早稲田大学の教育・研究・文化を発信 WASEDA ONLINE

RSS

YOMIURI ONLINE

ホーム > オピニオン > 社会

オピニオン

▼社会

和氣 一成(わけ・いっせい)/早稲田大学教育・総合科学学術院准教授  略歴はこちらから

「男性学入門」
―男性性の変遷とその背景を学ぶ

和氣 一成/早稲田大学教育・総合科学学術院准教授

揺らぎ多様化する「男性性」

トランスジェンダー(性別越境者)の人々への配慮が高まっている中、米国サンフランシスコの小学校では、男女別のトイレを段階的に廃止する取り組みを始めた。同国ミズーリ州ではトランスジェンダーの生徒が女子用のトイレや更衣室を使用したことに抗議して、生徒のおよそ150人が授業をボイコットするという騒動があった。フランス通信社(AFP)は2015年6月のある記事で、映画『40歳の童貞男』になぞらえて、40代で性体験のない日本人男性数が増加していることを取り上げている。(2005年製作。1億7000万ドルの興行収入を上げる大ヒットとなる。主人公アンディ(スティーヴ・カレル)は、人当たりのよいオタク。趣味が高じて40歳にして性体験がない男である。)日本人男性のこういったオクテな性質の背景には何があるのだろうか。ヴァージン(童貞)だということはなぜそもそも不安視され、問題視されなければならないのか。日本のポルノ産業との関係はどうなのか、それが現実世界での恋愛関係に悪しき影響を与えているのか。いわゆる男性の「絶食化」への危惧の背景には、男性は性に対して積極的であれという無意識があることは言うまでもない。今日、これまでにもまして従来のジェンダー観のみならず、とりわけ男性性のあり方が揺らぎ、多様化し、それに付随する諸々の問題が表面化しつつある。

男性性の変遷とその背景を学ぶ「男性学入門」

このような社会的状況下において「男性学入門」を担当して二年目になる。前任の担当者の時もそうであったようだが、受講者の大半が女子学生である。受講の理由には「父親やボーイフレンドとの関係」、そして「社会人になる前に自身のジェンダー観を見直しておきたい」などをあげている。一方の男子学生の動機に目をやると、よりいっそう「男道を磨きたい」という動機の他に(そういう趣旨の授業ではないのだが)、自分自身が内面化しよしとしてきたこれまでの「理想の男性像」に違和感を覚え、それを幅広い視点から見つめなおしたいというものがあった。本授業では、社会的に理想とされる/されない「男性性」の変遷とその社会、歴史的背景を考察していく。学生のプレゼンテーション、それに基づくディスカッションという形式をとり、より活発に学生の意見を反映させられる場を提供し、学生も自らの体験を踏まえつつ、主体的に考察を深めている。

 「男性学」の重要なテーマとして、「侍、武士道」といったキーワードから歴史を背景に読み解く男性性、『北斗の拳』や『サザエさん』などメディア表象にみる男性性や、「男の脱毛はもう常識!」、「男性力アップ」、「40歳からの肉体改造」などのフレーズがおどる「メンズ脱毛サロンの広告の分析」を通してみる男性性などがあり、毎回のテーマに沿って議論をする。その中で、映画『アメリカン・ビューティー』(1999年)と2010年に話題になった定年後のサラリーマンの孤独を描く渡辺淳一の『孤舟』とにみる男性性の問題を論じたある学生のレポートは、本授業の紹介をするのに格好のものである。当の学生は自身の父親の「企業戦士」性を分析してみたいという動機のもとで本授業を履修した。その学生の最終レポートでは歌手山崎ていじの歌詞が引用されている。その歌詞に描かれる昭和生まれの男性性はこう綴られている。

「口は重いし 愛想も無いし 思いどおりの 言葉さえ 見つけることもできない俺さ こんな自分に苦笑い 素直になれず 悔やんでいるよ やだね やだね なぜかつっぱる 昭和生まれの 男唄」

