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加藤 麻樹(かとう・まき)早稲田大学人間科学学術院准教授 略歴はこちらから

公園遊具の危険性から考える
ヒトに厳しい空間づくり

加藤 麻樹/早稲田大学人間科学学術院准教授

公園で遊ぶ子どもの行動と事故

 公園遊具の目的の一つは、子ども達が体を使って楽しく遊ぶことにあります。かつては子どもだった設計側も、公園の主役である子ども達の遊び方、楽しみ方を考えて遊具を作ります。しかし、彼らは身体能力、判断能力がいずれも未熟なので、通常の使い方をしていても、危険を回避できずに事故に遭遇することがあります。また、子ども達は常に刺激を求めて、面白いこと、楽しいことに挑戦して、時として子ども達は大人の想像もつかない遊び方をすることがあります。その結果、思いもよらぬ遊び方が見つかる一方で、子ども達が危険な状態に陥ることもあります。

 1990年代、箱型ブランコから転落した子どもが怪我をした事故に対する裁判が行われました。ここで争点の一つとなったのは設計者と設置者の危険想定の程度です。子ども達に安全遊具を提供する責任が問われました。その後も箱型ブランコにかかる事故が相次ぎ、現在では多くの自治体で撤去されています。他にも回転地球儀や雲梯など、重大事故につながる可能性がある遊具は、子ども達の身の安全を守るために撤去される傾向にあります。

転落を想定した公園遊具の設置

 東京消防庁が発表した2007-2011年の5年間における遊具に起因する子どもの事故の発生状況では、救急搬送された子どものうち約72%は転落によりケガをしています。特に滑り台は転落事故の37%を占め、現在のところ統計的には最も事故率が高い遊具です。

 日本公園施設業協会(JPFA)が策定する、「遊具の安全に関する基準JPFA-SP-S:2014」は今年度改訂されました。転落事故の防止措置の一つとして、遊具周囲への砂材の敷設が提案されています。当研究室でも基準の策定のお手伝いをさせていただきました。転落事故では頭部への衝撃が最も深刻です。米国試験材料協会(ASTM International)の規格F1292では、遊具の危険性を評価する尺度としてHIC(Head Injury Criterion)とG-maxの2つを使っています。HICが1000以上、またはG-maxが200G以上の衝撃が頭部に加わると、死亡または重大な障害をもたらす致命的な事故になると定義されています。この尺度を用いた実験により、砂材を敷設することで、頭部への衝撃をかなり軽減できることが示されました。衝撃吸収の効果で致命事故のリスクが小さくなり、子ども達は遊具から「安全に」落下できるようになります。多少痛くて泣いてしまうかもしれませんが、致命傷には至らないので、次は気をつけることでしょう。

危険回避措置がもたらす別の危険性

 もし滑り台を他の危険な遊具と同じように公園から撤去すれば事故件数は減少し、子ども達を悲惨な事故から守ることができるでしょう。一方で、この危険回避の措置がもたらす別の危険性について考えてみます。小さい頃の遊び方はその後の発育に大きく影響します。先日、文部科学省より、近年の児童の体力・運動能力調査の結果にかかる発表がありました。全般的に向上する傾向がありますが、下肢の能力向上と上肢の能力低下が認められました。これは子ども達の遊び方が変化したことに起因するとされています。遊び方の違いが身体機能の発育に影響するのと同じく、認知機能の一つである判断力についても影響を及ぼすと考えられます。例えば危険を察知する能力を養うには、危険に関する学習が必要です。しかし公園遊具等、身の回りの危険要因をすべて排除した空間では、危険を学習することが困難です。高い所でバランスを崩すと転倒、転落の危険があるということを学習することで、将来的な危険回避能力が培われます。

厳しい生活空間の構築

 転じて高齢者について考えてみましょう。1995年に当時の建設省が提唱した長寿社会対応住宅設計指針では、高齢社会における家庭内のバリアフリー化が推奨されています。以降、生活空間はゆっくりですが着実に、ヒトに優しくなっていると思われます。一方で、一日を家の中で過ごす時間が長い高齢者には、運動不足による生活習慣病や運動機能低下のリスクがあります。運動能力の低下は転倒・転落事故の要因となります。高齢者の医療保険制度の改革が昨今重要な課題となっていますが、健康で安全な日常生活を送ることが疾患コストを下げる最も効果的な方法です。人によって条件は異なりますが、日常生活の中で適度な運動負荷が与えられる厳しい生活空間が、運動能力の維持につながり、将来的な事故を防止できると考えられます。

 少々飛躍するかもしれませんが、大学の学生についても考えてみたいと思います。例えば単位取得状況が思わしくない学生に対して、大学は本人または保護者に注意を喚起し、学習態度を改善する指導を実施します。これに対して、学生本人が自分の状況に自ら対処して問題解決を図ることで、自立心を養成すべきであるという意見があります。前者が留年や退学の危険を未然に防ぐことを目的としているのに対して、後者が危機に対処する能力を養成することを目的としている点が特徴です。結果として後者の方が学生に高い負荷を与えることになるので、学生にとっては厳しい大学生活となるでしょう。果たしてどちらが正しい教育なのか、立場によって見解が分かれるところです。

 いずれにせよ、予め想定される危険を除去した安全な生活空間は、致命的な危険を除去できる一方で、将来的には身を守る能力の逸失リスクが懸念されます。致命的な事故の防止と、安全を確保する能力の養成との、両方のニーズに応える、ヒトに対して適度に厳しい生活空間の構築が期待されると思われます。

加藤 麻樹(かとう・まき)/早稲田大学人間科学学術院准教授

【略歴】
1992年、早稲田大学人間科学部卒業、早稲田大学大学院理工学研究科修士課程修了。1994年、早稲田大学大学院理工学研究科修士課程修了。早稲田大学理工学総合研究センター嘱託、九州看護福祉大学看護福祉学部助手、長野県短期大学生活科学科助教授を経て、2013年より現職。博士(人間科学)。専門は生活人間工学。所属学会は日本人間工学会、日本経営工学会、人類働態学会、他。