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淺羽 茂(あさば・しげる) 早稲田大学商学学術院教授 略歴はこちらから

同族企業「大塚家具」の継続と革新
問題はガバナンスではない

淺羽 茂/早稲田大学商学学術院教授

 昨年末以来、創業家の父と娘が経営権を巡って争った大塚家具が世間の注目を集めた。結局、会社側提案の取締役選任議案が可決され、創業者である勝久氏が取締役から外れることで決着した。この騒動は親子喧嘩と面白おかしく取り上げられたが、同族企業だけでなくすべての企業にとって、長期的成長の過程で直面しうる本質的な問題をはらんでいると筆者は考える。

 1990年代から、同族企業に研究者の関心が寄せられてきた。同族企業が優れたパフォーマンスをあげていることが明らかになったからである。ミラーらによれば、同族企業の強みの1つは、長期志向、継続性である(『同族経営はなぜ強いのか?』ランダムハウス講談社、2005年)。ただし、従来通りのやり方を踏襲しているだけでは、環境変化に耐えられない。継続性に加えて革新が適宜行われたことが、同族経営による老舗企業が存続できている理由だと筆者は考える。

図1を見れば、2000年代半ば以降、大塚家具の売上は減少し、利益率も低水準で推移していることがわかる。同社は今、生き残りのために戦略・ビジネスモデルの転換、すなわち革新を行うべき時なのである。

 生き残りのための戦略をめぐり、社内に対立が起こった。勝久氏は会員制を維持し、大量広告によって集客するビジネスモデルに戻そうと考えていたらしい。詳しくは拙著(『ビジネスシステムレボリューション』NTT出版、2004年)を参照いただきたいが、勝久氏が作り上げた大塚家具のビジネスモデルは、メーカーとの直節取引、大量一括発注、中高級品、巨大ショールーム、実売価格表示、会員制、アドバイザーという構成要素が有機的に結びつき、豊富な品揃え、リーズナブルな価格、充実したサービスという顧客価値を生み出していた(図2参照)。

 

 対して久美子氏は、「気軽に入れる店」に転換しようと考えているようだ。大塚家具の業績が低迷していた時期に、好調だった同業者の典型はニトリである(図1参照)。ゆえに久美子氏が、ニトリのような「気軽に入れる店」を志向する気持ちはわかる。

 ただし、それだけでは、戦略・ビジネスモデル転換の議論としては稚拙である。ビジネスモデルは、それを構成する様々な要素が有機的に結びつき、目指す戦略の実現に向かうときに力を発揮する。ゆえに、「気軽に入れる店」を志向するなら、自社のビジネスモデルを壊し、ニトリのようなビジネスモデルを構築し直さなければならない。

 さらに、成長している(ビジネスモデルの)市場には必ず強力な競争相手がいる。大塚家具が「気軽に入れる店」モデルに変わるならば、ニトリなどと正面衝突せざるを得ない。その市場は、早稲田大学の入山章栄准教授が指摘するようにレッドオーシャンである(日経ビジネスONLINE http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20150329/279327/)。

 もちろんかつてのビジネスモデルにただ戻せば良いわけではない。しかし、好調な企業が「気軽に入れる店」的モデルなので自分もそうしようというのも、同様に短絡的すぎる。ニトリなど強力なライバルが得意とする土俵で、彼らにどうやって勝つかを考えなければならない。

 1つの考え方は、これまで大塚家具が培ってきた強みを活用することである。大塚家具には、以前のビジネスモデルを支える様々な強み、つまり製品の目利き、需要予測、在庫管理、物流のノウハウがあった。筆者が行ったインタビューでも、久美子氏自身が明快にそれを説明してくれた。ゆえに、新たな土俵で競争に勝つために、何を捨て、何を残し、強みを利用してどのような価値を提供するか、つまり競争戦略を熟考する必要がある。

 筆者がかつて話をうかがった際、久美子氏は大変スマートな方という印象を受けた。そんな久美子氏なら当然、具体的な競争戦略を考えたであろう。しかし、最近新聞紙上で報道された方針は、「気軽な店を前面に再出発」ということだけである。もちろん戦略の中身を詳しく公表する必要はないが、社内や勝久氏に対しては、競争戦略を示し、説得しなければならない。そこで勝久氏が「なるほど」と思えば、今回のような騒動は起きなかったはずだ。勝久氏を納得させるほどの実現可能性のある競争戦略がなかったのではないかと疑われる。

