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太田 俊二(おおた・しゅんじ)早稲田大学人間科学学術院教授 略歴はこちらから

極端な気象現象がもたらす日本の食卓の変化
~気候変動適応策の必要性

太田 俊二/早稲田大学人間科学学術院教授

 食料生産の基本は農作物にあり、その出来は気候によって左右されることは容易に想像がつく。それゆえ、われわれの食卓に直結する将来の地球気候の温暖化やそれに付随する気象現象に関心をもつ読者も多いことであろう。注意していただきたいのは、異常気象という用語の濫用である。気象学的には、ある地域に約30年に一度生じる特異な気象現象のことを指すため、一見異常と思われる気象現象の多くは「極端現象」と呼ぶほうが的確である。

作物や家畜も人間と同様に熱中症にかかる

 日本付近で最近生じている気象の極端現象のうち、読者のみなさんが真っ先に思い浮かべるのは夏の猛暑、酷暑であろう。とくに日中の極端な高温によって、熱中症をはじめ人間の健康にも直接的な被害が出ている。これと同様のことは作物や家畜にも生じ、農業気象学や植物生理学では高温障害と呼んでいる。高温障害は日中の高温(つまり日最高気温)もさることながら、夜間から明け方にかけての温度(つまり日最低気温)の大幅な上昇によって生じることがわかってきている。夏季には開花障害、また植物は冬季の一定期間低温に曝される必要があるため発芽障害が生じるようになった。

 加えて、高温障害は収量にも影響を与える。植物は光合成によって物質生産し、そのうちの一部を自らの呼吸によって失っているため、正味の生産量はそれぞれの差分(純一次生産)である。光合成はある最適な温度で最大となる一方で、呼吸量は温度の上昇とともに指数関数的に増加するので、一定以上の温度になると純一次生産は急激に低下する。温暖化で気候が暖かくなるから生産性が向上するというのは誤りである。さらに、高温障害は、生産力の減少だけでなく作物の品質にも影響してしまう。たとえば、イネは出穂後二週間程度の高温に曝されると米の内部が白く濁ってしまう白未熟粒となる。記録的な高温の夏であった2010年は日本全国で平均気温が高く、28~29℃にも達していたために、白未熟粒が大量に発生し、各地の一等米比率は大幅に低下した。以前は、九州の暖地農業の一等米比率は非常に高く、東北や北海道では冷害によって低い状態にあったが、最近では完全に逆転し、北日本のイネの品質は上昇、西日本は低下傾向にある(図1)。

図1.北日本と西日本の一等米比率の時間的推移(農水省のデータをもとに作図した)

 2010年夏の高温の原因は、太平洋東側の海水温が低下するラ・ニーニャの状態にあり、大気-海洋間のエネルギー収支が平年とは異なったことにある。同じ理由で2009~2010年の冬季の日本付近は厳冬であり、北海道を中心とした秋蒔きコムギは春先の低温による穂数の増加と夏季の高温による登熟期間の短縮のために3~4割も減収であった。また、温州みかんやリンゴなどの果樹にも着色障害が生じた。これは人間で言えば日焼けであり、果樹の経済的価値を下げることである。2010年の高温のその他の影響としては、家畜の体重の変化、牛乳生産量の低下も平年と比べて顕著であった。

海面水温の上昇は水産資源を移動させ、水災害を増加させる

 私たちの食べ物は陸域だけでなく、海洋などの水界からも得られる。最近の日本近海の海面水温は長期的に上昇傾向にあり、とくに日本海中部域では顕著で、100年で1.7℃以上である。秋~冬にかけての北陸地方の大気は不安定で、雷が多い。これは同時期の日本海の水温が陸域の気温よりも高く、その上空に寒気が入るからである。もともと高い水温が平年よりもさらに高くなることにより、東シナ海で漁獲されてきたサバ科の暖海性のサワラは、1990年代後半から日本海で豊漁となり、ここ数年では若狭湾が日本の最大の漁場となっている。反対にスルメイカの漁獲高は本州の日本海沿岸域で大きく減少してしまった。

