が押し寄せてくれば、世界最高水準の安全もたちまちのうちに破られてしまうかも知れないからである。議論すべきはヒグマの力、そして脅威であり、それに負けない磐石な安全を構築すること、そしてそれができる柔軟な組織を作ることのはずである。換言すれば、安定的なサービス供給のための備えの層を厚くすること。結氷した湖でのスケートであれば、湖の底まで凍るかの分厚さを求めれば割れることはない。そういう体制に支えられた安全を求めることだろう。社会技術システムの安全を議論するときには、氷の厚さを他者と競っても意味がないのである。こうしたことは、人知を傾けるときの基礎となる哲学であり、単なる言葉遊びではない。

 社会技術システムの安全にあっては、「世界最高水準」という甘い言葉に惑わされてはいけない。その言葉に惑わされていると、福島第一原子力発電所事故は再来するかもしれないからである。

小松原 明哲(こまつばら・あきのり)/早稲田大学理工学術院教授

【略歴】
1957年生まれ。理工学術院創造理工学部経営システム工学科教授。早稲田大学理工学部工業経営学科卒・同博士課程修了。博士(工学)。専門は人間生活工学。人間の自然な行動をベースにおき、ヒューマンエラーの防止、現場力の向上、製品のミスユースの防止やユーザビリティの向上と、それらのためのマネジメントシステム構築に関心を持つ。諸官庁、民間企業などの安全に関わる委員を務める。ヒューマンエラー(2008丸善)などの著書や、現場安全の技術―ノンテクニカルスキル・ガイドブック(R.Flin 他著)(2012海文堂)などの翻訳書がある。