 久美子氏が、「個人商店のような経営から株式公開企業としてまっとうな経営への脱皮、つまりガバナンスの問題が本質だ」と言っていることを考えると、勝久氏が聞く耳を持たず、自らの主張を押し通そうとしたのかもしれない。しかし、自社が培ってきた強みにもとづかなければ、強力なライバルに勝てないという考えにも一理ある。結局、ガバナンスの問題ではなく、組織メンバーが納得し、一丸となってその実現に邁進するような優れた戦略を提案できなかったことに問題の原因があったと考えるべきであろう。経営陣の中で異なる戦略が対立し、優劣が決められなかったら、どちらを選ぶか最終決定機関で決めざるをえない。大塚家具が今回そこまでに至ったことは、むしろ最低限のガバナンスが効いていたと解すべきではないだろうか。

 同族企業のガバナンス問題が指摘されたことはこれまでもある。オーナーが独断専行で経営を誤ったり、不祥事を起こしたりしたとき、ずさんなチェック体制が問題視された。違法行為は論外だし、企業であれば透明性やチェック体制は大事である。

 しかし、オーナー経営者にパワーが集中し、迅速な意思決定ができることは同族企業の強みでもある。神戸大学の三品和広教授が指摘するように、逆に日本企業の多くは定期的にトップが交代するので、戦略転換などの重要な事項についてなかなか決定できないと批判される(『戦略不全の論理』、東洋経済新報社、2004年)。また、本業消失の危機に直面しながら、事業を再構築して生き残りに成功した富士フィルムの古森重隆会長は、多数決で決めましょうというような学級委員では有事のリーダーは務まらないと述べている(『魂の経営』、東洋経済新報社、2013年)。有事には、強いリーダーシップが必要なのである。

 大塚家具は、生き残るために戦略・ビジネスモデルを転換しなければならないというまさに有事にある。路線が対立するのは当然である。もし双方が納得できるような合理的な戦略がたてられ対立が解消していたら、むしろ迅速な意思決定ができる同族企業の強みが発揮できたであろう。大塚家具では、ガバナンスが効いていないから混乱したのではなく、最低限のガバナンスは効いていた。それをガバナンスの問題だと考え、問題が起きないように経営者に対するチェック機能を強調しすぎると、同族企業の利点であるトップの強いリーダーシップ、迅速な意思決定を阻害してしまう。その方が懸念される。

 繰り返すが、大塚家具の問題は、戦略転換の難しさ、継続と革新の折り合いをつけることの難しさに起因する。継続と革新は、同族企業に限らず、どんな企業にとっても長期的成長に必要なことである。ただし、この二つは本質的に相反するので両立が難しい。このトレードオフを乗り越えるためには、戦略の是非をめぐる徹底的な議論や強いリーダーシップが不可欠である。大塚家具が直面した問題は企業成長にとってきわめて本質的な問題であると、いかなる企業も肝に銘じるべきである。

淺羽 茂(あさば・しげる)/早稲田大学商学学術院教授

【略歴】
1961年東京都生まれ。1985年東京大学経済学部卒業。1994年東京大学より博士(経済学)取得。1999年カリフォルニア大学ロサンジェルス校(UCLA)よりPh. D(management)取得。学習院大学経済学部教授を経て、2013年より現職。

【主要業績】
『競争と協力の戦略』(有斐閣、1995年)
『日本企業の競争原理』(東洋経済新報社、2002年)
『経営戦略の経済学』(日本評論社、2004年)
“Why Do Firms Imitate Each Other," Academy of Management Review, PP. 365-385, 2006 (with Lieberman)
『企業戦略を考える』(日本経済新聞出版社、2007年)
『企業の経済学』(日本経済新聞出版社、2008年)
『経営戦略をつかむ』(有斐閣、2010年)
“Patient investment of family firms in the Japanese electric machinery industry," AAsia Pacific Journal of Management, PP. 697-715, 2013.