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遠藤 功(えんどう・いさお)早稲田大学商学研究科教授 略歴はこちらから

都合の悪いものが見える、本当の「見える化」

遠藤 功/早稲田大学商学研究科教授

 ビジネスの現場で以前から使われている「見える化」という言葉が、他の分野でも広く使われるようになってきた。特に顕著なのが、行政の分野である。たとえば、内閣府男女参画局のホームページには、「女性の活躍『見える化』サイト」が開設されている。従業員、管理職、役員に占める女性比率や産休・育休取得者数、育休休業復帰率などの数字が企業別に公表されている。上場企業3552社中1150社のデータが公表されている(2014年2月14日現在)。女性の活躍を推進するために、各企業の現状を見えるようにし、各社の主体的な取り組みを加速させようとする仕組みだ。

 神奈川県は平成25年度から「見える化」に取り組んでいる。行政運営の透明化を図り、健全な運営を進めるために、ホームページ上で「会計の見える化」「県公共施設の見える化」「県民利用施設の見える化」を公開している。業務運営の状況を透明にすることによって、コスト意識の醸成など組織マネジメントに役立てるのが目的だとしている。

 こうした取り組み自体はけっして悪いことではない。様々な情報をオープンにし、誰でもアクセスできる環境を整えることによって、透明性を確保し、情報格差を是正することは大切なことだ。

 しかし、ビジネスの現場で生まれ、育まれてきた「見える化」は、こうした情報公開的な「見える化」とはまったく異なるものである。「見える化」の原点は自動車会社の製造ラインに組み込まれた「アンドン」という仕組みだと言われている。「アンドン」という名称は、灯をともす行燈から由来している。

イラスト:加賀美康彦

 自動車を組み立てる製造ラインには「ひもスイッチ」と呼ばれる紐が垂れ下がっている。組み立て作業を行っている作業者は、通常はこの紐を気にする必要はないが、作業が遅れたり、部品の品質不良など何か異常を発見すると直ちにこの紐を引っ張ることが義務付けられている。

 紐を引くと、天井から吊るされた「アンドン」(電光掲示板)に黄色い灯がともる。これによって、現場にいる他の人たちも作業の遅れや異常の発生に気が付く。作業者自身が製造ラインで起きた問題や異常の発生をリアルタイムで「見える」ようにしたのである。

 異常の発生を知った班長は直ちに作業者のところに直行する。そして、作業者たちから話を聞き、状況を把握した上で、問題解決の対策を講じる。これが日常的に繰り返されている。

 日本の自動車メーカーでは「品質は工程でつくり込む」と言われている。組み立て工程で発生する問題はたとえ製造ラインを止めてでもその場で解決し、品質を担保する。問題の先送りは絶対にしない。こうした品質へのこだわりと地道な現場での取り組みがあってこそ、世界最高品質の自動車はつくられている。「見える化」はそれを支えるなくてはならない仕組みなのだ。

 製造ラインで起きている問題や異常は、それを担当している作業者しか見えていない。それを放置したり、隠したりすれば、それはやがてより大きな問題へと発展してしまうリスクを秘めている。たとえ小さなことでも何か問題や異常があれば、それをひとりで抱え込まずに「見える化」し、他の人たちに気付いてもらい、助けてもらうことが大事なのだ。

 しかし、これはけっして簡単なことではない。現場の作業者が自分のところで起きている問題や異常を「見える」ようにするのは抵抗がある。日本の自動車メーカーの海外工場では「見える化」の仕組みを導入しても、当初はなかなか「アンドン」に灯がともらないという。自分の責任になってしまうのではないかと心配するからだ。それくらい都合の悪い情報、ネガティブな情報をオープンにするのは難しい。

 しかし、都合の悪いネガティブ情報だからこそ早期に「見える化」し、衆知を集めて対策を講じることが大切なのだ。日本の自動車メーカーでは問題や異常の「見える化」ではなく、問題や異常の「兆候の見える化」に取り組んでいる。問題や異常はいきなり起きるのではない。その前に必ず何らかの「兆候」があるはずだ。それに気が付き、先んじて「見える化」することによって、問題や異常の発生を未然に防ぐことができる。大事なのは今起きていることをタイムリーに「見える化」し、その瞬間瞬間に適切な手を講じていくことである。

 過去の情報やデータを「見える化」することは、単なる情報公開にすぎない。大量の情報を公開することにあまり意味はない。人間の処理能力を超えた大量の情報を公開することは、情報の「洪水」をもたらし、かえって「見えない化」になってしまいかねない。今、多くの行政機関が取り組んでいる「見える化」はその域を脱していない。

 大事なのは、自分たちにとって都合の悪い情報、ネガティブな情報に敢えて絞りこみ、タイムリーに「見える」ようにすることだ。そして、衆知を集め、先手先手で対策を講じ、行政の品質をつくり込んでいくことだ。都合の悪いものを見えるようにする仕組みこそが、真の「見える化」である。

遠藤 功(えんどう・いさお)/早稲田大学商学研究科教授

【略歴】
早稲田大学ビジネススクール教授
株式会社ローランド・ベルガー会長
早稲田大学商学部卒業。米国ボストンカレッジ経営学修士(MBA)。
三菱電機株式会社、米系戦略コンサルティング会社を経て、現職。

早稲田大学ビジネススクールでは、経営戦略論、オペレーション戦略論を担当し、現場力の実践的研究を行っている。
また、欧州系最大の戦略コンサルティング・ファームであるローランド・ベルガーの日本法人会長として、経営コンサルティングにも従事。戦略策定のみならず実行支援を伴った「結果の出る」コンサルティングとして高い評価を得ている。株式会社良品計画社外取締役。ヤマハ発動機株式会社社外監査役。

主な著書に「現場力を鍛える」、「見える化」、「ねばちっこい経営」 、「プレミアム戦略」 、「現場力復権」(いずれも東洋経済新報社)、「『日本品質』で世界を制す!」、「伸び続ける会社の『ノリ』の法則」、「『IT断食』のすすめ」、「現場女子-輝く働き方を手に入れた7つの物語」(いずれも日本経済新聞出版社)、「日本企業にいま大切なこと」(PHP研究所)、「未来のスケッチ」、「新幹線お掃除の天使たち」(いずれもあさ出版)、「課長力」(朝日新聞出版)、「経営戦略の教科書」、「現場力の教科書」(いずれも光文社)、「図解 最強の現場力」(青春出版社)、「行動格差の時代」(幻冬舎)、「言える化」(潮出版社)、「賢者のリーダーシップ」(日経BP社)などがある。
「現場力を鍛える」はビジネス書評誌「TOPPOINT」の「2004年読者が選ぶベストブック」の第1位に選ばれた。「見える化」は2006年(第6回)日経BP・BizTech図書賞を受賞。

遠藤功ホームページ
現場千本ノック-現場力を追い求めて