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小原 隆治(こはら・たかはる)/早稲田大学政治経済学術院教授  略歴はこちらから

疲弊する職員、進む学校統廃合
震災から2年-自治体が直面する課題

小原 隆治/早稲田大学政治経済学術院教授

 東日本大震災からちょうど2年が経った。この間、日本学術振興会「東日本大震災学術調査」行政・地方自治班(早稲田大学受託研究。責任者は稲継裕昭・政治経済学術院教授)の一員として見聞きしたことなどを踏まえ、被災地自治体が直面する課題を大別して2点指摘したい。1つは自治体行政体制のあり方、もう1つは地域コミュニティのゆくえに関わる課題である。

職員の不足、職員の疲弊

 まず、自治体行政体制のあり方というのは、職員体制の問題を指している。もっと端的にいう。被災地の現場では職員の数が足りない。職員が疲れ切っている。このことは、現地自治体のヒアリング調査を経験した者なら、ほとんど誰もがそうだと同意するだろう。寸暇を割いて協力してくれた職員に対する申し訳ない気持ち、後ろめたい記憶も鮮明に残っているはずである。「非常事態だから気の毒だがやむを得ない」。そうした一般論ではすまない。この10年間、国策によって全国の自治体で職員体制の劣化が着実に進展した。被災地自治体の現状は、その結果を集中的にあらわしていると見るべきである。

 ここで国策というのは、政府主導で進められた平成の市町村大合併と、自治体集中改革プランの2つを指している。平成大合併によって、全国市町村数は1999年3月31日時点の3232から2013年1月1日時点の1719へとおよそ半分に縮減した。被災地3県の市町村数を見ると、岩手県は59から33、宮城県は71から35、福島県は90から59へと減少している。中心市が周辺町村を吸収する典型的な編入合併を例に取れば、まず周辺地域にあった旧町村の役場が廃止され、中心地域にある市役所本庁の支所に衣替えする。ついでその支所もやがて時間の経過とともに統廃合され、周辺地域には行政拠点がなくなる。各地でよく見られる一般的な傾向である。この過程を通じて職員数が削減されることになるが、ただしそれが持つ意味は、職員自身というより周辺地域住民にとっていっそう大きいと考えるべきだろう。住民サービスの低下に直結するからである。

 職員にとってより深刻なのは、総務省主導で合併のあとを追って進められた集中改革プランの影響である。同プランにより2005年度からの5年間で都道府県は約5%、市町村は約10%の定員削減を実施した。そこに東日本大震災が発生する。被災地自治体は復旧・復興事業に追われてどうにも人手が足りない。他方、被災地以外の自治体も平常業務だけですでに人手に窮しているから、被災地に職員を派遣するだけの十分な余裕がない。

 津波被害が大きかった地域の風景は、被災直後からさほど変わっていないかのように映る。だが目に見えにくい作業を含めて、復旧・復興の仕事はおそらく着実に進んでいる。現地の自治体にとってなかでも急務なのが、高台への防災集団移転事業や市街地での土地区画整理事業などにともなう当事者との交渉や合意形成である。とくに区画整理は高度な法令知識や実務経験を要する仕事であるため、他の自治体から派遣された専門職員に大きく依存せざるを得ない実状にある。その一方、当事者と親身に言葉を交わし、円滑な合意形成を図るには地元事情に精通した職員が欠かせない。そこで現地では、区画整理ほかのまちづくり事業の交渉にあたり、地元職員と派遣職員をいっしょにして送り込むように工夫しているという。しかしそうした工夫にも限界がある。現地自治体はもちろん、派遣元自治体も職員の数がそもそも足りない。だからあとは実際、現場で働く職員の忠実無定量な仕事ぶりに期待するほかない。こうして職員は疲れ切っている。

