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岩志 和一郎(いわし・わいちろう)早稲田大学法学学術院教授 略歴はこちらから

新型出生前診断の許容によって私たちが求められるもの

岩志 和一郎/早稲田大学法学学術院教授

 この3月から4月にかけて、新型出生前診断の実施をめぐる報道が相次いだ。その最初のものは、3月9日、日本産科婦人科学会、日本医学会、日本医師会、日本産婦人科医会、日本人類遺伝学会の5学会は、新型出生前診断の実施は、まず臨床研究として、認定・登録を受けた一定の医療施設において慎重に開始されるべきであるとする共同声明を発表し、日本産科婦人科学会は、その実施についての指針(「母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査に関する指針」)を公表したというものであり、もっとも最近のものは、4月1日からまず全国3施設で実施が始まったというものである。

 出生前診断とは、出生前に母胎内にある胎児の情報を得て、その胎児の疾病や異常を診断することをいう。方法としては、超音波やMRIによる画像診断法、妊婦から採取した羊水中の胎児細胞を検査して行う羊水検査法、胎盤絨毛を採取して行う絨毛検査法、妊婦から採取した血液中のタンパク質の濃度を検査して行う母体血清マーカー法など、いくつかのものがある。これらの方法は、検体、母体や胎児に対する侵襲の程度、精度などの点でそれぞれ差があり、診断できる内容も異なる。画像診断法は主に胎児の外形的な異常の発見を目的としているが、現在では特別な検査というよりは、むしろ妊娠中の胎児の健康状態確認の手段として広く用いられている。これに対して、羊水検査法や母体血清マーカー法などの諸方法は、画像診断で異常が発見された場合や、高齢妊娠などの場合に、胎児の染色体異常の発見、診断を主たる目的とする検査であり、今回問題となっている新型出生前診断もこの類型に属する。

 今回指針が定められた新しい検査法は、「母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査」と呼ばれ、母体血漿中に存在する胎児のDNAを解析して胎児の常染色体の数的異常を調べる方法である。母体血を使用する方法としては、これまでにも血液中のタンパク質を調べる母体血清マーカー法があったが、新方法は、胎児由来のDNAを用いる点で検査の精度が上がり(陽性的中率80~95%、陰性的中率99%といわれる)、迅速(2週間程度)、かつ羊水検査などに比べて母体に対する侵襲性もはるかに軽度である。この方法は、2011年にアメリカの会社によって開発、実用化されたものであるが、現在わが国にはこの検査の試料を分析する検査会社はない。そのため、すでに民間会社がわが国の医療機関とアメリカの検査会社との仲介を始めるなどの動きが出ている。

 出生前に胎児の疾病や異常を知りうることには、出生前を含めて早期に治療体勢をととのえることができること、あらかじめ親となる者に疾病や障がいを抱える子を持つことについての心構えを備えさせることができることなど、大きな意義がある。しかし、他方で、現時点において胎児治療が可能な分野はきわめて限定的であるため、現実には親によって人工妊娠中絶が選択されることが少なくない。わが国の母体保護法は、胎児の異常を理由とする中絶は認めていないが、「経済的理由」による中絶は可能であり(母体保護法14条1号)、実際には、これを適用して広く人工妊娠中絶が行われてきている。そのため、従来から、出生前診断全般について、胎児の生命保護という見地から、慎重な対応を求める意見が強かった。

 今回の指針でもこの点は強く意識され、十分な遺伝カウンセリングが可能な限られた施設で限定的に行われるにとどめるとし、施設が備えるべき要件、対象となる妊婦の基準、遺伝カウンセリングの内容などについて細かく定めている。このような指針の慎重な姿勢に対しては評価の声があがる一方で、この指針が、13番、18番、21番の染色体の数的異常を名指しして、それを検出するための検査の指針として作成されたことについて、日本ダウン症協会から、ダウン症であることが不幸であるとの誤った認識が形成されるおそれがあるといった懸念も示されている。

 この新型出生前診断の実施については、先に述べたように報道などで、すでに様々な角度から論じられており、ここで私がそれに屋を重ねる必要はないであろう。ただ、新型出生前診断の実施の許容は、あらためて、私たちに対し、遺伝的原因による疾病や障がいを負った人々を社会が受け入れ、本人およびその家族を支援していく覚悟を求めているということだけは述べておきたい。指針がいかに綿密な遺伝カウンセリングの実施を求めても、それに基づいて子を生むかどうかの決定は最終的に当該妊婦(とその夫)に委ねられる。その結果、綿密なカウンセリングのうえ自分で決定したのだから、生まれた子についての責任は生むことを決定した者が負うべきだ、あるいは中絶を選んだことによる精神的苦痛は中絶を決定した者が負うべきだといった、安易な自己責任論が出てこないとも限らない。

 重要なのは、遺伝子の変化に基づく疾患・病態や遺伝型を人の多様性として理解し、その多様性と独自性を尊重する姿勢(2012年9月1日産科婦人科学会声明)である。検査の位置づけや、障がいを持つことの意味の説明を含め、十分なカウンセリングを行うとするこの指針を社会が受け入れるということは、そのカウンセリングの上に行われた当事者の決定を社会として尊重し、また生まれてきた命に対しても支援をしていくということを意味しているのだということが忘れられてはならない。

岩志 和一郎(いわし・わいちろう)/早稲田大学法学学術院教授

【略歴】

担当科目:
民法III,臨床法学教育(家事・ジェンダー)I・II,生命科学と法,医事法I
出身校等:
早稲田大学法学部
早稲田大学大学院法学研究科
主な経歴・在外研究等:
ミュンヘン大学 客員研究員
主な研究/実務テーマ:
民法
医事法
ドイツ法
主要著書・論文等:
※「共著・編著」を含む
民法キーワード(有斐閣)
基本法コンメンタール[第4版]親族(日本評論社)
現代医療のスペクトル フォーラム医事法学II(尚学社)
親族法・相続法(尚学社)
相続法講義ノート(成文堂) 等