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武井 寿(たけい・ひさし)早稲田大学商学学術院教授 略歴はこちらから

ファッションの奥深さを識(し)る
―アートとビジネスの出会い―

武井 寿/早稲田大学商学学術院教授

1.モードを学ぶ

 JR新宿駅南口から甲州街道沿いに歩いて8分ほどのところに文化服装学院がある。1923年の創立から90年の歴史をもつ服飾専門学校である。ここは、第2次世界大戦後、広く海外で活躍した多数のデザイナーを輩出している。同学院が男子に門を開いたのは1957年と言われる。著名なデザイナーの華々しい活動に目が向きがちであるが、女性が生きていくための服飾の技術を習得する学校であったという側面を私達は忘れてはならない。2011年10月から放送されたNHKの連続テレビ小説のコシノ姉妹とその母をモデルとした物語が人気を集めたが、ヒロコとジュンコは、後にKENZOブランドとして知られた作品を産み出した高田賢三とほぼ同じ時期の学院の卒業生である。コシノ姉妹の母は、戦争で夫を失い、洋装店を営みながら3姉妹を育てた。

 数年前のことになるが、筆者はゼミナールの学生と共に、同学院の内部を見学させていただく機会を得た。ミシンの実習など、家庭用のものとは異なる機械を使った縫製の地道な訓練がファッション教育の基本にあることをその際に学んだ。付属の服飾博物館の展示と共に、同学院には日本の繊維、アパレル、ファッションなどの歴史が凝縮して保管されていると感じた。それは「モード」の歴史と産業基盤の発展に他ならない。学院の学生たちは奈良で仏像を鑑賞して、襞などの微妙なフォルムを学ぶ時間をもつと聞いた。モードは1300年の時間を経て継承されている。

2.ユニクロの魂

 『考える人』という季刊誌がある。2002年に創刊し、最新号は2013年7月の夏号(特集「数学は美しいか」)である。同誌の単独スポンサーはユニクロで知られるファーストリテイリングである。同社会長兼社長の柳井正氏は、同誌が新潮社からの「地に足のついたシンプルな暮らしの中で、じっくりと物事を考えることをめざした雑誌を作りたい」という提案のなかから誕生したことを紹介し、「僕はスポンサーであることに誇りを持っているし当社の社員も意義を感じていると思う」と述べている(日本経済新聞2006年10月20日「こころの玉手箱」)。

 フリースブーム以降の爆発的成長と、今日での社会的存在感の大きさの故に、84年広島市に出店したユニクロ1号店が91年に閉店したことや、ウエア領域の拡張や野菜販売事業を図ったが撤退したことなどは人々の記憶にない。ユニクロの歩みは世間が想像するほど順風満帆ではなく、父親から店を継いだ柳井氏の生命を賭した挑戦であったことが伺える。前掲の日経新聞「こころの玉手箱」のシリーズは、柳井氏の心情が率直に語られたものとして興味深い内容であった。それによれば、同氏は、山口県宇部市の商店街のなかの紳士服店に育ち、父親を商売の先生として、小さい頃から強い影響を受けていた。そして、SPA(製造小売業)のヒントを得たのはユニクロ創業から2年後の86年の香港旅行であったとされる。

 その後の同社のヒット商品開発の背景に、素材メーカーである東レとの戦略提携があったことは広く知られている。機能性肌着ヒートテックはその典型例である。繊維事業の川上から川下までをつなぐ強力な体制が確立されたことは産業の大きな転換を象徴する出来事であった。

3.「虚」の豊かさ

 業種や規模の大小を問わず、作り手は売ることを考えたモノづくりが要請される時代を迎えている。ブランディングはそのための方策である。品質の良いものをつくって、誰かに頼んでその販売力で売ってもらうという段階を超えて、市場を踏まえた製品開発が当初から必要とされているのである。ファッション産業は、原料から製品化までの工程が長く、複雑で、しかも流行の移ろいがあるため、当たりはずれの命運にさらされてきた。ITの進歩は、企業間での素早い情報の処理と共有を可能にすることによって、流行を素早く導入し、短期で売るという、早さと安さを特徴としたファストファッションの急成長をもたらし、若者の人気を得ている。

 ファッションはモノに意味を付与し、人々の意識を捉え、時代をリードする特質を備えている。イメージとは「実」に対する「虚」の世界である。日常会話を録音しただけではハートに届くドラマとはならないように、「虚」の世界を演出するにはそれに適した表現の工夫や装置が必要である。「虚」の豊かさが「実」の意味を招来するとすら言えよう。ファッションを識るためには、日常生活を深く味わい、考えること、歴史に学ぶこと、そして受け皿としての私達の教養を磨くことが必要と言えよう。

武井 寿(たけい・ひさし)/早稲田大学商学学術院教授 博士(商学)

【略歴】
1954年生まれ。早稲田大学商学部卒業。早稲田大学大学院商学研究科博士後期課程修了。
大分大学経済学部、神奈川大学経営学部教員を経て、1993年より早稲田大学商学部助教授、1995年より同教授。主要著書として『解釈的マーケティング研究』 『現代マーケティング・コミュニケーション』(いずれも白桃書房刊)がある。専門はマーケティング理論。日本商品学会会長。