 一方で、ここ数年の日本の夏には何日も続く豪雨災害が頻発している。作物被害は豪雨水害に見舞われると温度要因以上にその地域の収量は大きく減少し、農業従事者の生活を脅かしてしまう。この集中豪雨の原因も海面水温の上昇にある。2012~2013年夏の日本近海の海面水温は28℃以上に達し、地球上の海面水温ではほぼ最高値であり、インド洋などの熱帯の海水温とほぼ同じである。近年の海面水温上昇の理由はまだ完全に解明されていないが、地球規模の温度上昇によって大気が暖められ、熱容量の大きい海洋が大気中の熱を吸収したと考えられる(最近の海面上昇の主要因はこのときに生じる熱膨張にあり、氷の融解ではない)。

 この高水温による湿潤な空気が特定の場所に集約すると大雨になる。一般に、中緯度に位置する日本の気象現象の多くは西から東へ周期的に動く偏西風の蛇行によって説明できる(図2)。なんらかの理由で蛇行する波動が大きくなり過ぎ、くぼみがつくられると、偏西風の大きな流れから切り離されて気圧配置が固定される(ブロッキング)。今年7月下旬から8月には、朝鮮半島付近に偏西風のくぼみができることによって前線がブロックされて停滞し、低気圧に向かって周辺の高温の海水が蒸発した水を含む空気が西日本から日本海側の東北地方に次々と押し寄せた。これを湿舌と呼び、何日も雨が降り続くことになった(図3)。

図2.偏西風の蛇行(極方向からのポーラージェットと低緯度方向からの亜熱帯ジェットの二つの大気の流れから形成されるため、北極を中心に蛇行する)

図3.夏の日本付近の気圧配置

 2012年、2013年の夏に日本各地の集中豪雨は上記のような仕組みで生じている。今年だけでも、山口、島根、鳥取、石川、新潟、愛知、秋田など一見無関係にみえる集中豪雨は一つの理由で説明できるのである。集中豪雨は比較的狭い範囲に生じるため、それにともなう減収や品質低下は日本全体の食料生産と比べると小さいものの、露地物の産地の場合には一時的に供給不足となり、価格高騰を招いてしまった。

地域ごとの適応戦略の必要性

 いままで述べきたことは、ここ数年の日本で生じている気象の極端現象と農業や水産業の変化であり、長期的には負の影響がさらに多く、脆弱になると予測されている。その原因が人間活動由来の地球温暖化にあるかどうは別として、気候変動の影響はすでにわれわれの身近に高い頻度で起こっている。これは受け入れるしかない。

 このような極端現象に関わる脆弱性を少なくする方法には緩和策と適応策がある。われわれ科学者は個々の地域ごとにどのような気候変動による脆弱性があるかをある範囲をもって予測し、市民や政策決定者はその結果を受け入れ、望まない現象に適応するにはどうすればよいのかを考えねばならない。2010年度から文部科学省は気候変動適応研究推進プログラム(Research Program on Climate Change Adaptation: RECCA)をスタートさせ、その科学的成果は今後の日本の食料政策を検討する上でも重要なものとなるだろう。単に、気候変動や極端現象を止めるために低炭素社会をつくろう、ということだけでなく、農業・水産業の脆弱性を受け入れ、それらに適応する策を国や自治体がなるべく早くもつことが必要である。

太田 俊二(おおた・しゅんじ)/早稲田大学人間科学学術院教授

【略歴】
愛知県新川町(清須市)生まれ。1991年早稲田大学人間科学部人間基礎科学科卒業、1996年早稲田大学大学院人間科学研究科生命科学専攻博士後期課程修了、博士(人間科学)。1996年早稲田大学人間科学部・助手、1999年山梨大学工学部循環システム工学科・助教授、2001年早稲田大学人間科学部・助教授を経て現職。

【本稿に関連する主な著書・論文】
太田俊二ほか編(2010)「からだと温度の事典」朝倉書店,「食」編の編集,640p.
太田俊二(2009)「変化する気候と食料生産-21世紀の地球環境情報」コロナ社,213p.
Ohta S. & Kimura A.(2009)The effects of plant growth on the temperature of paddy waters. Journal of Agricultural Meteorology 65: 167-178.
Ohta S. & Kimura A.(2007)Impacts of climate changes on the temperature of paddy waters and suitable land for rice cultivation in Japan. Agricultural and Forest Meteorology 147: 186-198.