地域コミュニティと学校

 つぎに、地域コミュニティのゆくえに関し、そのへその緒としての地元公立小・中学校をどうするかの問題を論じたい。コミュニティは、一定区画の同じ地域に暮らすことが取り持つ縁つまり地縁を土台として、住民相互に織りなす生活空間だと一応定義できる。そうしたコミュニティの性格はもともと市町村にも色濃く見られたはずだが、しかし数次の大合併を経て、それが次第に希薄化した。市町村の区域と人口が膨張し、そのため住民にとって役所・役場や議会が遠のき、地域にともに暮らす一体感も実感できなくなったからである。市町村の区域再編成と比較すると、これまで小・中学校の学区再編成はずっと小規模なものにとどまっている。大括りにいえば、いまでも小学校は昭和の大合併前の村、中学校は平成大合併前の町の区域を学区としている場合が少なくない。コミュニティの単位としての学区、拠点としての学校に関心が集まるゆえんである。

 コミュニティに熱いまなざしが向けられている。東日本大震災がその重要な契機の1つになっている。被災直後にあって、地域住民による互助的な救助活動が大きな役割を果たした。避難所や仮設住宅での暮らしを円滑にし、孤立死などの二次被害を防ぐためにはコミュニティの力が必要だ。なにより厳しい状況に置かれた被災者にとって、地域の絆が心の支えになる。このように考えられたからである。そうしたなかで、コミュニティの拠点としての小・中学校の意義に関する認識も深まっている。小・中学校は、もともと日頃から運動会や音楽会、学芸会など、地域の子どもと大人がともに行事を楽しむ場所であった。被災後間もなくの混乱期にあって、避難所のおよそ4分の1を小・中学校が占めていた。今後、河田惠昭が唱える「減災」のための防災教育を進めるうえで、小・中学校が大事な役割を担う。こうした理由からである。

 ところが被災地では、震災をきっかけとしてこれから小・中学校の統廃合が進められようとしている。伝えられるところによれば、被災地3県のうち、岩手、宮城両県で合計25の小・中学校がこの3月に廃校になる予定だという。震災前から続いていた児童・生徒数の減少が震災後の避難で加速したことや、震災で校舎が被災し、その復旧には多額の費用を要することが要因になっていると見られる(朝日新聞2013年3月7日付夕刊)。また、別の報道によれば、宮城県内の小・中学校で統廃合が進む見込みのなか、石巻市、東松島市、女川町ではなくなる20校の校歌を一流オーケストラの演奏によりCD化する運びだという。「せめて地域の『共通歌』を残したい」と願う石巻市民の働きかけがもとになったとされる(読売新聞2013年3月5日付夕刊)。これをどう考えるかである。

 ここでも「非常事態だから気の毒だがやむを得ない」ですませるわけにはいかない。とりわけ被災地にあって、地域が衰退しつつあるいまだからこそ、小・中学校を地域再生の拠点として位置づけ、維持する努力を最大限に払うべきなのではなかろうか。尾木直樹の逆説的な表現を借りれば、地域のなかに学校をつくるのではなくて「学校に地域をつくる」(『子どもの危機をどう見るか』岩波新書、2000年、211頁)。そうした発想で小・中学校の意義を見つめ直し、統廃合に歯止めをかける必要があると思える。

小原 隆治(こはら・たかはる)/早稲田大学政治経済学術院教授

【略歴】
1959年長野県生まれ。1982年早稲田大学政治経済学部卒業。1990年同大学院政治学研究科博士課程単位取得退学。成蹊大学法学部教授を経て2010年より現職。専攻は地方自治。著書に『これでいいのか平成の大合併』(編著、コモンズ、2003年)、『新しい公共と自治の現場』(共編、コモンズ、2011年)、『民主党政権は何をなすべきか』(山口二郎編、共著、岩波書店、2010年)、『公共性の政治理論』(齋藤純一編、共著、ナカニシヤ出版、2010年)、『アクセス デモクラシー論』(齋藤純一・田村哲樹編、共著、日本経済評論社、2012年)など。