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鈴木 伸一(すずき・しんいち)早稲田大学人間科学学術院教授 略歴はこちらから

「新型うつ病」という言葉の功罪について考える

鈴木 伸一/早稲田大学人間科学学術院教授

「新型うつ病」とは

 「新型うつ病」という言葉が、テレビや新聞で取り上げられることが増えている。気分の落ち込みや無気力な状態を示す反面、たのしいことがあれば気分が高揚し、一見するとわがままなようにも見え、若者に多く、他罰的で、自分が病気であることを周囲の者や医師にすすんで報告する。このような状態像を表現する通称として使われる。また、「現代型うつ」「逃避型うつ」「未熟型うつ」などの表現もされることがあり、一般の人には、いろいろなタイプの新しいうつ病が登場したかのような印象を与えている。しかし、これらの「○○うつ」と呼ばれる病気は、現行の標準的な診断基準におけるうつ病のサブタイプとしては存在しない。日本うつ病学会(うつ病の診断と治療に関する専門学術団体)も、2012年に公表した「日本うつ病学会治療ガイドライン 大うつ病性障害2012ver.1(日本うつ病学会NEWS、 Vol.9、 2012)」において、“「現代型(新型)うつ」は、マスコミ用語であり、精神医学的に深く考察されたものではなく、治療のエビデンスもない”、と見解を述べている。

 つまり、「新型うつ病」に代表されるいくつかかの新しい名称は、現代社会にうまく適応できず、不全感を訴え、刹那的な自己防衛的態度に終始するかのように周囲から見えてしまう若者の状態を表現したものに過ぎない。それらの中には、もちろん何らかの精神疾患の診断基準に合致し、適切な治療が必要とされる者が含まれているが、一方で、周囲が、あるいは自分が「うつ病である」という認識を持つことで(そうではないのに・・)、本来ならば乗り越えていくべき成長のためのステップを先送りしてしまっているケースも存在するといえるだろう。

 このような混沌とした状況は、正しいメンタルヘルスの普及という観点からは、決して望ましいことではない。なぜなら、この十数年間、行政、医療機関、そして企業は、年間3万人の自殺者を出している日本の現状を打開するべく、連携しながらうつ病をはじめとする精神疾患の早期発見、早期治療、そして社会復帰の支援に取り組んできた。しかし、「○○うつ病」という言葉の登場によって、「結局、うつ病は、怠けているだけ、つらいことから逃げているだけ」という印象が広まりつつあり、これまで力を注いできたメンタルヘルスの基盤づくりに水を差しかねない状況が生じている。第二として、メンタルヘルスの本質的な命題は、病気の発見や治療ではなく、ストレス社会に負けない「人間力」や「折れない心」を育むことである。しかし、「○○うつ病」に限ったことではないが(たとえば、アダルトチルドレンや○○シンドロームなど)、特定の精神病理に関する「造語」が登場し、それらを連想させる状態が少しでもみられると(自分が感じると)、生活行動のすべてがそのラベルに帰属され、本人が持っている多様な可能性を矮小化してしまう。結果として、成長の機会や周囲からの本来得られるべき適切な支援が阻害されてしまうのである。

背景にある若者への危惧

 「新型うつ病」は、造語とはいえマスコミ用語として広く共感を得るのには、それなりの理由がある。そこには、未熟で傷つきやすく、困難を乗り越えようとする力強さが貧弱であり、ゲームやインターネットコミュニケーションなどの即時的なフィードバックには熱中するものの、中長期的な我慢と努力の結果としてでなければ得られない成果には興味を示さない、といった若者への危惧が背景としてあるのかもしれない。おそらくこのような「若者の危うさ」はいつの時代にも存在していたのかもしれないが、その危うさが故の失敗や困難を経験する中から「一人前」に成長していくプロセスが、個人の中にも社会の中にも、かつてはあったのであろう。しかし、「こども」が「おとな」へ成長していくプロセスを取り巻く、家庭、教育、そして社会環境が変化していく過程で、「一人前」になることを先送りするのを許してしまう(あるいは、黙認する、放置する)時代になってしまったのかもしれない。その詳細については、社会病理学者に委ねるとして、臨床心理学の専門家として強調したいのは、「こころのケア」の基盤をしっかりと整えることと、「現代社会を生き抜く人間力を育む」ことは相反しないということである。つまり、現代的な若者を「おとな」へと導くプロセスは、「しっかりしろ」と突き放すことではないし、ましてや腫れ物に触るように接することでもない。具体的な目標を示し、温かく導きながらも、しっかりと自分で責任を取ることの重要性を毅然として教えていくことだといえるだろう。個人主義やITコミュニケーションが社会全体に浸透し、「踏み込まない人間関係」が是とされるが故に、人間力を育む厳しさと温かさを兼ね備えた豊かな人間関係が持ちにくくなり、結果として、心身の不調のサインを見逃してしまう。さらには、心身の不調が発覚した後も、社会復帰の支援基盤となる豊かな人間関係が脆弱であるために、本人も周囲も「どうしたらよいかわからない」という状態で迷走するというケースが少なくないように思われる。このような若者と周囲の困惑が「新型うつ病」の正体なのかもしれない。

 「新型うつ病」という造語を、憂慮する若者像をラベリングするための「便利語」として見るのではなく、若者の危うさを改めて咀嚼し、人間力を育むための具体的策を考えるきっかけとして活用していく必要があるのかもしれない。

鈴木 伸一(すずき・しんいち)博士(人間科学)/早稲田大学人間科学学術院教授

【略歴】
東京女子医科大学心理士、綾瀬駅前診療所心療内科心理士、岡山県立大学保健福祉学部専任講師、広島大学大学院心理臨床教育研究センター助教授を経て、2007年より現職(国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所客員研究員および医療法人和楽会赤坂クリニック心理士を兼任)

日本行動療法学会常任理事、日本認知療法学会幹事、日本行動医学会理事、日本ストレス学会評議員、日本循環器心身医学会理事他

専門は、認知行動療法、行動医学、医療心理学、職場メンタルヘルス学
最近の主な研究・実践活動としては、職場のメンタルヘルスシステムの構築とうつ病休職者の復職支援、がんや心疾患をはじめとする重症身体疾患患者のメンタルケアとそのシステムの構築など

主な著書として、『実践家のための認知行動療法テクニックガイド』、『医療心理学の新展開』『学校、職場、地域におけるストレスマネジメント実践マニュアル』(いずれも北大路書房)、『うつ病の集団認知行動療法実践マニュアル』、『うつ病の行動活性化療法』(いずれも日本評論社)、『社交不安障害』(金剛出版)、『慢性うつ病の精神療法』(医学書院)など