早稲田大学の教育・研究・文化を発信 WASEDA ONLINE

RSS

YOMIURI ONLINE

ホーム > オピニオン > 社会

オピニオン

▼社会

廣重 剛史(ひろしげ・たけし)早稲田大学社会科学総合学術院助教 略歴はこちらから

復興計画による「第二の被災」を避けよ
――防潮堤問題から考える日本社会

廣重 剛史/早稲田大学社会科学総合学術院助教

全国的問題としての防潮堤計画

 現在、東日本大震災の被災沿岸部で、行政が進める巨大防潮堤建設と、その計画の見直しを求める地域住民とのあいだで合意形成が難航しています。この「防潮堤問題」は、約1兆円もの税金が投入される巨大公共事業であると同時に、その整備方針が南海トラフ地震対策のモデルとされ、今後の日本の大部分の海岸のあり方にも関係しています。これらの点から見ても、この問題は被災地だけの問題ではありません。また、この防潮堤問題を検討することで、震災後の日本社会が考えるべき大きな論点も見えてきます。

防潮堤計画の経緯と問題点

 そもそもこの問題は、震災後に国が「津波の規模」を、数十年から百数十年の頻度で発生する「頻度の高い津波(通称レベル1津波、L1と表記)」と、今回のような千年に一度と言われる「最大クラスの津波(通称レベル2津波、L2と表記)」との大きく二つに分け、L1津波に対する防潮堤の高さの設定方法などを各自治体に通知したことにはじまります。

 しかしながら、このL1津波に対する防潮堤は、宮城県気仙沼市では最大高さ約15メートル、幅約100メートルにもなる巨大なコンクリートの壁が、海岸を数百メートルにわたって覆うものとして計画されています(小泉地区中島海岸)。こうした計画が明らかとなるにつれて、一部の住民や研究者、支援者などから、観光や沿岸漁業へのマイナス、海が見えなくなることによる防災意識の希薄化や、海との生活文化の衰退、生態系への悪影響など、さまざまな懸念や不安が表明されはじめました。

地域コミュニティと防潮堤問題

 そうした声を受けて、行政も、防潮堤の背後に「守るべき」財産等がないと認める場合には、高さを低くするなどの変更を場所によってはおこなっています。しかしながら、何を「守るべき」かについては、当該地域の住民同士のあいだでも、居住地や生計の立て方などによって意見の相違があります。また、人びとが今後そこに住みたい、訪ねたいと思う魅力的な地域にするためには、防潮堤の後背地の利用を含め、「どのようなまちを作るのか」という全体的な観点が不可欠です。

 このように、防潮堤問題は「まちづくり」や地域コミュニティのあり方と一体で考えるべき問題です。そのため、本来は地域住民が自分たちの町の未来について十分話し合い、その全体的な文脈のなかで防潮堤の位置や高さ、形状等を、専門家や近隣地域、関係者の意見などを参考にしながら決めてゆくことが基本です。行政が一方的に防潮堤の下絵を描き、その計画に住民合意を求めるのは順序が逆になっているだけでなく、「賛成派か反対派か」という地域の対立を招き、震災を生き延びた地域の人間関係までも壊しかねません。

防潮堤問題と近代

 計画地域の住民が直面しているこのような厳しい状況は、震災による直接的な被害を「第一の被災」と考えるならば、復旧復興事業の過程で生じた「第二の被災」ともいえます。そしてその背景には、地域の実情を軽視し、開発を優先することが人びとの幸福につながると考える一面的な「経済主義」と、トップダウン的な意思決定を重視してきた「中央集権主義」という、二つのきわめて近代的な政治経済に関するイデオロギーが見て取れます。

 たしかに日本は第二次大戦後、「自由」を理念とする市場経済と、「平等」を理念とする福祉行政の両立を目指しながら経済成長を追求し、私たちはその恩恵を受けてきました。しかしその影で、地域のコミュニティや自然環境が破壊され、とりわけ大規模な自然災害が都市部で発生したときなどには、その社会的脆弱性が露呈しています。その反省から今日では、「連帯」を理念とするボランティアや、相互扶助的な地域コミュニティが、行政や市場の限界を補完することが期待されています。こうした歴史の流れから見ても、財政の限界を抱える国や被災自治体が主導する防潮堤計画は、やがてその維持が困難になり、地域に過大な負担を与えることが容易に予想されます。

国による協議会の設置を

 したがって、防潮堤問題を解決するためには、今からでも防潮堤を含めた地域の全体的な未来図を、住民主体で関係者も含めて話し合ってゆくことが出来る場を作ることが重要です。実際に、震災以前からコミュニティ活動が活発な地域である気仙沼市本吉町前浜地区では、今年7月末、行政の提案とは別に、地域で自主的な津波防災計画を作ることを決めました。

 また、法律的にも、今年6月の海岸法改正により、主務大臣や県知事が必要と認める場合には、海岸の防災・減災対策を話し合うための協議会の設置が可能となりました。国土強靭化には、コンクリートの壁を作る以前に、災害に柔軟に対応できる地域の人間関係を育むことが重要です。9月に発足した安倍新内閣が、震災復興と地方創生を日本の重要課題に位置づけるならば、この協議会の設置を積極的に検討すべきです。

写真1)気仙沼市本吉町野々下海岸に建設中の防潮堤(海抜9.8m)

写真2)気仙沼市本吉町小泉地区中島海岸の防潮堤建設予定地(海抜14.7m予定)

廣重 剛史(ひろしげ・たけし)/早稲田大学社会科学総合学術院助教

【略歴】
1976年生まれ。慶應義塾大学商学部卒。早稲田大学大学院社会科学研究科博士後期課程満期退学。博士(学術)。2012年から早稲田大学平山郁夫記念ボランティアセンター(WAVOC)主催東日本大震災復興支援プロジェクト「海の照葉樹林とコミュニティづくり支援プログラム」コーディネーター(現在に至る)。高崎経済大学助手を経て、2014年から早稲田大学社会科学総合学術院助教。専門は社会哲学。共著『ボランティア論――共生の理念と実践』(田村正勝編著、ミネルヴァ書房、2009年)。論文「『生活世界』の位相に関する考察――現象学の視点から見た環境ボランティアと自然」(2013年)、論文「東日本大震災からの復興過程に関する一考察――気仙沼市本吉町前浜地区の取り組みとその支援活動を事例として」(2014年)など。