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棚村 政行(たなむら・まさゆき)早稲田大学法学学術院教授 略歴はこちらから

親子関係とDNA鑑定
-法的親子関係を血縁で決めてよいのか?

棚村 政行/早稲田大学法学学術院教授

 日本では、もともと「血は水よりも濃い」との血縁重視の伝統もあれば、「産みの親より育ての親」という養育重視の見方もあって、いずれの考え方も尊重されてきた。しかしながら、DNA鑑定や医療技術の進歩は、夫婦親子の関係についても、大きな変化をもたらしつつある。たとえば、2013年12月、離婚した芸能人夫婦の16歳の長男がDNA鑑定の結果、父親と血縁関係のないことが明らかになり、双方の弁護士が話し合って、母方の祖母が長男の面倒を見ることになって、大きな話題になった。また、2013年11月には、出生直後に産院で別の新生児と取り違えがあったことがDNA鑑定で明らかになったとして、都内の60歳の男性が産院を訴えた訴訟でも、遺産相続をめぐる争いがきっかで、DNA鑑定の結果が尊重された。さらには、西日本の30歳代の夫婦が、夫が単身赴任中に、別の男性の子を妊娠し出産したとして、生まれた子と父子関係がないことの確認を求めて提訴し、2012年4月、一審は、DNA鑑定の結果を重視し、また2012年11月、二審は、子が小さく、妻の交際相手を「お父さん」と呼んで暮らしている事実も考慮して、妻からの夫との父子関係不存在確認の訴えを認めた。

 ところで、民法では、結婚している夫婦の間で妻が妊娠した場合に、結婚道徳や医学的統計を信頼して、夫が生まれてきた子の父であると推定する規定を置いている。しかし、父子関係は、原則として、自分の子と承認したり、また夫だけが子の出生を知ってから1年以内に嫡出否認の裁判を求めない限り、たとえ真実の血縁関係がなかったとしても、永久に争えなくなる。このような厳格なルールを設けた理由は、家庭の平和や夫婦のプライバシーの保護、子の地位の早期確定なども併せて考えてのことだった。また、結婚外で子が生まれた場合には、父が自発的に行う認知の届出、または裁判認知という方法によるしかない。そして、民法では、認知の届出をした者は認知を取り消すことができないとか、胎児を認知するには母の同意、成人の子を認知するには本人の同意が必要だとか、子その他利害関係がある者からは認知の無効を主張することができるなどと様々な制約を設けている。このような法の仕組みを見ると、必ずしも法的親子関係は遺伝的な血縁だけで決められるわけではないことがわかる。

 そもそも、民法の骨格が作られたのは、家父長制的な「家」制度や長男が「家」の財産を継ぐものとされていた家督相続制度のあった115年以上前に遡る。この当時は、個人の幸せより、男系の血縁集団としての「家」の存続維持発展が最重要視されていた。また、離婚や再婚なども少なく、ましてや血液型、DNA鑑定など科学的な親子関係の鑑定方法なども存在しなかった。人工授精、体外受精、代理懐胎、死後懐胎などの生殖補助医療などもあるわけでもなかった。もちろんわずか500グラム未満の超未熟児が助かるなどという医学的レベルにもなかった。これに対して、現代では、DNA鑑定についても、犯罪の科学的捜査や真犯人の割り出しのためだけではなく、鑑定方法として、親子関係がほぼ100%に近い確率で明らかにできるようになった。しかも、口内の粘膜や毛根のついた髪の毛、血液などわずかなヒトの試料を使って、DNAの配列が調べられるようになったために、多くの民間業者が参入してくるようになった。経済産業省によると、日本国内でDNA鑑定などの遺伝子検査ビジネスに従事する業者は、2009年には340社だったのが、2012年には740社と2倍以上に増えている。鑑定の費用についても、数万円から10万円台が多いが、インターネットで申し込み、試料を自分で採取して郵送するだけで簡単にできると1万円台の低料金を売りにする業者もでてきた。しかしながら、海外の検査業者に出して、データ結果の誤訳から判定自体を間違えたり、ずさんな検査のために再鑑定が必要だったりするケースもでている。

 このような状況のなかで、2013年12月、最高裁判所は相次いで、法的親子関係に関する判断を下した。一つは、性同一性障害で性別の変更をした男性が結婚して、妻がAID(第三者提供精子による人工授精)を受けて生んだ子について、性別の変更をした夫(元女性)は、生殖能力を欠いているし、遺伝的血縁関係は存在しないから、法律上の父子関係は認められないとしていた一審、二審の判断を取り消して、民法772条で妻が生んだ子は夫の子と推定されるので、法的親子関係は認められると判断した。また、二つ目として、2014年1月に、フィリピン人女性と結婚した男性が、結婚前に別の男性との間にもうけた女児について、自分の子でないことを知りながら認知したところ、別居状態となったために、女児への認知は無効だと争ったケースで、最高裁判所は、事実に反する認知届出をした者も、自ら認知の無効を主張できると判断した。

 性同一性障害の夫婦のケースでも、認知無効を許すかどうかの事案でも、自然的血縁を重視すべきか、子の生活や福祉も考慮して判断すべきかで、裁判官の判断は微妙に揺れた。社会や家族が大きく変化する中で、多様な家族のかたちが生まれ、DNA鑑定での科学的な親子関係の鑑定方法は著しく進んだ。しかし、他方で、法的親子関係は自然的血縁で決めてよいのか、それとも親子としての生活事実や絆・子の幸せなどを考慮すべきか、DNA鑑定に一定の歯止めは必要ないのかも問われている。これらの一連の事件は、親子とは何か、家族とは何かという根源的な問題が問い直される時代が確実に到来したことを示している。

棚村 政行(たなむら・まさゆき)/早稲田大学法学学術院教授

【略歴】
早稲田大学法学部、大学院法学研究科博士後期課程満期退学。青山学院大学法学部教授を経て、現在、早稲田大学法学学術院教授。
家族〈社会と法〉学会理事、宗教法学会理事、ジェンダー法学会理事。
日本学術会議連携会員、大学評価学位授与機構・法科大学院認証評価委員会評価委員、東京家庭裁判所参与員・調停委員等、弁護士。

主要な著書:
『結婚の法律学(第2版)』(有斐閣、2006年)、『夫婦の法律相談(第2版)』共編著(有斐閣、2010年)、『民法7親族・相続(第2版)』(有斐閣、2010年)、『ライフステージと法(第6版)』共著(有斐閣、2012年)、『子どもと法』(日本加除出版、2012年)、『面会交流と養育費の実務と展望』(日本加除出版、2013年)等