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若林 幹夫(わかばやし・みきお)早稲田大学教育・総合科学学術院教授 略歴はこちらから

路地とセンタープロムナード
――裏通りから見る日本の都市空間の現在

若林 幹夫/早稲田大学教育・総合科学学術院教授

センタープロムナード夢の大橋

 知人で作曲家の平本正宏さんは、毎回ゲストが選んだ“東京を感じる場所”を一緒に訪ねておこなう対談をウェブ上で連載している(http://teknatokyo.com/document)。2013年1月にゲストに呼ばれた私が選んだのは、臨海副都心の国際展示場前からお台場に続くセンタープロムナードの夢の大橋だった。幅60メートルの歩道の上には大空が広がり、すれ違う人もほとんどないこの場所は、私にとって東京の現在を感じさせる特異な場所の一つだ。「センタープロムナード」というその名とは裏腹に、都心近くに位置しながらも東京のはずれであるようなこの場所から都心方面を見ると、東京という街をCTスキャンで断面化して見ているような気がする。この巨大で空虚な空間は、巨大都市東京が生み出した新しい裏通りのようだ。

 裏通りと言えば、私が平本さんと初めて会って話をしたのは、北千住の駅近くの路地にある店だった。千住は「路地裏」という言葉が似合う、魅力的な路地が多い街だ。街区に入った細かいひび割れのように路地が入り組んだこの街では、歩むごとに新しい風景が顔を見せる。そもそも、都心から見て東北方向に位置する足立区千住は、東京という大都市の裏町のような場所だ。そこには、霞が関や丸の内、銀座や日比谷といった東京の「中心」の「表通り」とは異なる人びとの日常が息づいている。

北千住の路地

 「中心」や「表通り」と述べたが、東京には誰もがそれと認めるような都市の中心となる広場や中心がないとは、よく指摘されることだ。ニューヨークのブロードウェイやパリのシャンゼリゼのような、あるいはまた北京の天安門広場やヴェニスのサン・マルコ広場のような、誰もがその街の“顔”として認め、何かあれば人びとがそこに集まり、何もなくてもやはり人の流れが集まる、都市全体の中心となる広場や通りが東京にはない。もちろん人の集まる盛り場は、銀座・有楽町、新宿、渋谷、池袋、表参道に六本木と沢山ある。丸の内のような「表玄関」と呼ばれるような場所もある。けれども、都市に生きる人びとの日々の営みの中心であると同時に祝祭の空間ともなり、喜びや悲しみや怒りを表明し、人びとと分かち合うことのできるような、市民生活の共同性と公共性の中心になるような、そんな広場や通りは東京にはない。現代の東京に暮らす人びとは、業務管理や消費活動の「中心」はもつけれど、市民としての共同性の中心は共有しないような生き方をし、そのような生き方に即した都市を作り上げているのだ。東京という都市は、中心を共有して暮らす人びとの集まりではなく、それぞれのローカルな場所で生きる人びとの寄せ集まりなのだ。そして、そんなローカルな場所の生活において、地域の小さな広場のような空間が路地なのである。

 新宿・渋谷・池袋といった副都心も、そもそもは郊外通勤電車と山手線の乗換駅として盛り場化した東京の郊外だった。そこには今でも、新宿ゴールデン街や渋谷百軒店をはじめ、数多くの路地が表通りの奧に隠れるように存在している。表参道や六本木にも、魅力的な路地や路地的空間がそこかしこにかくれている。先に東京の「表通り」としてあげた銀座や日比谷にも、ビルの間やガード下に路地や路地的な空間がたくさんある。東京の盛り場のどこにでもある雑居ビルも、立体化した路地や裏通りと言えなくもない。

 現代日本を代表する建築家のひとりである槇文彦は『見えがくれする都市』(1980)で日本的空間の特徴を、建て増しを続けた日本旅館のように奧へ奧へと進んでいく空間構造に見出した。路地は、東京が巨大都市化していく過程でその内側に生み出していった「奧」の空間だ。東京に限らず、日本の都市を歩く楽しみの一つは、都市のそこここに隠れているそんな路地――それらのほとんどには名前がない――を捜して歩くことだ。

 戦後の日本の大都市周辺に開発された郊外のニュータウンには路地がない。だが、そんな街の一つで、国家によって作られた郊外ニュータウンともいえるつくば研究学園都の一角には通称「くいだおれ」と呼ばれる飲み屋街があって、そこには「青山」「六本木」「有楽町」「歌舞伎町」など、東京の盛り場の名前が付けられた雑居ビルが並んでいる。片側2車線の大通りと公園、それに中学校に四辺を区切られた、「裏」とも「奧」とも呼べない殺風景なその場所は、計画都市に生きる人びとにも「裏」や「奧」のような空間が必要だということを示しているかのようだ。

 そんな「裏」や「奧」から都市を考えるとき、臨海副都心のあの広々としたセンタープロムナードは、私たちの都市の現在の何を示していると言えるだろうか。「巨大都市東京が生み出した新しい裏通り」と先に述べたが、そこには路地のような「裏」や「奧」を感じさせるものがない。人びとの活動や生活は巨大なビルや高層マンションに収容され、街路には人影もまばらなその場所は、東京という都市それ自体を巨大な裏町として従えながら、それ自体には「裏」も「表」もなく、人びとが群れ集う都市空間すら存在しない、現代が生み出した新たな都市の形を示しているように思われる。

若林 幹夫(わかばやし・みきお)/早稲田大学教育・総合科学学術院教授

【略歴】
早稲田大学教育・総合科学学術院教授。専門は社会学、都市論、メディア論。
1962年東京生まれ。東京大学教養学部卒。東京大学大学院博士課程中退。博士(社会学)。
筑波大学教授等を経て、2005年より現職。
著書に、『郊外の社会学――現代を生きる形』(ちくま新書)、『モール化する都市と社会――巨大商業施設論』(NTT出版)、『都市論を学ぶための12冊』(弘文堂)など、多数。