 当学生は「企業戦士」である父親の精神性を分析することを通して、「昭和育ち世代」の持つ男らしさと、その世代を待ち受けている定年退職後の生活にいかに対応するべきかを考察した。高度経済成長期の日本において、経済の成長を担う昭和育ち世代は、幼い頃から競争にさらされ、他人に打ち勝つことを宿命づけられてきた。彼らは自らの存在意義を他人に打ち勝つことの中に見出し、仕事中心以外の生き方を見つけることは困難であった。終身雇用や年功序列を後ろ盾にしたそんな世代に課せられた「使命」は家庭のために自己犠牲的に働くことである。「男は仕事、女は家庭」が当たり前の時代に、彼らは一家の大黒柱として、家族を、そして妻を支え守っていく。このような背景があればこそ彼らの仕事一辺倒のコミュニケーションの「不器用さ」でさえ肯定的に甘受されたのではないか。つまり、当学生は自身の父をこのような「使命」を背負わされ、それを全うしようと奮闘していた「普通の」サラリーマンだった、と結論付ける。

戦士からロールキャベツ系男子へ―ラベリングの裏に潜む「生きづらさ」の考察を

 男性の自殺率の高さが問題として顕在化し、「婚活」プレッシャーに悩み、「イクメン」が称賛され、介護に取り組む「ケアメン」が増えてきた現代、男性は「漂流」し非常に生きづらい―仕事がつらい、結婚がつらい、価値観の違いがつらい―と言われる。「24時間戦い」、勝負に勝たなければならない、弱音を吐かず女性を引っ張っていく強くてたくましい戦士の男性像から、「24時間戦うのはしんどい」と自身のつらさを吐露し弱音を吐けるようになってきた今日、従来の男性性の呪縛からは解放され、多様化していく男性性のカテゴリー、「草食系男子、クリーミー系男子、ロールキャベツ系男子…」などの世界に安住するのではなく、「なぜこのような事態になっているのか」を問い、ラベリングの裏に潜む「生きづらさ」を、社会的、歴史的背景を踏まえて考察していくことを授業では何より大切にしている。

 授業を通して学生の両親が子供たちに教え込んできた「理想的」な種々の男性像が浮き彫りになる。平成生まれながら、昭和生まれの両親からの理想像を教育されてきた学生たちが男性というだけで一括りにせず、多様な男性性のあり方を理解し、新たなる世代へとより柔軟で多様な男性性のあり方を伝えていってくれることを望みつつ、春学期の授業を終えたところである。

※1 http://www.afpbb.com/articles/-/3060120 アクセス日 2015年9月23日
※2 http://www.scmp.com/news/asia/east-asia/article/1818324/japans-40-year-old-virgins-why-growing-numbers-middle-aged-men
※3 早稲田大学グローバルエデュケーションセンター設置科目。
※4 奥田祥子『男性漂流』(2015)、田中俊之『男がつらいよ』(2015)

和氣 一成(わけ・いっせい)/早稲田大学教育・総合科学学術院准教授

【略歴】
東京都立大学人文科学大学院修士課程卒業、ニューヨーク州立大学バッファロー校博士課程修了。アメリカ文学博士。明治学院大学国際学部専任講師、早稲田大学教育学部英語英文学科専任講師を経て、2015年4月より現職。

【論文】
“Ethnic Entertainment and Cosmopolitan New York in The Beautiful and Damned” 東京女学館大学『紀要』2014年3月 第11号 pp. 163-79

【共訳書】
ユリイカ 150年目の『不思議の国のアリス』(2015年 3月)
「『アリス』からの見取り図」(D・サドヴォルナ=フェレスタット)担当

【国内学会】
日本英文学学会、日本アメリカ文学会、日本F.スコット・フィッツジェラルド協会

【学内委員】
早稲田大学教育学部学生委員2015年4月~現在
早稲田大学男女共同参画推進委員2015年10月~現在