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後藤 春彦(ごとう・はるひこ)早稲田大学理工学術院教授 略歴はこちらから

「新国立」は、成熟社会の試金石となりえるか

後藤 春彦/早稲田大学理工学術院教授

 いま、日本の建築界には、「新国立」というどんよりとした暗雲が立ちこめている。それは「国立」という愛称で親しまれたアスリートの聖地「国立霞ヶ丘陸上競技場」の建て替えにまつわる一連の騒動である。

新国立競技場デザインコンクールの経緯

 「新国立」とは、日本スポーツ振興センター(JSC)が「世界一をめざす」とのスローガンのもとに再建をすすめている8万人収容の全天候スタジアムである。再建の二つの前提は、第一に、陸上競技のみならずサッカー、ラグビー等の球技の国際基準を満たすこと。そして第二に、高額の維持費を捻出するために大規模なコンサートなどの開催を想定した遮音性を有する開閉式の屋根に被われたものとすることである。しかしこれらの前提は、可動とは言っても大屋根の下で芝生を育てるような根本的な矛盾を孕むものだった。

 2012年7月、「新国立競技場基本構想国際デザインコンクール」(JSC主催)の名の下で国際設計競技がはじめられた。ただし、今回は設計者ではなく、デザイン案とデザイン監修者を選定するもので、正式な建築設計競技とは言い難いものだった。しかも、応募者は国際的な建築賞の受賞者ないし15,000人以上収容のスタジアムの設計経験者に限定され、実績の無い者には門戸が閉ざされていた。一方、公募期間は2ヶ月間ととてもタイトなスケジュールで、応募者に要求された図面は少なく、特に、模型等の提出は義務づけられなかった。最終的に、全46作品の中から、イラク生まれの女性で英国在住の脱構築主義建築家のひとりである Zaha Hadidの案が、『強いメッセージ性を有し、日本の技術力を世界に発信する作品』として最優秀に選ばれた。この案をもとに基本設計・実施設計を担当する新たな設計共同体がその後の公募型プロポーザルを経て組織され、彼女の主宰する設計事務所Zaha Hadid Architectsが基本設計・実施設計から工事監理に至るまでのデザイン監修をすることになっている。

図1 「新国立」デザインコンクールZaha Hadid 案(2012年11月)

 公表された鳥瞰図(図1)によれば、「新国立」案は巨大な流線型のフォルムで、敷地を越えて触手のように延びた空中デッキなどを見る限りでは実現可能性に乏しく、本当にこれが神宮外苑に出現するのか、私を含め多くの者が半信半疑だったに違いない。しかし、その後、日本建築界の指導的立場にある建築家の槙文彦さんの問題提起(2013年8月)を皮切りに、2020年夏のオリンピック、パラリンピックの東京開催が決定したことにより注目を集めるところとなり、建築関係者のみならず市民団体などからも「新国立」案に異を唱える意見が噴出している。

新国立競技場の抱える課題

写真1 「現国立」路上にはみ出ている観客スタンド(2014年6月)

 さて、この案に対する建築美学論争は建築界として徹底すべきであると思う。しかしその他に、計画案のボリュームが巨大であること(80,000人収容、延べ床面積290,000㎡)や建設コスト、維持コストがかさむことなどの経済的な点からも多くの疑問が投げかけられている。さらに、より深刻な課題として、神宮外苑という歴史的風致地区における開発の正当性の不在が指摘されている。これまでにも、日中戦争勃発により返上された1940年の幻の東京オリンピックのメインスタジアムの立地選定にあたり、当初、神宮外苑が予定されていたが、今回と同様に風致保存の視点からの大議論があり、最終的には駒沢に変更された経緯がある。もちろん、1964年の東京オリンピックの際には、神宮外苑の現在地がメインスタジアム(50,000人収容)となったが、観客スタンドの一部は道路上にはみ出しており(写真1)、敷地の手狭さはすでに実証されていたとも言える。その上、今回は、周囲の空地不足による防災避難面の脆弱さの解消と観客動線の確保を理由に、都営霞ヶ丘アパート120世帯の立ち退きが計画の前提とされたことも問題視されている。

 このように「新国立」のもたらした暗雲はコンペティションのプログラムの重大な欠陥から沸き起こっていると言わざるを得ない。そう、「新国立」は初期設定の段階から深刻な課題を抱えていたのだ。

