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竹村 和久(たけむら・かずひさ)早稲田大学文学学術院教授 略歴はこちらから

“ベストチョイス”を求めすぎることは逆効果
 ~日本社会が陥りがちな罠~

竹村 和久/早稲田大学文学学術院教授

 個人の進路の決定、政策の決定などより重大な局面を持つ決定に至るまで、意思決定をしないということはない。人生における実践的営みを考えた場合、「意思決定」ということがかなり重要な概念になってくることがわかる。現在の我が国における所謂アベノミクスが成功した場合、消費者心理が購買を促進して、消費が拡大することになる。このような中では、消費者の意思決定の機会はますます増えるだろう。また、世界のグローバル化が進むにつれて、自由な選択がますます可能になり、意思決定の機会が増えていくだろう。

 このような状況の中で、どのようにしたらベストな意思決定ができるのかという志向性がますます高まっている。例えば、「コスパ」重視とか、「ベストチョイス」、「ベストパートナー」を探すとか、そういう動向の中にもそのことはあらわれている。また、経済学で伝統的な効用理論や社会的選択理論においても、意思決定主体がベストな選択をするということが不可欠の要請になっている。私は、ベストな意思決定ができることを望むことは、まったく当然のことであると思うが、しかしながら、ベストな意思決定を追及しすぎることには社会的な弊害があることを述べたい。その主な理由は、ベストな意思決定を追及することは、お金や形式的な手続きのような単一の属性(条件)だけで、決定せざるを得なくなってしまい、本末転倒なことが起こるからである。グローバル化と同時にこのベスト志向が同時に進むと社会の多様性が増えるどころか、価値次元の単一化が起こって、本来の意味での合目的な意思決定ができなくなってしまうと考える。

 多くの意思決定状況では、価格だけでなく、製品の品質やデザインなどの多くの属性を考慮する構造になっている。これまでの理論的研究では、2属性以上の意思決定において、考慮する属性の多次元性や、パレート性などのいくつかのもっともらしい仮定を入れた形でも、仮定と矛盾する単一次元での意思決定などを除いて不可能であることが明らかになっている(竹村,2011)。このことは、経済学者のアロー(Arrow,K,1951)が、民主主義の仮定と、合理的な社会的意思決定が矛盾し、独裁制を許すとベストな意思決定ができることを証明した一般可能性定理の帰結と非常に類似した構造になっている。

 ひとつの属性だけによる意思決定は、意思決定を合理的な形式で導けるかもしれないが、独裁制と同様に、危険な側面がある。例えば,東日本大震災による復興政策を考える場合に、経済的効率の次元のみで政策を決めたりすることは、必ずしも「よい」意思決定とは言えない。実際のところ、多くの人々は、極めて重大な意思決定においてのほうが、単一の属性次元での意思決定の結論を引き出しやすいが、このことは、非常に危険である。実際、震災直後には、人命をほとんど考えずに復興のための国債発行を渋るエコノミストや政治家が結構おり、社会に一定の影響力を持っていた。また、現在でも、組織の業績を形式的な手続きの合理性(例えばアカウンタビリティーやコンプライアンスなど)のみで判断を行おうとする組織人は多い。例えば、事務上の手続き合理性を重視して、人命が救えないとか科学技術が発展しないようなことが起こっているように思われる。このような傾向は、社会のグローバル化と同時にますます強くなると思われる。したがって、日本以外でもこのような傾向はあると思われるが、比較的真面目にものを考える傾向の強い日本人社会が、ベストな意思決定ということを社会的に追及すると、必然的に価値の単一次元化は進行すると思われる。

図1 多属性意思決定の眼球運動解析 (SR Research社製 Eyelink1000 Remote)

 なぜ人々は,一次元的な属性をもとに意思決定をしやすいのだろうか。一次元的な評価をすると、合理性の諸条件を満足する最適な選択肢が見つかりやすいので、心理的に納得がいく。すなわち、人々は、客観的な認知を歪ませて他の属性情報は考慮せずに決めていることがある。このような現象の背後には、私は、注意の焦点化という心理学的性質があると考えている。注意の焦点化というのは、言語的メッセージや映像的表現などによって、特定の属性に注意が集中して、その注意が集中した属性の評価に基づいて、意思決定がされやすくなることである。これまでの我々の意思決定過程についての研究知見は、人々の意思決定過程が実際に一部の属性にのみに基づいて意思決定しやすく、選択肢が多いほど、感情が高ぶっているときほど、その傾向が顕著になることを明らかにしている。このような決め方は、我々が用いる情報取得過程を分析する眼球運動測定装置(図1)やその意思決定中の意識を会話してもらう言語プロトコル法でもよく観察されている(Takemura,2014)。

 ベストな意思決定を追及することは、前述した価値の単一化の問題だけでなく、人々の幸福感につながらず、ある研究では、逆に幸福感を下げるという結果も出ている。また、ベストな意思決定を追及することは、マニュアル重視や、形式主義的な意思決定を促進して、人命を救わない意思決定を導くという場合もあるという調査結果も我々は得ている。このようなことから、ベストな意思決定を追及すること、形式的合理性を不可欠のこととして社会設計を考える思想には私は、極めて危険性を感じる。人間の社会生活の営みにおける意思決定は、形式的合理性より、第一に多次元性、多目標性を考慮すべきと考える。

文献

Arrow,K.J.(1951).“Social choice and individual values". Wiley.
Takemura,K.(2014).“Behavioral decision theory: Psychological and mathematical desicriptions of human choice behavior". Springer Verlag.
竹村和久(2011)多属性意思決定の心理モデルと「よい意思決定」 オペレーションズ・リサーチ,56(10),583-590.

竹村 和久(たけむら・かずひさ)/早稲田大学文学学術院教授

【略歴】
1960年生まれ、早稲田大学文学学術院教授,早稲田大学意思決定研究所所長,早稲田大学理工学術院総合研究所兼任研究員、早稲田大学消費者行動研究所兼任研究員、早稲田大学高等研究所運営委員、関西大学ソシオネットワーク戦略研究機構運営委員。東京工業大学博士(学術)、北里大学博士(医学)。1989年光華女子短期大学講師,1992年筑波大学社会工学系(現システム情報工学研究科)講師,1995年同助教授,1999-2000年カーネギーメロン大学社会意思決定学部フルブライト上級研究員,2002年より早稲田大学教授。社会的状況での人間の判断と意思決定に関する心理実験,調査,モデル化を行う研究を行っている。2002年日本行動計量学会優秀賞(林知己夫賞),2003年日本感性工学会優秀論文賞受賞.2010年日本社会心理学会出版賞。日本行動計量学会理事,日本消費者行動研究学会理事・編集委員,日本心理学会編集委員、日本感性工学会評議員・編集委員、日本行動経済学会編集員。