 更に加えて、主催者であるJSC側の情報公開不足と設計競技のあり方に対する認識不足が混乱を増長させていると指摘できる。一例を挙げるならば、2012年秋に実施された「デザインコンクール」の選考過程が公表されるまでに1年半もの歳月がかかっている。また、計画諸元などのコンペ要項があまりにも杜撰であったこと、東京の風致地区の第一号に指定された神宮外苑について海外からの応募者に対する説明がなかったこと、周辺環境との景観的調和を検討するための模型等を要求しなかったこと、二次審査においてヒアリングが実施されなかったこと、外国人審査委員が審査会に参加していなかったことなど、多数の不備が指摘されている。

社会的公共空間としての新国立競技場

 これまでの課題認識を踏まえて、俯瞰的に「新国立」問題を眺めてみたい。まず、このような国際的で象徴的な建築という創造的行為に対して、国際設計競技を含むプログラムから、基本構想、基本設計、実施設計、施工監理、施設運営までの一貫したプロセスを包括的にマネージメントできる職能がわが国に育っていないことが露呈したと言えよう。

 つぎに、一連のプロセスへの市民や関連する職能領域からの参加をはじめとしたガバナンスのシステムがまったく組み込まれていないことも大きな課題だった。こうしたプロセスがきちんとデザインされ、段階ごとに国民的議論の場が用意されることによって、より成熟した社会の形成に貢献できたのではなかろうか。

 今回の「新国立」は、Zaha案がとても前衛的であったがために、普段は隠れて見えない水面下の社会的課題までも出現したことをあえて好機と捉えたい。

図2 「新国立」基本設計 案(2014年5月)

 2014年5月に公表された「新国立」の基本設計案(図2)はZahaによる当初案とは似て非なるものになっている。国際基準に基づくスタジアムは要求性能が厳しく、結局、誰が設計しても大同小異とも言える。もし、JSCの示した「8万人収容」と「全天候」の緩和が可能であれば、経済的、技術的、景観的に課題を含む開閉式の屋根は諦めてはどうだろう。オリンピック入場式のための8万人の観客席の一部は木造による再利用可能な仮設にするなどの工夫のもとに、オリンピック終了後には外苑という風致地区にふさわしい適正規模に「減築」されるような伸縮自在な競技場への設計変更を期待したい。これこそが縮減社会を具現するもので、世界への日本発のメッセージとなり得る。同時に、「新国立」をすすめる前提として、神宮外苑の諸施設の更新も含む全体的な風致地区の将来計画も関係団体の協議の上で描かれるべきである。

 これまで「新国立」は、その規模は大きいものの建築単体の課題として扱われてきた嫌いがある。しかし、「新国立」を単なる「国立霞ヶ丘陸上競技場」の建て替えではなく、成熟した市民社会における社会的公共空間を生み出す試金石と捉え直すことはできないだろうか。建築の職能団体のみならず歴史学や社会学や政治学ほか多くの領域を巻き込んだ様々な意見が交錯する社会的公共空間として「新国立」を位置づけなおすことから暗雲を吹き飛ばしたい。

後藤 春彦(ごとう・はるひこ)/早稲田大学理工学術院教授

【略歴】
1980年 早稲田大学理工学部建築学科卒業
1982年 早稲田大学大学院理工学研究科博士前期課程修了
1987年 早稲田大学大学院理工学研究科博士後期課程修了・工学博士
1990年 三重大学工学部助教授
1994年 早稲田大学理工学部助教授
1998年 早稲田大学理工学部教授
2010年 早稲田大学創造理工学部長・研究科長 現在に至る

日本都市計画学会会長、日本生活学会会長、世界居住学会副会長他歴任。
内閣府地方分権改革有識者会議議員、総務省地域の元気創造有識者会議委員。
日本建築学会賞(論文)、日本都市計画学会賞(計画設計賞)他受賞。

専門分野
都市・地域計画、景観設計

著書
「まちづくり批評」(ビオシティ・信山社販売)
「場所の力(ドロレス・ハイデン著)」(学芸出版社)
「まちづくりオーラル・ヒストリー」(水曜社)
「景観まちづくり論」(学芸出版社)
「実践まちづくり読本」(公職研)
「生活景」(学芸出版社)
「医学を基礎とするまちづくり」(水曜社)他。